ダンジョン攻略しました(その一)
あぁ、結構美談にしてしまったけど、奴隷商達とのやり取りはもっと泥臭かったかもしれない。細かい事は忘れてしまった、結構昔の事だしね。でも概ね展開は変わらない。ミルティが治癒魔術を使い、獣人達が奴隷商達を蹂躙していったところは何も。
「そう言えば君、剣にお腹を貫かれてたっけ?」
親友のユノが疑問に思ったのか俺に問いかける。あの場面での俺の一番の見せ場だというのに、それを見ていなかったとは。まったく困ったものだな。まぁ、見なかった方が良かったかもしれない。今思えば取り乱してた姿は流石に恥ずかしい。ミルティの治癒魔術が解放されなかったらと思うとゾッとする。俺が死ぬだけではなく、ミルティもユノも殺されていたかもしれないしな。
「勇者様はあの時凄くカッコ良かったんですよ! 私を庇って剣に刺された時は頭が真っ白になりましたけど、その後の勇者様は私の手を取って……ポッ」
顔を真っ赤にしてにへらと笑うミルティ。ちょっと恥ずかしい。でも、勇者様ってのはもう止めて欲しいなぁと思う。様付されるほどの偉業を成したわけでもないし。
「ふん、このスケコマシが」
おっと、何と冷たい眼差し。どうやらお姫様が拗ねているな。構ってあげなかったからってわざと聞こえるように貶してくるのです。いやはや、可愛いですなぁ。
「何だよミッチー、嫉妬かい?」
「は、はぁあ!? 誰が嫉妬なんかするか! それに、ミッチー言うなし!!」
耳まで赤くしてるミッチー可愛い。この可愛さは百カワミッチーくらいだな。もしスマホがあれば撮影していたのに……。ちょっとお馬鹿可愛過ぎますねありがとうございます。
さて、あの後はどうだったかな。確か街に着いて冒険者登録をしてそれなりに頑張っていたような……。
▽
新しい冒険者として冒険者組合と呼ばれる所で登録中の零士。そしてそれを見守る受付嬢。零士はそれが気になって仕方がなかった。しかし、それを指摘できるほどコミュ力がない零士は、気付いていないフリをして登録用紙に書き続ける。
冒険者、探し物から魔物退治まで何でもござれの超フリーターと言えば解りやすいだろう。もしくは何でも屋。その冒険者にも階級があり、下から銅級、鉄級、銀級、金級、金剛石級、黒曜石級、星石級と七つに分けられている。大体の冒険者が金級止まりであり、金剛石級から上は壁が厚く、そう簡単には上がれない。
零士はそんな狭き門とは知らずに、一生懸命こちらの文字を使い登録用紙を書いていた。受付嬢の視線を気にしながら。
一方、受付嬢のシャーレは、事前に話を聞いていた異世界の少年が気になっていた。本来であれば集会所に案内され、サラサとの面談を受けてから何処かの街の冒険者組合に連れて行くのがいつものやり取りであった。それなのに今回はそのやり取りが為されず、いつもとは大きく違う展開になっていたのだ。だからこそ、わざわざこの街の冒険者組合に入り込んでまで零士を見に来ていたのである。勿論、別の思惑もあるのだが。
「えっと、書き終わりました」
「あっ、はい。確認しますね」
書き上げられた登録用紙を確認し、それを元に冒険者としての証である認識票を登録する。これには魔術的な要素が込められており、認識票にはジョブが記される。それにひと手間を加えるためにシャーレは魔術を行使する。
|(解放者であることが表記されたままだと後々厄介な事になりますからね)
零士のため、認識票に細工をしていた。解放者のジョブを表記させず、一般的なジョブである剣士を表示させるよう魔術を用いての認識阻害。これで零士が厄介事に巻き込まれずに済むと安堵の息を漏らす。そうしてシャーレは素知らぬ顔で零士に認識票を渡したのであった。
|(サラサ様、シャーレは一仕事を終えましたのでちょっと街で買い物をしてから帰りますね!)
鼻歌を歌いながら、シャーレは冒険者組合を後にした。
△
冒険者になってからそれなりの月日が経った。最初は程度の低い依頼しか受けられない銅級だった認識票は、鉄級、銀級とトントン拍子に上がっていった。勿論成果を上げないと階級は上がらないので、俺達はそれはもう死ぬ物狂いで頑張って上げていったのだった。それは何故かって?
「金が無い……」
そう、お金が無いのだ。銀級まで上がればそれなりの依頼があり、贅沢三昧とはいかないが不便のない生活が出来ると言われているのに、俺達は貧乏……とまでは言わないまでも、いつも金欠状態だった。別に賭け事をしているわけでもないし、如何わしい所に通っているわけでもない。勿論贅沢してもいないし、自分達の装備にはある程度お金を掛けているが、それが生活のやりくりを圧迫しているわけでもなかった。では何故なのか?
「ん~、ご飯が美味しいですぅ」
俺が悩んでいるのとは反対に、ほっぺたいっぱいに食べ物を頬張るテンションの高い犬耳娘さんが目の前にいた。
「ミルティさん、ちょいと食い過ぎではないかね?」
丼いっぱいのご飯に野菜炒めとお肉が沢山盛られた皿が、瞬く間に消えていく。それを見るだけでお腹がいっぱいだよ。
「美味しいから大丈夫ですぅ」
そう、獣人娘のミルティが健啖家なのだ。とてつもないくらいの食いしん坊万歳なのである。ホントもうどうしようもない程に。いくら稼いでもその胃袋に収められてしまう。元々はそんなに食べない方だったらしいが、高位の治癒魔術に覚醒してからは、魔力の回復の為かやたらと食べるようになったそうで。お陰様でその食費に稼ぎが消えていきます。
「ユノ、この胃袋宇宙の娘を何とかして欲しいんだけど?」
「うん、どうにかしたいのは山々なんだけどね。でも、魔力を補うためとはいえ流石に燃費が悪すぎる気がするよ。もしかしたらミルティは高位の治癒魔術に慣れていないから、魔力を余計に使っているのかもしれない。もう少し精密な魔力操作を身に付ければ、燃費の悪さも解消すると思うんだ」
要するに、今現在無駄になっている魔力を抑える訓練をすればいいわけね。で、どうやってさ?
「おい、またダンジョンで大怪我して帰ってきたギルドがあったらしいぜ」
料理を置きに来てくれた店長さんが俺達に話しかける。もうすでに何度も出入りして沢山料理を頼むから顔も名前も憶えられてしまった。いや、悪いことじゃないんだけどね。ある意味有名になってしまったのですよ。胃袋宇宙娘のせいでね。
「ダンジョンで、ですか。そういえば先週くらいからダンジョンに潜った中堅ギルドがいましたね。確か、『ギガントウッド』でしたっけ」
ユノが店長に答える。ギルド、か。確か冒険者でチームを組んで拠点を街に作るんだったか。一応俺達も作ってるんだよな。全部ユノに任せてしまったけど。名前はあぁ、『解放者達』だ。何の因果か俺のジョブ名が入っているんですよね。
「そうだ、大木の名に恥じない屈強な男達で結成された暑苦しい奴等なんだがな。数十年前に出てきたダンジョンで、もうすでに踏破されたはずだったから皆経験と修行の為に使ってたんだよ。だが、ここ数年かそこらでダンジョンが変わったのか魔物がやたらと強くなったらしい。それらは別に珍しくはないんだけどな。ダンジョンは未だ解明されない未知のモノだし、何故現れるかも解ってない。だが、それでも最近は異常としか言えない状況だ。中堅ギルドが三組もやられるなんておかしいだろう」
ダンジョンというものがまだ理解出来ていないが、本来レベリングに使われていたダンジョンが異常に難易度が上がってしまったということか。中堅ギルドが三組もやられるとなると、相当やばい魔物が出現しているのだろう。
「ダンジョンの変化だって悪い話だけではないんだ。ダンジョンにしかない鉱石や魔力を帯びた武具なんてのもある。それもダンジョンの変化と共に質も良くなるときたもんだ。そりゃあダンジョン攻略を目指さない手は無いってな。そこで中堅ギルドに依頼が来ていたんだ。危険度を探るという依頼が」
そうして潜っていった中堅ギルドがダンジョン攻略出来ずに大怪我して戻ってきていると。もう既に中堅では手に負えないレベルまで来ているのではないだろうか。ただ、ここの街には大御所ギルドと呼ばれる広く名の知れたギルドがいない。どうしても中堅ギルドが事に当たらなければならないというのが実情。そしてこのままだと新人ギルドにも影響が出てくるのが予想できる。誰でも入れるが故に、一獲千金を狙って命を落とす新人冒険者も少なくないと店長から聞いた。
「それって俺達も入れるんだよね? 丁度依頼も無いし、様子見がてら入ってみるのも良い経験なんじゃないか」
無論、無理・無茶をしないことが前提ですが。一獲千金ではないけど、そろそろ体のいい依頼が少なくなってきたところだし、奥まで入らなければそこまで危険は無いってことだし、これはダンジョン挑戦には良いタイミングなのではないか。確かにダンジョン変化や強い魔物が出てきているのも気になるけど、一度はダンジョンに挑戦してみたいというのが俺の心境です。
「ダンジョンに入るのは良いけど、入れるのかな?」
「あぁ、そいつは大丈夫だろう。今はダンジョンの危険度を誰もが知りたがっているし、依頼は出てるが中堅しか入っちゃいけないってお触れは出てない筈だ」
ユノの疑問に店長が答えてくれた。よし、諸々準備してダンジョン探索と洒落込もうじゃないか。
いつも通り回復薬や予備装備、野営用の荷物を持って行かなければ。……ダンジョン用に何か特別持っていく物ってあるのだろうか? よく解らないから店長に聞いてみた。
「それならダンジョン緊急脱出の簡易魔法陣を持っていくのを忘れてはいかんな。あれが無いといざって時に脱出が出来なくて……ってなるからな。それで若い冒険者は命を落とす、こういったアイテムはケチらずに買うべきだ」
そんなアイテムがあるのか。便利だな。だけど、それならアイテムだけ手に入れてさっさと簡易魔法陣で脱出してしまえば簡単に稼げちゃうのではないか? と思ったが、そうは問屋が卸さないらしい。なんでもダンジョンで手に入れたアイテムを持って簡易魔法陣を使用すると、手に入れたアイテムがダンジョンに残されるらしい。これはダンジョンの出入口に何かしらの結界が張ってあり、その結界を通らないとダンジョン産のアイテムは持って帰れないという。その結界もダンジョンが独自に生成したモノのため、解除も出来ないとか。話を聞けば聞くほどダンジョンというものが生きているように感じる。実際生きているのだろう。そうでないと成長なんてことも起きないだろうし。
「よし、今日明日で準備を整えて明後日、ダンジョンに行ってみよう。初日は無理せず浅い階層で探索、慣れてきてからその下を目指す形で。ただ、出来るなら踏破したいと思う」
「はっはっは! 踏破とは大きく出たな。でもお前さん達なら出来てしまいそうだな」
店長が大笑いをして俺の肩を叩いてる後ろから気配を感じ、振り向く。
「ほぅ、その話私にも聞かせてくれないか?」
顔まで隠すフルフェイスの黒い鎧に身を包んだ、大柄の男がそこには居た。