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後編 『努力しないで強くなる人物は卑怯である』と仮定した場合の考察

           〜〜 登場人物紹介 〜〜


先手:光と闇が両方備わり最強に見えそうになる。


後手:火と水が混じって火水(かみ)となる。





           ※※ 前提 その一 ※※


『チート』には大きく分けて、

A……まるでTVゲームにおけるチートコードを使った"ような"圧倒的力量、優位   性を持っている事。厳密には『不正』を働いている訳ではない。


B……『不正チート』の原義通り、何らかの『不正行為』を働いた結果得られた力や立    場、その他優位性の事。


 ……とする。

 今回は主に二番目の『不正行為』を主眼に置くものとする。


           ※※ 前提 その二 ※※


 個人の趣味嗜好に関する点、個人の感情に関する点、及び作品そのものの評価については、

『お前がそう思うんならそうなんだろう。お前ん中(・・・・)ではな』

 ……の姿勢を筆者、読者問わず標準のものとする。


 上記前提にご納得の上、お読み下さい。


        ※       ※       ※



「……ど、努力しないで強くなるチート主人公は卑怯だ……」

「うん、卑怯だな」


「……あれ? 何か前回と言ってる事が真逆になってる?」


「思考実験のためだ。ここでは『努力しないで強くなるチート主人公は卑怯だ、ただし悲劇的その他の理由なら卑怯じゃない』……と言う前提を受け入れた上で、話を進めてみよう。今回は単純化のため、複数あるOK・NGラインを『悲劇的』要素のみに絞る事とする」


「やった! 形勢逆転のチャンス!」


「では、まず一つ。チート主人公が卑怯者かどうかは、『悲劇的であるか否か』に掛かっている。"悲劇的な境遇である"と認められれば、例え努力せずに力を得ても仕方がない、問題ではない、卑怯ではない……と判断される。間違いないな?」


「おう!」

「……で、『一体誰が』、『どのような判断基準で』、チート主人公が"悲劇的であるか否か"を決めるんだ?」


「……いや、そりゃ普通の人の基準で……」


「『普通』って言うのは、『一体どんな集団の』、『どんな基準』を元にしているんだ? 国や地域によって常識が違う、なんて事は珍しくも何ともないぞ。関東の人間にとって、『関西出汁(だし)』は『普通のうどん』じゃないし、逆もまた然りだ。


 友人とトランプで遊んでいて、『あれ? その手は"普通"ナシだろ?』『え? いや、アリに決まってるだろ"普通"』……なんて会話をした経験、身に覚えはないか? ある人物の覚えたルールが、別の人物の覚えたルールと反する……なんて事例、世の中にいくらでもありふれている。


 時代によっても違う。例えば、現代日本で『今日は"不吉な日"なので仕事休みます』……なんて事を言ったら、『それがどうしたサラリーマン、能書き垂れてねぇで来いよ、会社に来い、早く(ハリー)! 早く(ハリー)!』……的な反応が返って来るのは目に見えている。


 一方、平安時代の貴族達の間には『物忌ものいみ』と言う習慣があった。陰陽道の考え方で、乱暴に言うと『その日はあなたにとって不吉な日だから、一日中家に籠もっていなさい』……と言うものだ。だから、平安貴族達に対して『今日は"不吉な日"なので仕事休みます』……は、ごく当然のように通用していた。その考え方を下敷きに、当時の貴族社会は成り立っていた。それが、当時の彼らにとっての"普通"だ。


『普通の人』の『普通の基準』なんて、普遍的な概念に思えて結構アテにならないものなんだ」


「いや、そんな難しく考えなくても……」


「そうはいかない。確かに、これが日常会話レベルであれば、大した問題にはならないだろう。大抵『へえー、あなたはそうなんだ』で終わりだ。


 ……が、今現在焦点となっているものは、『卑怯か否か?』と言う当人の尊厳、名誉に関わる問題だ。当人にとって『卑怯者』のレッテルを張り付けられるか否かの分水嶺ぶんすいれいだ。決して軽んじて良い事じゃない。


 ……その重大な審判の時、もしもその当人にとって受け入れがたい"普通"を押し付けられ、卑怯のそしりを受ける事になったら? あるいは『どう考えても卑怯なのに、納得しがたい理由で悲劇と判定されて無罪に』……なんて場面を目撃したら?


 事実として『チートは卑怯、だけど悲劇的ならセーフ』派の人々は、"トラックにかれる"など、不慮の事故で死亡する作品主人公の事を『悲劇的な人物』とは見なしていない。していないからこそ、自説に則って卑怯だと批判している。それが、彼らにとっての"普通"だ。一方で、俺の基準を元にした"普通"だと、それは

『人生最大級の悲劇に見舞われた人物』だと思っている。


 もしも、俺が彼らチート主人公達と同じ立場に立たされたとしたら……不慮の事故で死亡したにも関わらず、"悲劇じゃないから卑怯"と判定されたら……到底耐えられない。発狂する程の理不尽を感じるだろう。あるいは理不尽が過ぎて、逆に何とも感じないかも知れない。いずれにせよ、俺の心中や価値観など丸無視されて、"卑怯者"のレッテルを張り付けられる事となる。


 そうなった時、自分はそれに納得出来るか? いいや、出来ない。だから、俺は"普通"と言う曖昧且つ主観的な概念で悲劇か否か、卑怯か否か――つまりは"不正行為であるか否か"を判断するべきではないと考える。だからこそ前回、俺はしつこいと思える程に『客観的に納得の行く根拠』を求めたんだ」


「……い、いや、それだったら多数決で決めりゃ良いじゃん? 多くの人が"普通"って思うものが基準に……」


「それは即ち、"少数派の感覚、価値観は異常"だと宣言しているも同然だぞ。例え君にそのつもりがなくとも、そう言った思想へと容易に繋がる。それどころか、直接的にその思想が見て取れるチート批判者の言説を実際に見た事がある。『"普通の人間"はそう言うものを嫌うんだよ!』……てな具合に。


 問題点を指摘しよう。


 一つ。"多数派だから正しい"は、論理学上『多数論証』と呼ばれる、誤った理屈だ。"選挙"は民主主義社会のシステムとして妥当であるが、『選挙で勝った政党だから、彼らの政策は正しい』は論理学的に誤りとなる。もちろん、"少数派だから正しい"も理屈として誤りだ。


 二つ。その理論を是とする事は、少数派に対する差別、弾圧に繋がる。しかし、日本国憲法第十三条において『すべて国民は、個人として尊重される』……とあ

る。少数派――彼らが定義するところの『チート主人公、及びそれを支持する"普通ではない人間達"』も、立派に『個人として尊重される』。"少数派だから普通でない"とレッテルを貼り付けておとしめる事は、れっきとした人権侵害に当たる。……もちろん、"個人の意見"として言論を述べる事そのものは"表現の自由"によって保証されているが……不当な理由で特定人物にレッテルを貼り付ける行為を行うのであれば、それはもはや『個人的な感想』では済まない事を理解しておくべきだ。


 三つ。その理屈の終着点は"多数派工作"だ。論理的正しさや科学的根拠、個人の価値観、思想、信条……それらとは全く関係なく、ただ『人を多く集めた方が勝

つ』仕組みとなり、『人を多く集められる手段を持つ者こそが正義』となる。例えそれが、どんなに理不尽な内容であろうとも。


 ……以上の理由により、俺は多数決によって"卑怯か否か"を決めるべきではないと考える」


「」


「……では、二つ目の論点に移ろうか。『"チート"であり、"卑怯"である事柄の対象は、"努力せずに何らかの能力を得る事"である』。……この前提に異論はない

か?」


「…………お、おう……」


「では、質問しよう。"努力"って言うのは、『どこからどこまでの範囲』を指すんだ? 例えば『私はこれまで、生きるために"呼吸"と言う努力を毎日欠かさず続けて来ました!』……この理屈を正当なものとして扱えるか? 一応、間違ってはいないぞ」


「…………はい、凄い曖昧で判断出来かねますね……」

「さっきの"普通とは何か?" と丸かぶりするから手短にまとめると、『"努力する"って概念、かなり曖昧』。これが一つ」


「…………はい、そうですね……」


「二つ。"本人の努力とは全く無関係のところで能力なり何なりを得る"事なんて、世の中にありふれている。そもそも君も俺も、地球上のどの生物よりもぶっちぎりで高い知能を持つ"人間"として生まれて来るために、何らかの"努力"をしたか?


 ……いやまあ、仏教的には『前世で天界に行ける程に善行を積んだ訳じゃないけど、修羅界以下に堕ちる程に悪い事をしていなかった結果、人界に輪廻転生した』……って事になるけど、それは棚の上に置いといて。


 そもそも科学技術は、極論『楽をする、不要な努力を取り除く』方向で、発達して来た側面もある。東京から大阪まで徒歩で移動している人間が、『新幹線で移動する奴らは卑怯だ! 歩く努力をしていない!』……なんて言い始めたらどう思

う? 俺は"訳の分からん言い掛かり"だと思うのだが」


「……いや、そう言った普通の――面倒だからもう"普通"で通すよ? 普通の人でも持っている、あるいは利用出来る事とかなら別に……」


「例えば『共感覚』の持ち主は? 彼らは何ら努力する事なく、一般人が決して得る事の出来ない感覚を有している。例えば『音に"色"が付いて見える』、『形に

"味"を感じる』……とか」


「…………そ、そう言った、日常生活に特別役に立たなかったりするものは別

に……」


「『絶対音感能力』を仕事に有効活用している作曲家は?


 遺伝的に生まれつき『速筋』の割合が高い、つまり"瞬発力に優れた身体"を生かして、陸上短距離走の選手として活躍しているアスリートは?


 遺伝的に『背が高い』事が決め手となって、レギュラーに選ばれたバスケットボール選手は?


『恵まれた容姿』のおかげでモデルに選ばれた人は?


『高給取りの両親』の元に生まれた結果、生まれつき裕福な生活をしている人

は?」


「」


「『突発性サヴァン症候群』って知ってるか? 『一切努力などしていないにも関わらず、ある日突然芸術などの分野で天才的な才能を発揮するようになる』現象

だ(後書きに参考リンクあり)。彼らは果たして"卑怯"なのか? 俺には全くそう思えないんだが」


「」


「……何よりもこの考え方は、最悪"能力差別"に繋がる。要するに『人を生まれ持った能力、保有している能力で判断している』訳だからな。


 考え過ぎだと思うか? 上に挙げた各種例を一切考慮に入れる事もなく、それどころか想像する気配すら一切見せず、『努力しないで高い能力を持つ奴は卑怯!』……と断言する言説を見た事がある以上、それを『単なる考え過ぎ、杞憂(きゆう)』であると思える程、俺は楽観的じゃない」


「」


「……まとめよう。


『"努力しないで強くなるのは卑怯、ただし悲劇的ならセーフ"……と言う前提で判断を行った場合、各種問題や論理矛盾が噴出する事となる。


 それら問題に対し、客観的に十分納得出来る理由を提示された事は一度もない。従って、上記前提を受け入れる事は不可能である』」


「」


「前回と今回、両方の内容をまとめた、総合的結論。


『チート主人公は卑怯でも何でもない。むしろ、卑怯と認識した場合にこそ問題が出る』。


 ……以上だ」


「」


「ついでだから、最後に『じゃあ何でチート主人公が批判されるの?』について触れておこう。

 理由として考えられるものを挙げよう。


 一つ。"流行"と言うものに対するお約束、テンプレ展開。


 二つ。『玉石混交ぎょくせきこんこう』と言う前提がない。


 この二つが考えられる。


 一つ目。既存の形式に慣れ親しんだ人物にとって、『自分の中にはない、新しい概念、常識、感性』に反発を覚える。その自分の反発心を正当化するため、"理由を作る"んだ。


 以前、筆者が別の短編で触れた事があるが、試しに『野球害毒論やきゅうがいどくろん』で検索を掛けてみてくれ。


 明治時代の日本で、"野球"と言う新しいスポーツが大人気となった際、


『野球はドロボーの遊び! 勇気がない奴がするもんだ!』

『野球をする奴は贅沢に溺れるようになる!』

『"勝たなければ"と言うプレッシャーが脳に悪影響を与える!』


 ……などなど、現代からすれば失笑ものの批判が大真面目に語られた。彼らは野球――もっと言えば西洋から伝わって来た『スポーツ』と言う、武術と違い"娯楽性ばかりを追求した代物"が理解出来なかったんだ。


『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』などのSFアニメが若者達の間で大流行した際、小説媒体に慣れ親しんだ既存のSFファン達は『あんな"ニセモノ"なんぞでおってからに!』……と憤慨していた。彼らにとって『SF=小説』だったから、『SFアニメ』と言う"自分達が楽しめない"代物を決して認めたくはなかったんだ。


 ……余談ながら、ヤマトやガンダムで育ったかつての少年達が時を経て大人になり、『あんな"萌え系"なんぞでおってからに!』……と言い始めるに至るのを見れば、『一体何故、人は同じ歴史を繰り返すのか?』……と言う疑問を解くヒントを得られるんじゃないかと思うぞ」


「」


「二つ目。取り敢えずは"小説家になろう"に限定して話を進めるが、そもそもネットの小説投稿サイトは、『あらゆる人』が利用出来る。プロから素人まで、あらゆる立場、技能の持ち主が、だ。『面白いものもあれば、そうでないものもある』のはむしろ基本だ。


 一方、書店でプロの書いた本を買い求めるのが基本の人は、『一定以上の水準が保証された』中で内容の出来、不出来を判断する。"その感覚のまま"なろう小説を見て、玉石混交の"石"の割合の多さに戸惑う……その結果、なろうで人気のある要素――つまり、"読者が目にする確率が高い要素"であるチート主人公が槍玉に挙げられる……それが一因なのではないか、と考える。


 では、"チート主人公要素"をなくせば、『面白くて』、『まともで』、『魂に響く』作品が増えるかと言えば……断言するが、間違いなく"ノー"だ。本質は"チート主人公が存在する"事じゃない。"面白い物語を書けていない"事だからだ。行うべきは、『チートは卑怯!』と言う事じゃない。『ここが悪いから、こうすればもっと良くなる』と言う事だ。


 いや、それだって『大きなお世話』となるかも知れない。"面白さ"の基準は人それぞれと言うだけじゃなく、"どんな種類の面白さを求めているか?" によっても変わる。"苦難を乗り越える話"を求めている人が、『主人公が簡単に成功を収めてばっかでつまらん!』……と文句を言ったところで、"ノンストレスで進む成功譚"を求めている人にとっては『そーなのかー』で終わりだろう。


 これは良い悪いの話じゃない。"求めるものが違う"と言うだけの話だ。


『ご注文はうさぎですか?』に対してファンが求めているものは、"可愛い女の子達の、緩やかでハートフルな日常"だ。断じて『黙れ小童(こわっぱ)ぁっ!!』と言うセリフが出て来る事には期待していないし、チマメ隊が"鉄火起請(てっかきしょう)"――『焼けた鉄の棒を掴む神明裁判』に挑んだところで、誰も幸せにはなれない。


 逆に、『大河ドラマ』に対してファンが求めているものは、"歴史上の人物達

の、重厚で熱い生き様"だ。にもかかわらず、真田昌幸(まさゆき)が『お父ちゃんにまかせなさーい☆』なんて言い出す、狂気の場面を電波に乗せた日には、全国規模で憤死者が続出する事だろう。ましてや、おにぎりやウナギ<<削除されました>>


 ……要するにそう言う事だ」


「」

「……論は以上だ。何か反論は?」


「…………ありません」


「まあ、ここで俺達だけで納得したところで、何の意味はない。後の事は、この文章を読んだ読者それぞれに任せよう。


 本文が議論の一助となってくれる事を期待します」

参考リンク


GIGAZINE

「秘められた才能」は誰の中にでも眠っているのか?


https://gigazine.net/news/20180727-sudden-genius/

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