首投げ
「聖職者が用もないのに飲み歩くんじゃねえよ」
ルガムが邪険にするのにもめげずにステアは椅子を持ってきて席に着いた。
「神のお告げを受けました。今夜ここに出向いて愛を説けと。そして私は宣教師です。神のお言葉に逆らうことは許されません」
ずいぶんと細かいことに言及する神がいたものだ。
ステアは胸を張って葡萄酒を注文する。
とりあえずルガムの矛先がステアに向いた。それは嬉しいのだけど、それに甘えるからいつもルガムをがっかりさせるのだろう。
「ステア、悪いんだけど……」
言いかけた僕の前に手のひらが突き出される。もちろんステアの手だ。
「私を拒絶するにしても、もっといいタイミングがあるのではないでしょうか。いいのですか、いま私を拒絶すると私は泣いてしまいますよ」
言ってステアは不敵に笑う。
彼女の冗談交じりに投げた牽制が、僕の口をつぐませた。
冗談交じりではあるものの、多分本心だ。彼女は今、仲間から否定をされたくないのだ。少なくとも同じテーブルで会話を楽しみたい。それが叶わないだけで泣き崩れてしまう。
不満げな表情を浮かべるルガムも、それを察しているのだろう。あえて言葉に出して否定はしなかった。
シグと同じようにステアも精神が摩耗してしまっていて、上手く眠れず酒と喧騒を求めて教会を抜け出してきたのだろう。
運ばれてきた葡萄酒をステアは両手で抱えて一気に飲み干した。運んできたウェイターに替わりを要求する。
よく見ると、彼女の手は落ち着きなく握り開きを繰り返している。
「ダメですね。私はどうしてしまったのでしょうか。なにがおかしいかも解らないのですけど、私はなにかを間違えている気がします」
「人の旦那に言い寄ってるから神様に罰を当てられたんだろ」
ルガムが面白くなさそうに言った。
妙にうわずったステアは、自分の手を止めてじっと見つめていた。
ルガムは舌打ちをすると、立ち上がってステアの胸ぐらを掴む。
止めようとする僕を視線で制して、ルガムはステアの体を持ち上げる。
互いの目線が同じ高さまで持ち上げられたステアは、それでも放心していた。
「なあ、ステア。話なら聞いてやるし、怖けりゃ一緒にいてやるよ。だから落ち着け」
言って、手を離す。
ドサリ、と椅子に落ちたステアの表情が徐々に曇り、やがて涙と嗚咽が流れ出した。
*
ステアの号泣が終わるころには満員に近かった酒場はガラガラになっていた。
それなりに長い時間泣いていたのだけど、女の子が泣き続ける場所で飲む酒が不味いのだろう。近くの座席から順に店を出て行った。
一度、酒場の店主が何事かと様子を見に来たのだけど、騒ぎの中心にいるのが僕たちだとわかると顔色を変えて立ち去った。
「なにやってるんだ?」
声を掛けられて振り向くと、シグが立っていた。
現場に来て、一応の流れを読み取ったようだ。ルガムに抱きついてまだ泣いているステアを見て笑いをかみ殺している。
「酒場の店員が呼びに来たぜ。営業妨害だから何とかしてくれって」
「別になにもないよ。いつも通りさ」
僕も少しだけ笑った。
ルガムは渋い顔をしているし、離れてこちらを見ているギーの表情はわからない。
ついでに言えばメリアはどんな表情を浮かべていいのかわからないのだろう。曖昧な表情でステアを見つめていた。
僕や他の仲間達にとって、日常の隣に死が立っている。
一緒に出発した仲間がどんなに大事でも、一緒に帰れない確率は常にあって、だからこそ僕にはいつも通りの喧嘩したり、泣いたり笑ったり困ったり喜んだりの繰り返しが愛おしかった。
たとえ、ステアが泣いていても、シグが疲れていても、ルガムが不機嫌でも、ギーが無表情でも、一緒に時間を過ごす。その繰り返しが得がたく、失いたくない大事なものだ。
結局、僕たちは六人掛けのテーブルに移動して食事をした。
パラゴが早く帰ってくればいい。そうすれば、シガーフル隊で迷宮に潜れるのに。なんて考えてから、僕は驚いた。
確かに、少し前までは迷宮に向かうのが怖くて苦痛だった筈だ。今でも迷宮は怖くて嫌だけど、それでも迷宮に向かいたい気持ちが確かに湧きつつある。
これが迷宮に順応するということなのだろう。
僕が迷宮でケチな魔物になる日が近づいているのだとしても、力を求めなければいけない。仲間達や、パラゴの席で眠りこけているメリアと他の子供達、それからまだ知らない僕の大事なものを守る為には大きな力が必要だからだ。
僕に十分な力があればここにいたかもしれないヘイモスやテリオフレフの事も思い出される。
結局、僕のような奴隷が金と力を得る方法なんて迷宮に潜るしかないのだ。
*
……なんてガラにもなく考えている時点で酒に酔っている。
僕はやはり酒が体質に合っていないのかもしれない。
フラフラになって、記憶は途切れ途切れだったけど、ギーがすっかり眠ってしまったメリアを抱いて、席を立ったのは覚えている。シグが疲れたとぼやいて先に帰ったのも記憶に残っている。
ステアはどうだったろうか。ルガムが抱えて、帰り際に『荒野の家教会』の呼び鈴を鳴らして玄関に投げ捨ててはこなかったか。
そして、ステアを抱えていたルガムは逆の手を僕と繋いでいたような気がする。
知らない天井、知らない部屋。
喉の渇きと激しい脈拍。頭痛に顔をしかめ、二日酔いを呪う。
僕の横にはルガムが寝ていた。当然、裸で。
こうして僕たちは愛するもの同士、結ばれた。……多分。かけらも記憶が無いのだけど。
ええと、ええと、冒険をがんばろう。僕は心に強く思うのだった。
これで第1章が終わり第2章に続きます。
書籍はこの内容と迷宮についてや書き下ろしssがついています。
電子書籍にはテリオフレフの書き下ろしssがついています。
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