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霊感少女とガーネット3

   3


 休日になり、再びマリモビルへ向かった。

 今は冬だから、緑色のマリモというより、木でできた茶色いカゴの中に入っているようなビルである。

 日中でも不気味さを漂わせているビルを見上げたときだ。

 ガサガサと草を踏みつける音が聞こえた。しかもどんどん近づいてきている。

 何度かここには足を運んでいるけれど、ビルに行くまでに誰かと行き合ったことは一度もない。

 まさか、お化けじゃないよねーー。

 身を硬くしたそのときだ。

 姿を現したのは、見知った人物だった。

「何でここにいるのよ?」

 むっとした表情で近づいてきたのは、私が星さんに三百万の依頼をする原因を作った少女だった。

「ちょっと用事があって」

 そう言って笑えば、少女は顔をしかめた。まだ嫌われているらしい。

「どうしてここにいるの? 誰かと一緒なの?」

 気を取り直して何か話題を見つけようと尋ねれば、ふんっとそっぽを向かれた。

「貴方には関係ないでしょ」

 ぐうの音も出ない。まさか小学生相手に言葉のキャッチボールもまともにできないなんて。まあ、一方的に拒否されているんだけど。

 結構胸に刺さるな。

 少女は私を一瞥すると、私が今歩いてきた道へと姿を消した。


「依頼だ」

 部屋の両脇に積み上げられた本の壁。それを支えるアンティーク調の木製机に寄りかかる星さんの姿にハラハラしてしまう。一歩間違えれば本の雪崩が起きる。そうなれば確実に巻き込まれるだろう。星さんはもちろん、私も。

 本は好きだ。でも、埋もれるのはちょっと。

 珍しくそのままあったイスに座った私は、飲みかけのマグカップに目をやった。ついさっきまで来客があったことを物語っている。

 星さんは自分のマグカップを持つと口に付けた。

「さっきまでそこにいた」

 そう言って、星さんは目線で私の座っている場所を示した。

 さっきそこで見知った顔とすれ違った話をした途端、星さんはそう言った。

「依頼、ですか?」

「ああ」

 めんどくさそうな顔で宙を睨んでいる。場の雰囲気がどんどん悪くなるような気がして、どうにかして紛らわそうと声をかける。

「どうしてここを知っていたんですかね?」

「鶴だ」

 思いがけない名前に瞬きを何度か繰り返した。黒鶴は星さんの仲介人と言っていた。筋の通らない話ではないが、小学生も相手にするのだろうか。それを読みとったかのように、星さんは舌打ちすると言った。

「あのバカ、俺の許可なく勝手にばらまいて。児童相手にどうすればいいっていうんだ」

 状況はさらに悪くなったような気がする。

 なんでも、あのあと黒鶴はあの少女にこの場所が書かれた名刺を渡したのだと言う。

「腐ってても目利きだ。あのブローチについていたガーネットが才能石だって奴なりに気づいたんだろう」

「え! そうなんですか」

 思わず大きな声を出せば、星さんは面倒くさそうに一度頷いた。

「でもまあ、また失くしたようだがな」

「・・・・・・そんなこと私に話して大丈夫なんですか」

 私はここの従業員ではない。むしろ顧客だ。そんな重要な顧客情報をペラペラしゃべって大丈夫なのか。

「いいんだよ」

 星さんは、一つ大きなため息を吐いた。

「実質、ただ働きだ。このくらいあんたにしゃべっても問題ない。むしろ好都合だ。あんたはあのブローチを見たことがある。情報は多いに越したことはない」

 さすがに小学生相手に高額なお金は請求しないのだと知って、ちょっとほっとする。

 今日は依頼料の三百万のうち、数万円を渡すために来たのだが思いも寄らないことを聞いてしまった気がする。

「警察を呼ぶわよ」と目をつり上げていた少女の声は、今でも鮮明に蘇る。私としてはあまりよい記憶ではない。少女が失くした母親のブローチ、あれにはガーネットと呼ばれる赤い石がついていた。

 あの石はどんな才能石なんだろう。

 元宝飾業で勤めていたから、少しくらいはわかる。

 ガーネットは和名を柘榴石(ざくろいし)といい、一月の誕生石として有名だ。石言葉は確か、「真実」「友愛」「勝利」ーーだった気がする。

「ったく。何でこういうときに限ってやりたくもない依頼が一気に来るんだ」

 やらなきゃいけないことが他にもあるっていうのに、とぼやく星さんを横目にふと、黒鶴の言葉が脳裏をよぎった。

 ーー星さん、本当に想い人がいるのかな。

 言葉も態度も松の葉みたいにつんつんしている星さんが、堅実に約束を守ろうとするなんて。やっぱり、ただ者じゃないぞ、その人。

 一体誰なんだろうと考えを巡らせていたときだ。

「あんた、最近鶴に会っただろう?」

 ドキッと心臓が変に飛び上がる。どうしてわかったのだろう。

「あたりだな?」

「ーーええ、まあ」

 そう応えれば、星さんは再び大きなため息を吐くと片手で頭をかきむしった。顔がちょっと怖い。

 二人は商人と仲介人で、つき合いもそれなりに長いんでしょ? ・・・・・・仲がいいんじゃないの?

「一つだけ忠告してやる」

 星さんの鋭い眼光が、眼鏡越しから突き刺さる。自然と背筋が伸びる思いだ。

「あいつの言うことを全部鵜呑みにするな」

「・・・・・・どうしてですか?」

 そう返せば、ちっと舌打ちが飛んできた。

「どうしてもだ」

 明らかに不機嫌な星さんは、持っていたマグカップを一気にあおった。

 黒鶴はどこからみても爽やかなイケメン青年だ。悪い人にはとても見えない。でも、星さんは信用するなといっている。仕事上のパートナーだけだとしても、信頼関係は大事なのでは。

 よくわからないけど、これ以上話を広げるのはやめておこう。矛先を向けられたらたまったもんじゃない。また、しばらく落ち込む日々を過ごすことになってしまう。

 話題を変えるべく、何かないかと考えたときだ。

 ーーその子、大丈夫かな。

 黒鶴の言っていた言葉がよぎる。あのとき、スーパーの駐車場で霊感少女の話をしたときのことだ。

 ーー普通、才能石って例え現れたとしても秘密にしたがるものでしょう? それを見せびらかすような行動なんてすれば、危険なことに巻き込まれる確率がぐっと高くなる。

 思わず、肩に力が入ってしまったのを覚えている。

 黒鶴の言い分はもっともだ。才能石は、才能。実体化している以上、奪われれば永久に失われる。

「・・・・・・大丈夫なんでしょうか」

 星さんに、霊感少女の話と黒鶴の意見を話す。数々の才能石に携わってきたのなら、専門家の意見を是非聞きたい。

 星さんは少し間をおいた後、部屋の奥へ行ってしまった。

 さらに機嫌を損ねてしまったかも、と焦ったときだ。

「仮にだ」

 コーヒーのおかわりを入れたマグカップを持って、奥から出てきた。ふうっと息を吹きかけたあと、眼鏡越しに星さんはこちらに視線を向けた。

「もし『鶴の言うとおりだ。もう危険が迫っているかもしれない』と話したら、あんたはどうするつもりだ?」

 ぐっと喉がつまる。星さんの言うとおり、面識もない私は結局赤の他人。噂で沸くだけ沸いて何もできない。というか、しない。

「まあ、そういうことだ」

 でも、星さんもそう言うってことは、あながち黒鶴の言うことは間違っていないのだろう。少女に危険が迫っている可能性は十分ある。それだけわかっていて何もしないのは、「ろくでなし」の落款を押されるのだろうか。イヤな記憶が蘇り、奥歯を噛みしめた。

「あんた、幽霊っていると思うか」

 突然の質問に思わず目を丸くする。

 現実主義者であろう星さんからまさか幽霊なんて言葉を聞くなんて。

 開いた口がふさがらず、ぽかんと眺めていれば、星さんの表情はみるみる険しくなった。

「何だ、その顔は。俺は変なことを言ったか」

「いえ、そんなことはないです!」

 思いっきり頭を振れば、ちょっとだけ目眩がした。頭を振りすぎたようだ。自分でもバカだなと思う。くるくる回る視界を閉じ、こめかみを押さえれば鼻で笑われた。

「相変わらずのバカだな」

 言い返す言葉もないので口を硬く閉じたまま、収まるのを待つ。コトンっと近くに何か置かれた音が聞こえて顔を上げれば、湯気の立つマグカップが見えた。

「飲みたきゃ飲め」

 投げやりな言葉ではあるが、星さんなりの気遣いだと何となくわかっているので、ありがたくちょうだいする。ほっと心の底から安心するマグカップの温もり。中身はコーンスープだ。よくよく見ると机の上には、スプーンも置いてある。

 ストーブが設置されているとはいえ、廃ビルに勝手に住んでいるようなこの部屋では、どこからかすきま風が入ってきているのか、鳥肌が立つ程度に寒い。星さんも厚手のちゃんちゃんこを着ているくらいだ。

「・・・・・・ここに住み込んでいるんですか?」

 ふと疑問に思ったことが口から出た。すると、星さんが訝しげにこちらに視線を向けるので、慌てて「答えたくないなら答えなくてもいいです」と言おうとして口を開いたが、先に答えたのは星さんだった。

「半分そうだな。ここで過ごしていることもあれば、まったく別の場所にいることもある」

「そ、そうなんですね」

 驚いた。素直に答えてくれるとは全然思っていなかった。

 やっぱり、この本の壁の向こう側がプライベートスペースなのだろうか。コーンスープに口を付けながらそんなことを思う。うん、おいしい。

「あんた、それ飲んだな」

「え?」

「飲んだな?」

「ーーはい」

 毒でも入っていたのか。

 マグカップの中をのぞくが、いたって普通の黄色いコーンスープだ。味もおかしなところは特にない。でも一つだけ、いつも飲んでいるコーンスープと違うことがある。

「いつも飲んでいるものより、おいしいなと思ったんですけど、まさか毒が入ってーー」

「阿呆」

 突然飛んできた鋭い一言に肩が飛び上がった。

「何故毒を入れたことになっている? 仮にそうだったら、もっと顔を白黒させろ。何平然としてるんだ」

「すみません、私の言葉が悪かったです。何というか、そのーー魔法の粉というか、おいしく仕上げるための薬というか」

「わかった」

 片手で顔を覆った星さんは、一度ため息を吐いてから言った。 

「要は、一手間を加えたとか隠し味に何かを使ったと言いたいんだな?」

「そうです!」

 かゆいところに手が届いた気分だ。大きく頷けば、またため息を吐かれた。

「別に、それ何かをしたわけじゃない。それを飲んだのなら一つ頼みを聞けと言いたいんだ」

「頼み?」

「ちなみに依頼料を安くするつもりはない。ただーーそうだな。次回は少し割り引いてもいい。まあ、結果次第だが」

 そう言って星さんは、一枚の名刺サイズの紙を差し出してきた。そこには、「前原朱莉(まえはらあかり)」という名前と携帯の電話番号がプリントされている。

「さっき来た子供が置いていった」

 ということは、ガーネットのブローチを失くしてしまった少女の名前か。勝ち気な少女の顔が脳裏をよぎる。

「あんたが相手してくれ」

「え?」

 おっしゃっている意味がよくわかりません。

 星さんは、眉間のしわを深く刻むと頭をかいた。そういう姿も絵になるのだから、綺麗な人はうらやましい。

 察しろと言いたげな視線を受けるが、私には荷が重すぎる。ゆっくり首を傾げれば、またもや大きなため息を吐かれた。

 身が縮まる思いである。

「・・・・・・子供が苦手なんだ」

 そっぽを向きながらそう言うが、私だってそうだ。ましてや嫌われている身、とてもじゃないが相手が務まるとは思えない。

「依頼はきちんとこなす。しかしただ働きも同然の上、俺に子供の相手をさせるのはさすがに過剰労働だ」

「でも星さんは商人ですよね? ご自身のお仕事でしたらきちんと勤めるのが当然かと」

「だからあんたに言っている」

 これは取引だと星さんは言う。

「依頼人に結果だけを伝えればいいんだ。猿でもできる簡単な頼みだ。その礼に次回の依頼料をまけてやると言っている。悪い話じゃない」

「ーー猿でもできるなら、私じゃなくてもいいですよね?」

 正直なところ、今回の依頼料の件で結構参っているのだ。例えまたトラブルに巻き込まれても、星さんには頼まない。割引してくれるといっても、三百万が百万になったところで結局私の懐事情に大ダメージを与えるのは変わりない。

 それに猿でもできるなら、誰でもできることだ。別に私である必要はない。

「今日は依頼料の一部をお持ちしただけですので。失礼します」

 立ち上がったときだ。

「待て」

 振り返るとさらに険しい表情をした星さんがいた。

「わかった。あんたがそこまで言うならこっちも考えよう」

 はて? なんだか深刻な話のようになっているけど、元を正せば自分でもできることをやってもらいたいという話のはず。友人同士でよくやりとりする、「ちょっとしたお願い」というやつだと思っていたんだけど。

 しばらく考え込んでいた星さんは「仕方がない」と小さくつぶやくと顔を上げた。

「次回の依頼料はなしでいい」

 さすがにこれにはちょっと驚いた。

「まあ、何度も簡単に依頼されるのも困るが、仕方がない」

 そしてようやく気づいた。口ではああ言っているが、本当に困っているのだと。

「わかりました」

 星さんにはいろいろとお世話になった。本当に困っているのなら助けるべきだろう。

「結果を伝えるだけなら引き受けます」

「取引成立だな」

 そんなに仰々しいものなのかな、これ。

 苦笑いを浮かべながら、そう思わずにはいられなかった。

「そうだ。帰るなら一つ伝言を頼む」

 鞄を肩にかけたとき、星さんはこちらを見ずに言った。伝言とは黒鶴さんにだろうか。

「『君はペテン師になりたいのか』と」

「黒鶴さんにですか?」

「あいつは腹の底からのペテン師だ。更生の余地はない」

 ひどい言われようだ。黒鶴さんが聞いていたら絶対に「何でですか、先生!」とか言って喚きそうだ。

「ーーそれじゃあ誰への伝言ですか?」

 黒鶴さん以外、星さんの知り合いを私は知らない。まさか、星さんの想い人、とか?

「あんたがさっき言ってた霊感少女にだ」

 思いも寄らない人の名に、数回、目をまばたかせて星さんを見た。

「霊感少女? でも、さっきも言いましたけど面識はないですよ? それに会うこともないと思いますし」

「いや、そうとも限らない」

 星さんは自信ありげに言い切った。

「『人は運命を避けようとしてとった道でしばしば運命にあう』ーーそういうこともあるんだ」

 星さんはそう言うが、私は霊感少女に会うとは思えなかった。

「わかりました。会ったら伝えておきます」

 そう言って木製の扉を開け、外に出ると一気に冷たい空気が体の回りに漂っていた温もりをかっさらう。思わず身を震わせた。

 こう体が冷えるのもイヤだな早く夏になればいいのにと思う。でも、夏は夏で暑い。そういえば、夏場の暑さ対策の一つとして怪談が取り上げられるけど、星さんはさっき、どうして幽霊の存在を信じるかなんて聞いたんだろう?

 しかし、霊感少女の話をした直後だったので星さんなりの与太話だったのだと思うことにした。


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