ダンジョン攻略しました(その三)
ダンジョンの奥へと向かう俺達は、まるで見えない何かの胃袋に飲み込まれているような錯覚に陥った。それぐらい違和感が半端ではない状況だ。ザイクンさんもそれを感じているのだろう。このダンジョンの本来の階層を既に過ぎているこの状況に、言葉が出なくなっている。
「……」
それだけじゃない、魔物も凄く強くなっている。変化する前のダンジョンには銅級でも簡単に倒せるゴブリンやコボルト、多少強いといっても鉄級でも倒せるオークくらいしか出なかったらしい。だけど、この階層に下りる前には銀級でも苦戦するアイアンゴーレムや金級の冒険者が相対するオーガが出てきていた。正直このレベルの魔物は金級のザイクンさん無しでは到底倒せない。それに、このダンジョンの最下層には一体何が待ち構えているのか検討もつかない。だけど、これ以上は流石に奥には行けない。ザイクンさんならもっと潜れるかもしれないが、俺達には無理だ。足手まといにしかならない。
「ザイクンさん、ここで一度戻りましょう。無理をしても仕方がない。これ以上はザイクンさんレベルの人が数人で潜るレベルです」
ユノがダンジョン脱出を提案し、ザイクンさんが頷く。よし、緊急脱出用の魔方陣を設置しよう。周りをよく見れば広い場所に来ていたらしい。ちょうどこの空間なら四人分の魔方陣が敷ける。俺はそそくさと魔方陣の準備をしていた。
しかし、そうは問屋が卸さないらしい。
「っ!?」
魔物の気配がそこかしこに現れる。さっきまで何にも感じなかったのに!
「これは不味いな、インビジブルリザードの群れか。囲まれたら流石に逃げるのは難しい、あまり行きたくはないが下の階層に向かうんだ!」
インビジブルリザード。大きさは一メートル位のトカゲで、壁や床などに擬態して獲物を狙う狡猾な魔物だ。一体ではそこまで驚異ではないが、複数体で襲ってくるので金級でも苦戦する。
すぐ目の前に下層へと下りる階段が見えた。俺達はザイクンさんに従って下の階層に逃げる。その時、俺達は階段に歪みが出来ていることに気付かずに、足を踏み入れることになった。
「なっ!? しまっ――」
「ザイクンさ――」
ザイクンさんの言葉が途中で途切れ、それと同時に俺達も歪みに飲み込まれてしまった。そう、最下層へと誘う、ワープホールという罠の中に。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
「う、ここは?」
ザイクンさんに起こされ、辺りを見渡す。そこは、先程のダンジョン内が嘘のような、禍々しい空間だった。赤く染め上げられた壁や床に、奥には祭壇のようなものがあった。
「ユノ、ミルティ、無事か?」
「はい、私は大丈夫です!」
「僕も何とか」
さて、状況整理といきますか。階段にあったあの歪みはワープホールだった。あんなところに罠を仕掛けるとかどれだけゲスい考えの持ち主なんだよ。だが、タイミングもばっちしだし、明らかに誘われたよな。そして、俺達がいる場所には倒れている大きな白い狼のような魔物が一体と、祭壇のようなものの前に人っぽい何かがいる。そして、祭壇にはでっかい何かの結晶があり、その中には誰かがいた。
「おやおや、まさかここまで来るとワ。今までの冒険者達よりも強いようですネェ。うんうん、ワタシも嬉しいですヨ」
何やら変なしゃべり方の人っぽいのがこちらの値踏みするかのように見てくる。正直、嫌な感じだ。どう考えたってあいつ普通じゃないだろうに。
「お前は何者だ? こんな所にいるってことは人間じゃないよな?」
俺の質問に笑顔になるそいつは、お辞儀をしてきた。その時に背中から蝙蝠の翼のようなものが生えてきた。
「初めまして人間族の皆さン。ワタシはモラクス。魔王七十二将の一人でス。とは言っても、下から数えた方が早いくらい弱いんですけどネェ」
「魔王、だと!? 何故そのようなものがここにいる!」
ザイクンさんが驚愕し、叫ぶ。何故だろう、ザイクンさんの様子がおかしい。先程までとは違い、何かに焦っているようで冷静には見えない。一体どうしたんだ? 確かに魔王の部下とか言われたら驚くけど、ザイクンさんはむしろその奥にあるものに目がいっているような。
「えぇ、実はここにワタシの実験に使えそうな素体がおりましテ。何でも、魔物を意のままに操ることが出来る人間族の娘がいると風の噂で聞きましてネェ。ダンジョンの実験の傍ら、それを回収しようと思っていたのですヨ。一度は見つけたのですが見失いまして、その後も散々探したのですが中々見つけられなくて、諦めてダンジョンに篭ろうと思っていたのデス。そうして来てみたら、そこの魔物が件の娘を護るかのように襲ってきましてネェ」
俺達の横で倒れている大きな狼らしき魔物を見る。どうやら息はあるみたいだが、身体中が傷だらけでボロボロだ。こんな強そうな魔物をアイツは無傷で倒したっていうのか。そんな奴からどうやって逃げればいいんだ。
「……」
ザイクンさんの方を見ると、モラクスとやらの方をジッと見ているようだ。やはりここにザイクンさんが気になる何かがあるんだろう。そう、例えばあの結晶の中にいる少女とか。もしかして、ザイクンさんが探していた復讐するべき相手が、あの少女ってことか? いやいや、そんな筈はない。ザイクンさんは子供達にとても優しかったのを見たことがある。そう、特にあれくらいの年齢の子供……ってそうか! ザイクンさんが前に話してくれたことがあった。確か、何処かに置いてきてしまった娘がいると。
「おやぁ、貴方何やら見たことがありますネェ。あぁ、そうですカ。この娘の父親ですカ。どうやら相当強くなったようですが、ふーむまだまだワタシの求めている強さには至ってはいないようですネェ。折角ワタシが貴方達を追い詰めたというのに……娘は魔物に預けてしまうわ、本人はワタシが期待していた程の強さにはなっていないとは、ワタシは悲しいですネェ」
モラクスの言葉にザイクンさんの様子が変わる。持っている大剣を構えて身体強化の呪文を唱え、モラクスを睨む。
「そうか、貴様がぁああああああっ!!」
トップスピードでモラクスへと飛びかかるザイクンさん。あまりの早さに反応が出来なかった俺達だが、モラクスはザイクンさんの攻撃を簡単に回避していた。それでもザイクンさんの攻撃は止まない。右へ左へとフェイントをかけ、相手の死角を狙うザイクンさん。しかし、悉くその攻撃を回避あるいは弾き、逆にザイクンさんに攻撃を加えるモラクス。俺達には次元が違いすぎる戦いだが、それでも解ることがある。このまま戦えば負けるのはザイクンさんだ。
「ほうらほうら、このままではあの娘を護れず死にますよ貴方ハ」
上段からの一撃を軽く去なし、その後に繰り出した回し蹴りを余裕で避ける。そうして出来たザイクンさんの隙をこれでもかと攻め立てるモラクスに、ザイクンさん自身も焦っているようだ。
だが、このままじゃザイクンさんは負ける。いつも通りのザイクンさんならこんな雑な攻撃はしない。そんな状態のザイクンさんがやられれば、次は俺達もアイツにやられてしまう。相手の力量を見れば解ることだけど、今の俺達じゃどうやっても手も足も出ない。なら、ザイクンさんを正気に戻すしか生き残れるチャンスは無い。
「ユノ、ミルティ、ちょっとばっかし無茶するからサポート頼むな」
「レイジ? 一体何をする気なんだい?」
「レイジ様?」
勿論、ザイクンさんとモラクスの戦いに茶々を入れに行くのさ!
助走をつけ、モラクスがザイクンさんの攻撃を避けたタイミングで飛び込む。
「うおりゃあああああ!」
ザイクンさんとモラクスがぶつかり合った一瞬の隙を突いて間に割り込むことに成功した俺。その一瞬でザイクンさんが正気に戻った気がした。そしてモラクスはこちらに振り返る。
「ほう、雑魚如きがワタシの邪魔をしようと言うのですカァ?」
ザイクンさんの方をチラッと見ると、俺の視線に気づいたザイクンさんが頷いてミルティのところへ下がる。それを確認し、モラクスへと向き直り使い慣れた剣を構える。
「……」
ほんの少しだけでも良い、ザイクンさんにある程度の治癒魔術をかける時間さえ稼げれば。そしてザイクンさんがいつもの調子を取り戻せば、勝てる見込みはなくてもこの場所からの脱出は出来るはず。だけど、どうする? 剣技ではユノに勝てないし、魔術も初級位しか使えない。治癒魔術はミルティ頼みで、今はザイクンさんの治癒に専念しているからすぐの対応は難しい。それに何より、俺には速さが足りない!
「何を考えているかはわかりませんが、ワタシの邪魔をした以上、只で済むとは思わないことですネェ!!」
一瞬で俺の目の前に現れたモラクスに何とか合わせることが出来たため、初撃は防げたけど……重てぇ! 一撃がこの重さとかザイクンさんどうやって受けてたんだ? もう既に腕が痺れている。だが、幸い持っていた剣はその一撃では壊れなかった。奮発した甲斐があったぜ。そして追撃が来るのを野生の勘とやらが働いたのかなんとか捌き、一旦距離を取る。
「んん? 何故その男よりも劣る筈の貴方がワタシの攻撃を防げたのでしょうカ? まぁいいでしょウ。どうせ貴方達全員ワタシの実験に使われるのですからネェ!」
さて、後どのくらい頑張ればザイクンさんは回復してくれるかな。そうしてユノとミルティは何とか間に合ってくれるだろうか? 頼むから俺がやられる前に何とかしてくれよ。
「ふーむ、君はどうやらワタシの動きが多少は見えているようですネェ。それに勘も良いみたいデス。でも、それだけではワタシは倒せませんヨォ」
そんな事はわかってるっての! こちとら自分の実力くらい把握してるわ! でも、逆転の一手のためにここは踏ん張らないといけないわけで。逆転と言っても残念ながら俺じゃあコイツは倒せないけどね。
「さぁさぁさぁさぁ、どのくらい持ちますかネェ!」
ザイクンさんの時とは違い、積極的に攻めてくるモラクスから致命傷を受けないようギリギリで避けるが、それなりのダメージが蓄積してくる。でも、少しでも気を緩めればすぐにこの攻防も崩れてしまう。気を抜けない極限状態ではあるものの、そろそろ限界が近い。上手く受けれる技量も体力も無い俺が、長時間持つはずが無いか。だけど、俺は俺の仲間を信じるしかないからな!
「いくらでも持ち堪えてやるっての! それが弱い俺が出来る精一杯の意地だ!!」
ユノもミルティも頑張ってくれている。そしてザイクンさんがいる。コイツをぶっ飛ばしてあの少女を助けてダンジョン脱出してやんよこんちくしょう!