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少年、家にたどりつき恐怖を思い出す

 僕は街に帰ると、日が昇って開店したばかりの銀行に寄って、借金の返済手続きをした。

 今回は実入りがいい。一回の冒険での割当が一人あたり金貨で四枚になる。この街での一般的な労働者の一ヶ月分給与に匹敵する大金だ。もし、冒険者でなければ僕のような奴隷が一日で稼ぐ額としては異常だ。

 窓口のおじさんは、僕の汚い格好と、その金額に驚いた様だったが、それでも商売人として、マニュアル通りにきちんと対応をしてくれた。組合のおばさん事務員に見習わせたい姿勢だな、と僕は思った。

 それから、残った小銭で新しい――とはいっても中古の安い服を買って、辻売りの食べ物なんかを買って、お屋敷に戻った。

 

 敷地に入ると、庭で使用人のミガノさんが作業をしていたのだけど、僕を見て慌てて駆け寄ってきた。

 

「おい、どうした。大丈夫か?」


 僕の格好を見て目を丸くし、心配そうに聞いてくる。その心配はありがたいのだけど、僕はとにかくすぐに眠りたかった。

 

「大丈夫なんです。徹夜だったんで眠いんですけど、怪我とかはしていません」


「そうか、それはよかった。昨夜はお前が戻らなかったから、ご主人様も心配なさっていた。あとでお前が戻ったと店の方に知らせに行かなくちゃな」


 ミガノさん自身も安心したように笑った。彼の優しさは僕にとって、心地がよかった。

 僕はミガノさんに頭を下げて庭の隅に設置された洗い場に向かった。

 一般的な市民は共用の井戸を使って生活するのだけど、貴族や富裕層のお屋敷には水道が引かれている。

 栓を開けて、噴き出す水で頭を洗い、次いで衣服を脱いで服も体も全部を洗った。

 泥や、血や、吐瀉物などの汚れが排水溝に流れていく。

 きっと、今頃、他の皆もねぐらに戻っている頃だ。

 リュックについては、寺院に行くというパラゴに中身ごとあげてしまったので新しいものを探さないといけない。

 他にも、いろいろと面倒ごとがあるけど、全部、寝てからにしよう。


 庭の隅にある僕の部屋は、またの名を物置小屋とも言う粗末な建物だけど、そこにある寝具に潜り込んで目を閉じる。

 ぐるん、ぐるんと世界が回るような酩酊感が押し寄せてきた。寝不足のせいだ。

 早く眠ってしまいたかったのだけど、水浴びをしたせいか、いまいち睡眠が近づいてこない。

 その代わりに浮かんでくるのはヘイモスの死に様だった。

 首斬りウサギの耳に首を撫でられ、高く飛んだヘイモスの首は、くるりと回って、落ちる直前に僕と目が合った。

 その目は、驚いた様に見開かれていて、自分が死んだことなんて理解できないよ、というような主張をしていた。まるで、すぐに首をくっつけてそのまま何事もなかったかのように戦いを続けそうだった。それでも、一瞬後には地面に叩き付けられて、その時にはもう、どうしようもなく死者の目になっていた。

 あれは、何か一つ間違えた僕の姿だった。あるいは、いつか訪れる、未来の僕だ。


 まずい。


 心をあえて鈍感にして、必死で張り詰めていた精神がしわがれていくのがわかる。

 口をしっかり閉じても、奥歯がガチガチと音を鳴らし、体の芯から発生するような振動が僕の手足まで揺らす。


 恐い。


 僕らは何度も死にかけた。

 シュートで落ちた先に先客がいなければ、今頃カエルに喰われていた。

 ヘイモスが倒れた直後、最後の首斬りウサギが跳びかかったのがもし僕だったら、どうだっただろう。

 追い剥ぎ達が浮き足立っていなければ。人面猫の腹がもう少し空いていれば。 パラゴが即死していれば。ステアが完全に壊れていれば。


 今回はたまたまだ。ヘイモスは死んだけど、僕は生還できた。ただ、運がよかった。

 こんな事を繰り返していれば、遠からず僕も死ぬだろう。シグや、ステアや、ルガム、パラゴも遠からず死ぬ。

 勝ち続けているからと、有り金をすべて賭け続けているサイコロ博打の様だ。

 いつか負けて、全てを取り上げられる。


 不意に、シュートの下で僕を受け止めた魔法使いの事を思い出した。

 魔法使いの教育機関で同期だった。

 色素の薄い茶色の髪の、元気な少女だった。顔にあるソバカスが特徴的で、本人はそれをひどく気にしていた。

 農村の出身で、いつもダボダボのローブを身に纏っていた。

 目が悪いのか、物をよく見るときにはしかめっ面になっていて、それをネタによくおどけていた。

 魔法の実習で二回、一緒の班になったので、何度か話したこともある。

 昼休みに二人だけで食事を取った事もあった。

 家族の話や、好きなお菓子の話をしていたと思う。


「あたしが大金を稼いだら、あんたのことを買い取ってあげるね」


 屈託なく交わされた約束は永遠に果たされなくなり、彼女の家族は組合からの抹消通知で彼女の死を知るのだろう。

 僕は、彼女の服の切れ端でも持ってこなかったことを後悔した。

 せめて、彼女が愛した家族の元に、遺品を届けてやりたくなる。

 今更か。


 僕も死ぬときはうち捨てられ、カエルかネズミにでも喰われてしまうのだ。


 不安で押しつぶされそうだった。

 いつの間にか、僕は声を出して泣いていて、誰かにすがりたくなる。

 ルガムとステアの気持ちがよくわかった

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