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少年、順応を進め新たな魔法を覚える

 さて、と。

 目を覚ました僕はとりあえず上体を起こした。そして知覚する。

 

 成長している。


 迷宮に住む魔物達は、魔力を吸い、他者を喰らう過程でその魂を変質させていく。

 変質した魂には不思議な呪いの力が込められていて、力を貯めた魔物を倒したら、その力は近くに存在する適当な魂に取り憑き、その者が睡眠を取るなど、油断した際に魂を変質させるのだという。

 弱い魔物を倒しても、影響は小さいが、強大な魂を持つ魔物を倒せば、明確に魂が変質する。

 こうして魂を変質させてより強い力を得ることを冒険者たちは迷宮順応と呼ぶらしい。


 今回はずいぶんと魔物を倒したので、僕の魂がまた少し変質したのだろう。

 魔法使いや僧侶の場合、この変質を重ねる事で新たな魔法が使えるようになる。

 前回『落眠』の魔法を覚えたときもこの様な感じだった。

 でも、今回はその時とは明確に違う事がある。


 頭の中に、新たな棚が出来た気分だった。そこに新しい魔法が置いてあった。多分、僕が念じれば使える。そんな実感がある。

 そして、その魔法は今まで使っていた魔法とは別の容量を持った棚に置いてあった。

 

「階層ごとの魔法は使用回数が別に管理されます」


 魔術師育成機関で聞いた教官の言葉がどういうことか、イマイチよくわからなかったのだけど、こうして体験してみれば感覚としてよくわかる。あえて言葉にしようとするのなら、なんというか、取り出すところが違うのだ。『火炎球』と『落眠』の魔法は同じ棚にあって、合わせて六つしか取り出すことが出来ないのだけど、新たな魔法は別の棚から二つ取ることが出来る。

 逆に言えば、火炎球を六回使ってしまえば、まだ新しい棚に魔法が残っていてもそれ以上は使えない。新しい棚の魔法は今までの棚とはまったく関係なく、独立して二回使えるのだ。

 これらの魔法の使用回数が棚を越えて混ざることはなく、それぞれに管理される。

 ……ダメだ。やっぱり僕も上手くは言葉に出来ない。

 

 とにかく、僕は魔法使いとして今までよりも成長したと言っていいだろう。


 今までより強力な魔法が、たった二回だけとはいえ使えるようになった。 

 

 ちなみに、同じように迷宮順応が進んでも、職能で獲得する能力は大きく変わるようで、肉弾戦を旨にする戦士達は体力や怪力、速度が上昇し、盗賊は罠の解除技能なんかが上達する。

 そうして、冒険者達は徐々に超人的な力を得るに至り、いつの間にかそれを超過して魔物と同じような魂を持った怪物に生まれ変わる。

 そういった意味で、僕は今、人間から一歩遠ざかって魔物に近づいているのだと言える。

 大半の冒険者が達人に認定されたあたりで足を洗うのはその為だ。

 迷宮に順応しすぎた冒険者はやがて、迷宮以外のことに興味がなくなり、ひたすら奥深くを目指すようになる。そして魔力の薄い迷宮の外には二度と出てこなくなるのだという。とはいえ、迷宮の奥深くには浅い階層では考えられないほど強大な魔物が大量にいると聞くので、潜り続けているとどこかで喰われて死ぬのだろうから、単に深層で全滅して帰ってこない冒険者たちをモデルにした都市伝説の類いだと思われる。


 僕の場合、そもそも借金の完済までは冒険者を辞める権利もない。このままずるずると貧弱な魔物になって行く様な気がして頭が痛い。

 いっそのこと完全に魔物になってしまえば、借金の事なんか忘れて迷宮で新人冒険者でも捕まえて喰らうのも悪くない気がする。たぶん、すぐにシグみたいな冒険者に討伐されるのだろうけど。

 

 

 僕は寝具の上に再び寝転がってわずかに開けられた窓から空を見た。

 日の傾き具合を見れば、すでに昼は過ぎてしまっているのがわかる。

 再び瞼を閉じると、昨夜の事が脳裏に吹き上がってくる。


 昨夜、ルガムとステアが起こした揉め事は、タイミングよく戻って来たシグによって一時的に中断させられた。

 とにかく頭を冷やしてから、と言う事で僕たちはまた今晩、酒場に集まって話し合いをする事にして、そのまま都市まで戻って来たのだった。

 迷宮から都市までの道すがら、疲労や睡眠不足や、その他のいろいろな感情のせいでほとんど誰も口をきかなかった。 

 

 気が重い。


 一つ目が、ルガムとの結婚問題。僕から申し込んで、承認された以上、これはもう前に進むしかない。ただ、都市の条例を全部読み込んででも何かしらの理由を探して、しばらく先延ばしにしたい。

 ルガムを怒らせないために、僕自身は今すぐにでも結婚をしたいのだけど、制度が立ちふさがっていかんともしがたく、悔しいと血涙を流してみせるくらいがいいだろうか。そうしておいて、借金返済の目処なんか立てば都合がいい。ただし、対応を間違えれば彼女の棍棒の威力を我が身を持って知ることになるかもしれない。


 二つ目がステアから受けた求婚だ。あの場ではステアも気が変わらないと言ったものの、よく寝て人心地着けば落ち着くのではないか。僕の希望だけど。

 とにかく、今晩の会合では上手く言いくるめなければ、棍棒の威力を思い知るのがステアになるかも知れない。

 

 三つ目に、中身ごとパラゴへあげてしまったリュックだ。

 冒険をしに迷宮に立ち入るのなら、替わりのリュックを探さないといけない。


 僕はしばらく考えたあと、とりあえず三つ目の問題に立ち向かうことにし、他の二つの問題については考えないように頭から蹴り出した。

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― 新着の感想 ―
マノーは回数制! 総魔力制ではありませぬ
[気になる点]  「逆に言えば、火炎球を六回使ってしまえば、まだ新しい棚に魔法が残っていてもそれ以上は使えない。新しい棚の魔法は今までの棚とはまったく関係なく、独立して二回使えるのだ。」 この文なの…
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