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銀行

「じゃ、帰ろうか」


 僕の言葉に、一同は驚いている。

 

「え、まだ休憩する?」


 僕が見たところ、前衛の息は整っていてこれ以上の休憩は必要ないように見えた。

 

「いや、ていうかまだいけますよ。撤退には早くないですか?」


 戦士の一人が口を開いた。

 大きな戦槌を獲物にしているフィーコという男だった。大柄で、意思の強そうな目つきをしたいかつい男だ。この練習隊では暫定的にリーダーを務めている。

 

「早くはないんじゃないかな。回復魔法が尽きたら帰還するのって冒険の基本だよ」


「でも、怪我も治って万全だし、もうちょっと実戦経験を積みたいって言うか……」


 慎重さを説く僕に対して、フィーコは成長機会の確保を主張した。

 それも一理ある。なんせ彼らは金を支払っている。指導員の庇護の元で経験が積めるのなら出来るだけ多くの経験を積みたいだろう。

 でも、それは彼らの問題だ。


「はい、帰るよ。これは指導員としての指導です。逆らう事は許しません。反対の人は手を挙げて」


 明確に言い切ってしまえば、手を挙げる人というのはなかなかいない。

 フィーコは顔をしかめながらも反対意見を出せずにいる。


「帰り道でも魔物に会うことはあるからね。気を抜かないでね」


 注意を促すものの、ふて腐れた様子のフィーコは果たして、帰り道で奇襲を受けたゴブリンにより腹を切り裂かれた。



「ほら、出口が近くてよかったでしょ」


 二人の戦士に引き摺られて迷宮を出たフィーコの顔色は土気色になっていて、腹からこぼれた腸をかばう余裕すらない。

 迷宮から出たといってもそれで怪我が癒えるはずもなく、早急に回復魔法を受けないと彼は死んでしまうだろう。

 

「ええと、誰か詰め所に帰還報告に行って」


 僕の指示に、盗賊の女の子が走っていった。

 他のパーティメンバーはフィーコを囲んでおろおろしている。


「そういうわけで、僕は帰るからあとは自由解散ね」


 そう言って手を振ると、みんなが口を開けて驚いている中でフィーコだけが倒れたまま手を振り返してくれた。

 死にかけているのに律儀なやつだな、と思ったのだけど、よく考えれば彼は僕に助けを求めて手を伸ばしただけだろう。

 唇は乾いていて、目もよく見えていなさそうだ。放っておけばもうすぐ死ぬ。

 迷宮に入る者が死ぬのは仕方ないのだけど割りがいい仕事が減るのは少し困る。


「ギー!」


 僕は冒険者組合詰め所にいるはずの仲間を呼んだ。

 雇われて一時的に所属するチームの一員ではなくて、僕が本来所属しているシガーフル隊のメンバーだ。

 詰め所の扉が開いて、そこから顔を出したのは、濃緑のリザードマンだった。

 ブローン・ギー。

 僕の同居人にして、槍使いの戦士である。

 彼女は南方にあるリザードマン国家アノール族の戦乙女でもあり、回復魔法も使いこなす。


「この人に回復魔法をかけてよ」


「ウム」


 ギーは頷いて、フィーコに向かって回復魔法を唱える。

 はみ出た腸が腹に収まり、見る間に傷が塞がっていく。

 完治とはいかないまでも、とりあえず命の危機は去ったようだ。


「都市に帰ったら、寺院にでも行って回復魔法をもう一度かけてもらえばいいよ。それじゃ、今度こそ帰るから」


「いいノカ?」


 ギーはまだ倒れているフィーコに目を向けた。完治するまで回復魔法をかけてやらないでいいのかと聞いているのだ。


「いい。迷宮の恐ろしさを知るいい機会だよ」


 僕がはじめて迷宮に入ったときには盗賊が死んだ。その後も仲間を失ったし、敵対する人間もたくさん殺した。

 迷宮は恐ろしいところだ。回数を重ねて慣れたとはいえ、迷宮に入っている間は今でも怖い。

 だけど、僕は生きている。生き残りたいのなら臆病なくらいがいい。

 

「メリア、帰るよ!」


 大声で呼ぶと、詰め所から十歳くらいの少女が走り出てきた。妹のメリアだ。

 僕とギーとメリアの三人は一緒に暮らしている。都市への道すがら僕たちはメリアを真ん中に、三人で手を繋いで帰った。



 都市に戻ると、夕飯を買ってお屋敷に戻ると言う二人と別れ、僕は夕方時の通りを歩いた。

 冒険者組合で報酬を受けとり、その足で銀行に向かう。


「返済をお願いします」


 金貨一枚を窓口に差し出すと、窓口の男性行員は入金証明書を二部と債権の残額が記載された紙をくれた。


「しかし、いい稼ぎですね。うらやましい」


 銀行員は紙を渡したあと、帳面に何事か記帳しながら呟く。

 銀行の職員は自由市民の、それもそれなりの階層であるはずだけど、一日で金貨一枚を稼ぐほどの高給取りではない。

 きちんとした生活基盤をもつ自分よりもよそ者である奴隷ごときが大金を稼いでいるのがプライドを刺激するのだろう。

 僕は苦笑いを浮かべる。こういう場合、何か言い返して口論をしたってなにもいいことはない。

 

「結局はご主人様のお金です。僕なんかとても」


 大袈裟に卑下して見せる。そしてこれは事実でもある。僕個人が使える現金は生活費に残しているわずかな小銭だけで、あとは銀行に設定された多額の借金が消えずに存在している。


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