少年、酒場に行き厄介事を知る
都市に戻った時には日が暮れており、僕らは解散前に酒場で食事をしていくことになった。
「あれ、先輩じゃん」
店で飲んでいたガルダが僕を見つけて声をかけてきた。
ノラもカウンターで食事をしているのだけど、こちらをチラリとだけ見て、再び食事に戻った。
「無事、学生になったぜ」
ということは、誰かを後見人として立てたのだろう。
「で、これが先輩の仲間……ウワッ」
ガルダは僕の仲間たちを見回して、ギーに驚いた。
「リザードマン……て、ことはアンタらがシガーフル隊?」
冒険者見習のガルダまでがギーのことを知っているのだから、もはやほとんどの冒険者が僕たちの事情を知っているのだろう。ということはつまり、何も知らない盗賊をだまして加入させることも困難だということを意味する。
シグがムスッとして席に着くと、当たり前のようにガルダも席に座った。
「ノラさんはいいんですか?」
「いいんだよ。アイツと飯食ってもつまらねえし。それにこっちにはカワイイ女の子がいて華やかじゃないかよ」
僕の問いに答えたガルダは顔に笑みを浮かべてステアに手を振った。
だが、ステアは無視して運ばれてきたビールを飲んでいる。
「おい、仲間内での食事だ。ミーティングも兼ねている。部外者は遠慮してくれ」
シグは毅然とした態度でガルダに告げる。
ガルダは手をヒラヒラと振って席を立った。
「そりゃ、邪魔したね。わかったよ。俺はあっちで、あの暗い木偶の坊と味気なく食べるさ。ところでシガーフル。さっき店のオヤジがあんたのことを探していたぜ」
そう言うとガルダは元の席に戻っていった。
シグは、ウェイトレスに店主の所在を尋ねたが、先ほどから外出しているとのことで、僕らは普通に食事をした。
正直に言えば、僕はギーの件もあって店主の顔など見たくはなかったので、少しだけほっとした。
食事を終えて、明日は冒険を休むことも決めたころ、慌てた様子で店主が戻ってきた。
「シグ坊や、よかった。探していたんだぜ」
店主は僕たちを確認すると店中に聞こえる声で言った。
「ちょっと上に来てくれ。パーティ全員でだ」
店主はシグに強く言うと、足早に二階に上がって行った。
*
酒場の二階は事務室になっていて、その一角に応接スペースが設けられていた。
二人掛けのソファが背の低い机を挟んで二つ置かれている。
片方に店主が座ったので、反対側にシグが座る。その横にルガムも座り、僕とステアとギーは立ったままで話が始まった。
「『恵みの果実教会』を知っているな」
店主はシグとステアを順に見回す。
知っているも何も、今日迷宮で殺した四人組が『恵みの果実教会』の信徒で、ステアの言葉を借りるのならば「悪魔崇拝主義の邪教集団」の一員である。
「今日、迷宮で見かけたよ」
シグが素直に答えた。
「そうか、もう遭遇したのか」
店主は顎に手をやってしばらく考えていたが、やがておもむろに口を開いた。
「王国の『恵みの果実教会』弾圧策で粛清を逃れた一部の残党が迷宮に入ったらしい」
なるほど。それなら今日遭遇したのもその残党なのだろうか。
「迷宮に入った? 放っておけばスライムにでも食われちまうよ」
ルガムが言う通り、無数の魔物が慣れない侵入者に洗礼を浴びせるだろう。あるいは正規の冒険者にも狩られるかもしれない。
「そう簡単にはいかないんだ。国中に広がった信徒達が続々と迷宮に向かっているらしい。奴らの中には迷宮で経験を積んだ冒険者あがりの信徒もいるし、用心棒も大勢いる。浅い階にとどまればしばらくは持ちこたえるだろう」
確かに、それならすぐに全滅とはいかないかもしれない。
「でも、あくまでしばらくの間ですよね?」
僕は気になって店主に質問をした。
いくら外からやってきて増えるといったって、それも無尽蔵ではないだろう。それに迷宮に慣れているからといっても永遠に滞在できるわけでもない。
迷宮順化が進んだ魔人でもなければ悪意の迷宮では徐々に弱っていってやがて魔物の腹に収まる。
どんなに頑張ってもせいぜい数か月が限度ではないだろうか。それを過ぎれば、迷宮も元通り。冒険者たちはそれまでの期間、怪しい集団の本拠地に近づかなければいい。
気になるなら、強力な冒険者か冒険者上がりの兵士達に討伐させるという方法もある。
「地下四階から五階に降りる階段を塞がれているらしい。五階から下にいた冒険者たちは帰還を妨げられている。命からがら逃げてきた冒険者がそう証言した。そのあと死んだがな。おり悪く、隣の国との緊張やら、『恵みの果実』の他所に逃げた残党狩りで兵士達にも余裕はない。上級冒険者達はどのパーティも迷宮に入ったままでいつ戻ってくるのか見当もつかん」
「なるほど。それだと地下五階以降にいる冒険者たちはかなり死ぬな」
シグも状況を理解してうなずく。冒険からの帰り道は疲れ果てているし魔法を使い果たしていることもある。そこで道を塞がれてしまえば、立ち往生している間に魔物の餌になってしまう。店主はこの状況の解決を僕たちに依頼したいのだろう。
確かに、それは都市や、冒険者を食い物にする者たちにとっては痛手かもしれない。
でも、僕たちはそれに巻き込まれずに地上にいる。ならば関係ないとも言える。
困る者だけがことに当たればいいのだ。
「せっかくですけど、僕たちの手には余るんじゃないでしょうか。リザードマンのブローンも加入したばかりですし、盗賊もいません。とても地下二階以降には降りられませんよ」
断りの文句を述べた僕を店主は親の仇を見るような目で睨みつけた。




