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少年、悪意の迷宮から帰還する

 道は知っている。迷宮の出口までそう遠くない。生還まであと少し。

 だけど、それがすんなりいくほど甘くないのが迷宮だった。

 大ネズミに蝙蝠、野犬がやたらと僕たちの足を止める。

 いまさら、シグやルガムにとっては脅威にもならない相手だったけど、初めて前衛に立ったパラゴにとっては事情が違う。

 たった一度の、魔物の体当たりで倒れ伏したときは即死したかと思った。

 他の魔物をシグたちが片付けた後で、僕は慌ててパラゴに駆け寄った。

 シュー、シューと口から音がこぼれ、血の泡を吐いている。皮鎧を外して、胸を触って、僕はギョッとした。異常に柔らかい。本来はそこにあるはずの骨がなかった。


「ああ、こりゃ胸の骨が砕けてんね。そんで、肺も破れてるかも」


 ルガムも僕の後ろからパラゴを覗き込んだ。

 瀕死の重傷だ。

 普段、こんな威力の攻撃と向き合っている前衛組のタフさに改めて感心したが、それどころでもない。

 いくら素人の僕でも、これが死に直結する状態だということは分かる。すでにパラゴの呼吸は途切れ途切れになっており、瞼も動かず、意識もない。

 どうやっても、回復魔法に頼るほかない危険な状態だ。

 

「ステア、頼む」

 

 シグが言ったが、ステアはまるでそれが聞こえていないかのように俯いたまま黙っている。

 

「馬鹿なのかよ」


 ルガムは苛立たし気に言うと、ステアの胸倉を掴んだ。


「あんたが落ち込むのは勝手だけど、やることはやってくれないと困るのよ。ほら、ちゃんと目を開けて見な!」


 胸倉を掴んだまま、残った腕でステアの顎を掴んで無理やりパラゴの方に向けた。


「……ッ!」 


 ステアが小さな声で何事かつぶやいた。

 

「なんだって?」


 ルガムが苛立たし気に顎から手を放す。


「やめてって言ってるの!」


 ステアはそう言って胸倉を掴むルガムの手を叩いた。しかし、腕力差が大きすぎてビクともしない。

 ルガムは舌打ちをしてステアをパラゴの方へ放り捨てた。


「早く治せ。時間がない」


 確かに、パラゴに残された時間は長くなさそうだった。

 しかし、ステアは地面に顔を伏せたまま、また泣き始めた。

 ルガムの表情に怒りの成分が強くなっていく。

 

 止めるべきだろうか。僕はシグと視線を交わしたけど、結局はここでステアに魔法を使ってもらわないとにっちもさっちもいかないことには変わりない。

 なだめ透かし、飴と鞭でステアを動かす為にも、このままルガムに鞭を振るってもらうことした。


 ルガムはステアの髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。

 

「あのねえ、そいつが死んだら次に前に立つのはアンタかアのどちらかなんだからね。あんた、前に立ってそうなりたいの?」


 ステアの視線が死にかけのパラゴに向く。


「イヤですぅぅぅ……うううう」


「あんたより先にアが前衛に出て、それでアが死んだらアタシはアンタを殺す。これも理解できるわね」


 ルガムは棍棒をステアの頬に押し付けた。

 冗談ではない。ただ、事実のみを突きつける口調だった。

 血まみれの棍棒に、ステアは様々なシーンを思い出したのかもしれない。

 突然、ステアは嘔吐した。

 

「……イヤ、です。死にたくないですぅぅ。助けてください……」


 血と、涙と、鼻水と吐しゃ物で顔をグチャグチャにしながらステアは哀願した。


「じゃあ、早く治しな」


 言って、ルガムはステアの髪を放した。ステアの顔は自らの吐しゃ物にベシャリ、と落ちた。

 顔を上げたステアは惨めな表情を浮かべたまま、体を起こして祈りの言葉を唱えた。

 パラゴのつぶれた胸が見る間に、元の形に戻っていく。

 開いたままの瞳にも力が戻り、呼吸も安定する。

 

「う……痛っ、いてて」


 パラゴは胸を抑えたまま上体を起こすと、口から血の塊を吐いた。


「ゲホッ、ゲホォッ……ひょっとして死にかけていたのか?」


 パラゴは何があったのかわからない様子で周囲を見回す。


「なんか、夢でヘイモスに会ったよ」


 そう言うと、パラゴは両手の平で自分の顔を抑えてから、少しだけ泣いた。

 ステアはその様子を憔悴しきった顔で見ている。


「まあ、なんだ。死にかけたけど助かってよかった。ステア、治してくれたんだろ。ありがとな」


「生き返ったばかりのところ、悪いけど、アンタまた前衛に立ってよね」


 ルガムの一言に、パラゴは泣き笑いのような表情で答えた。



 その後、魔物との戦いが数度、あったもののどうにかそれを切り抜けた僕たちはやっと迷宮の出口にたどり着いた。

 迷宮を出て、そこにいる衛士達の前で五人とも倒れ伏した。

 疲れた。

 外は夜中で、それに浮かぶ星がきれいだった。

 僕たちが迷宮に入ってから一日半が過ぎていた。


「うわ、大丈夫かお前たち?」


 衛士達が血や汚物でひどく汚れた僕たちを見て心配そうに声をかけた。

 だが、誰一人、体力自慢のルガムであってもそれに応える余裕がなかった。

 ただ、彼女の不満げな視線に気づいて僕は繋いでいたステアの手を慌てて離した。

 衛士の一人が気を使い、持ってきてくれた水の桶で口をすすぎ、顔を洗って僕たちはようやく人心地がついた。


「おい、しばらく休んだら詰め所に報告して帰れよ」


 衛士が側の小屋を指さした。

 懐かしいやり取りだった。初めて迷宮から帰った時も同じことを言われた。

 そういえば、その時も僕がこうやって立ち上がったんだっけ。

 僕はへばっている仲間たちをしり目に詰め所に向かった。

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無事生還! ヒャッホウ!!
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