表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/204

少年、カエルを眺め、少女を眺める。

 ずるり、と音がして、やがて暗がりから現れたのは二匹の巨大なカエルだった。

 人食いガエルだ。

 その体は人よりも大きくて、大きな口は僕なんか丸呑みに出来そうだった。

 僕らは死角に隠れたまま、のろのろと歩くカエルを見送った。

 息を押し殺す。もし、気づかれれば正面切って戦わなければいけないのだろうけど、上手くいけば奇襲が成功する。

 カエルは、墜落死した新人パーティーに近づくと、短い手で器用に肉片を掴んだ。

 そして大きな口を開けて、衣服やゴミにも気にせず、それを一息に飲み込む。

 なるほど、こういうのが迷宮を掃除するのか。なんて僕はぼんやりと見つめていた。

 対して、前衛の三人は緊張している。シグの合図に合わせて攻撃を仕掛ける手はずになっているからだ。

 二匹のカエルが同時に、大きな肉塊を口に含んだ瞬間、シグが物陰から躍り出た。

 足音に気づいて振り返ったカエルが行動するよりも早く、シグの長剣はカエルの頭をたたき割った。

 一匹目のカエルは即座に絶命し、二匹目のカエルも抵抗らしい抵抗も出来ぬまま、ヘイモスとルガムに打ち殺された。

 地下二階以降で初めての戦闘は、こうしてほぼ満点の内に終わった。

 最初に飛び出したシグと、連打を繰り出していたヘイモスの二人はいつも通り荒い息をついているけど、ルガムも今回は息が荒い。


「緊張した。あたし、こういうの向いてないよね」


 照れ笑いを浮かべながら、彼女は僕の横にやってきた。

 僕も頭の中のスイッチを切り替えた。


「お疲れ様。すごかったよ」


 そう言ってルガムの手を握る。握った手を通して彼女の緊張と動揺が伝わってくる。

 正直にいえば、混乱した場を収めるため、結婚なんてその場限りの方便だった。

 だから、僕自身、結婚なんて仕組みも知らない。だいたい、僕は債権奴隷のままだ。制度上、妻を持てるかは帰ってから調べる必要がある。

 でも、同時に僕がルガムに対していくらかの好意を感じていたのも事実だ。


「好きな女を口説くよりも、口説きやすい女を好きになる方が楽だ」と、僕に教えたのは酒場で絡んできた酔客だったか。

 それもまた、一面の真理だ。

 成り行きというか、なんというか、とにかく彼女は僕からの好意を受け止めて、返してくれた。僕が今から彼女を愛せばそれでいい。結局は全部一緒だ。

 僕らがそんな事をしている目の前で、パラゴは戦後処理をしている。

 歩いてきた怪物なので、巣が近くになく、宝箱は持っていないけど、銭はあるかもとパラゴはカエルの腹を割いた。


「こういうヤツは丸呑みにした石とか金属をよ、排泄できなくて溜め込む臓器が……ほら、これだ」


 パラゴはそう言って、カエルの腹に突っ込んでいた手を引き抜く。その手には子供の頭ほどの大きさの袋が掴まれている。

 それにナイフを差し込むと、中身がバラバラとこぼれて落ちた。

 石、鉄くず片に紛れて硬貨もいくつか入っている。

 パラゴは銀貨を一つ拾い上げ、見つめた。


「かなり欠けているが、ギリギリいけるだろう」


 この手のカエルは身体機構の複雑化に伴って異物を胃ごと吐き出す能力を喪失してしまっているらしく、丸呑みにした異物を集めて、削り合わせて排泄するのがこの臓器だと、パラゴは言った。

 銀貨が合わせて十五枚。

 二匹目のカエルの腹からは、銀貨が十枚出てきた。


「お、こりゃなんだ?」


 パラゴが銀貨を拾いながら呟く。見ると、パラゴの手には首飾りがつままれていた。

 多分、カエルに喰われた冒険者が身に付けていた装飾品だろう。


「あ、そ……それ、ください! 私に見せてください!」


 突然、ステアが目の色を変えてパラゴからその首飾りを奪い取った。


「これは、荒野の家教会の御守りです。ああ、神は私を見捨てていなかったのですね!」


 ステアは泣きながら、汚物まみれの首飾りを掲げた。

 彼女が生還して、この先、出世していくことがあればこの瞬間の出来事を絵画にして残しそうなほど感涙にむせび泣いているところを悪いが、僕にはその御守りが大した物に思えなかった。


 だって、前の持ち主はカエルに喰われちゃったんだから。


 おそらく、それは僕だけの考えではなくて、ステア以外の皆の表情がだいたい似通っているのはそのせいなのだろう。


「ステア、それはお前が持っていろよ」


 シグがステアに優しく声を掛ける。


「いいんですか、ありがとうございます」


 お宝は山分けが原則だけど、他の誰も、削れてすり減った首飾りなんて欲しくなかったし、地上で金になるとも思えない。

 首肯する皆を見回して、鎖を自分の首に架けた。

 彼女は、彼女の信じる神に向けて、一心に祈りを捧げる。

 怖いのだろう。

 信仰で正気を保てるのなら、多いに祈るべきだ。

 ただ、血や汚物にまみれ、涙を流しながら無心に祈る彼女が正気なのかはいささか疑問だけど。


削れた硬貨は額面を保証せず、たんなる金属屑になります。

しかし、同じ固さのものと擦れ合うことで、効果は絶えず削れており、程度のひどいものは流通の中で銀行に回収されています。

例えば、迷宮の中で所有者が死に、それを拾った魔物や人間も死に続ける場合、高価は流通に戻らず、ひたすら削れていくのでしょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ