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 幸い、間もなくステアが戻ってきたため、ローム先生は卒倒せずに済んだ。

 ステアが嬉しそうに笑うのを見て、節度ある付き合いが云々としゃべってからようやく、ローム先生は部屋から出て行った。


「それで、本日のご用向きは?」


 深々と頭を下げて、厳粛な面持ちでローム先生を見送ったステアは、その顔をあげたときには満面の笑みを浮かべていた。

 美しい顔立ちの少女で、北方系特有の色素の薄さも相まって、おとぎ話の女神とはこのような顔なのかとも思わせる。彼女に笑いかけられて心が騒がない男は少ないだろう。表にこそ出さないのだけど、僕の内心だって大騒ぎだ。

 

「子供たちの様子を見に来たんだけど……」


 シガーフル隊が邪教集団『恵みの果実教会』から託された十三人の子供たちの内、幼い方から六人をこの宿舎で預かって貰っている。

 僕自身、奴隷として生活基盤がしっかりしていないし、仕事の関係で家を頻繁に空ける。だからステアが六人の面倒を見てくれると言ってくれてすごく助かった。

 だけど、感謝とは別に確認しなければいけないことも多い。


「なんだ。てっきり結婚でも申し込みに来たのかと身構えていましたのに」


 ステアがいたずらっぽく笑う。

 鋭く尖った爪で心臓の内側を優しく撫でられているような気分になる。

 邪教徒集団の頭目、美の化身のごときテリオフレフと対話をしていたお陰でいくらか免疫が出来ているのだけど、そうでなければ彼女の言葉にのって結婚を申し込んだかもしれない。


「冗談はやめてよ。心臓によくないからさ。そんなことより子供たちは元気?」


 環境を考えれば明言はできないのだけど、僕は子供たちを『荒野の家教会』の教義に染めてほしくなかった。

 子供たちを孤児に落とした最後の一撃はシガーフル隊の手によって下されたものの、それ以前に『恵みの果実教会』を邪教集団と定義し、積極的に攻撃を仕掛けていたのは『荒野の家教会』である。

 互いに相手を不倶戴天の敵と憎み、抗争を続けて流血を重ね続けた歴史があるのだというが、途中からロビー活動に長けた『荒野の家教会』が優勢になり、ついには国を巻き込んで『恵みの果実教会』を討ち滅ぼした。

 教団幹部にとっては宿願を果たし得意満面だろうけど、死の直前にテリオフレフはステアに言った。

 次は『荒野の家』の順番だと。そして、僕もその可能性は危惧している。

 『恵みの果実教会』の集団心中から間一髪生き残った子供たちが、いつの日か『荒野の家教会』の集団心中に付き合わされるのであれば救われない。それだけは避けたかった。


「冗談ではないのですけど。子供たちについては元気ですよ。あとで面会していかれますよね」


「あとでって言うか、いまから会えるのなら……」


 僕の言葉に、ステアが頭を振った。

 

「残念ですが、間もなく夕食の時間です。一日でもっとも忙しい時間帯なので、少し待っていただいて夕食のあとに面会をしてください」


 そんなものか。普段、腹が減れば飯を食べ、眠たくなったら眠る気楽な生活を送っているのでよくわからないのだけど、ステアの所属する教会では日々の暮らしが厳格に時間通り進行しているらしく、食事の時間に食堂へ来ない者は食べ物にありつけないのだと聞いた。


「じゃあ、外で時間を潰したらまた来るよ」


 そう言ってから僕は立ち上がる。だけど、ステアは小さく手をあげて僕を引き留めた。


「もう少しだけ、待ってください。ちょっと相談したいことがあるんです」


 ステアが言い終わるが早いか、廊下からガラン、ガランと鐘の音が聞こえてきた。

 食事の時間を知らせるのだろう。

 部屋の外では複数の人間が歩く音がしている。


「あ、ほら。ステアもいかないと晩御飯を食べ損なっちゃうよ」


 僕は言うのだけど、ステアは無言で頭を振る。

 どうしていいのかわからずに、僕も黙っていたのだけど、やがて廊下の気配はなくなった。


「今夜の食事を酒場でとろうと思っています。どうかお付き合いください」


 ステアの目は、なにか真剣な熱を帯びていた。よほど重要な話題だろうか。


「いいけどさ、それはルガムも同席させていいのかな?」


 真剣な熱が消えて、あからさまにがっかりした表情のステアに、やっぱり大した話でもないのかと思う。



 夜の酒場で再会した僕とステア、それにルガムは安酒と食べ慣れた煮物で食事をした。

 ある程度、食事が進むまで僕たちは無言だったのだけど、ついにルガムが口を開いた。


「なあ、ステア。用ってなんなんだよ。あたしの婚約者と二人で飯を食いたかっただけ、とか言ったら怒るぞ」


 その態度はすでに十分不機嫌だ。

 大柄の女戦士ルガムは、僕の恋人なのだ。それもすでに結婚を誓っている。

 にもかかわらず、好意を示し続けるステアが不機嫌の原因であるのは間違いないだろう。

 もし、今晩の酒場にステアと二人だけで来ていたら、そしてそれがルガムの耳に届きでもしたら、彼女は怒っただろうか。泣いただろうか。いずれにせよ、守るべき女性にそんな表情をさせたくなかった。


 ちなみに、現状でも怒らせているのだけど、この程度なら許容範囲内だ。

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