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霊感少女とガーネット2

   2


 スーパーの掲示板に張ってあるチラシ。それは、一人暮らしをする私にとって一種の神の啓示だ。一ヶ月の食費を左右するお導き。

 それなのに、だ。

 今日が木曜だと気づいたのは残業をしてタイムカードを切ったあと。慌てて馴染みのスーパーへと向かったが、特売の卵は当然ながら売り切れだった。

 がっくりと肩を落とし、自動ドアを抜ける。

 今週は六連勤務だと気づいたのも月曜だった。

 長い。一週間が、先週と比べて圧倒的に長い。

 今日はインスタントで済ませちゃおうかなと思ったそのときだった。

「あれ? 華菜ちゃん?」

 突然名前を、しかもちゃん付けで呼ばれ反射的に顔を上げれば、周囲の注目を一身に集める男が手を振っていた。

 何で彼がここに? と思っていると男はにこにことした顔のまま駆け寄ってきた。

「久しぶり! 元気?」

 モデルか俳優ですかって疑いたくなるほど顔立ちの整った、爽やかな青年が私に笑顔を向けている。周囲の視線が痛い。

「お、お久しぶりですね」

 お久しぶりと言っても数週間前に初めて会ったばかりだ。

 星さんの知り合いで、星さんは「鶴」と呼んでいたっけ。でも、私たちはお互いにきちんと自己紹介をした記憶がない。というか、していない。

 何で名前を知っているんだろ?

 訝しるようにじっと相手を見つめれば、心の内を読んだように「ああ」と返事をした。

「オレは、黒鶴涼太(くろつるりょうた)。この辺でネット関係の仕事しているんだ。先生とはちょっとした縁があってさ。あの後、先生から君の名前を聞いていたわけ」

 そこで私はさらに首を傾げた。

「私、星さんにも自己紹介どころか名前を教えたことはないですけど」

 よくよく考えれば変な話だ。お互い名前すら知らないのに何度も顔を合わせている。

「あ、そうなの? じゃあ先生、何かで君の名前を知ったのかな?」

 あははと笑う黒鶴を前に私は「変だな」と思った。

 確かに事件に巻き込まれたり厄介ごとに絡まれたりはしたけれど、私の名前を知る機会なんてないはずだ。新聞ですら名前は載ってなかったのに。

「華菜ちゃん、難しい顔してどうしたの?」

 前触れもなく突然のぞき込んできた黒鶴に思わず退いた。

 美しい絵画の登場人物のような青年の顔が間近に迫れば、誰でも息を止める。何を考えていたのか忘れてしまうほどの迫力さえあった。

 何でもないと返せば、近づいてきた顔も遠ざかる。ほっとしたのもつかの間、今度は爆弾のような言葉が投げかけられた。

「華菜ちゃんは、先生の彼女?」

「なっ!」

 そんなわけない! 

 とっさに反論したかったのに、言葉が出てこなくて鯉のように口をぱくぱくさせていれば、黒鶴は何を思ったのか深くうなずいた。

「やっぱり。先生が鑑定を受けるなんて、よっぽどのことだからなあ。明日地球が滅びようとも絶対にしない人だから」

 だから、違うって!

 頭をぶんぶん振れば、黒鶴は吹き出した。腹を抱えて笑う美青年を前にからかわれたのだとようやく気づいた。

「そんなに必死に否定しなくてもいいのに。先生が見たら泣きそう」

 どうして星さんが泣くのか意味が分からない。

「絶対にそんなことありません」

 初対面で帰れと言われたり、依頼料が法外な金額だったり。これだけでも星という人間が、そんな些細なことで落ち込むようには思えない。

 ふんっとそっぽを向いた私に黒鶴はくすりと笑いで返した。

 何がおかしいのか。むっとしたまま黒鶴に視線を送れば、「ごめんごめん」と謝られた。

「オレ、こう見えても先生とは結構長いつき合いでさ。ほら、あの人結構目立つ容姿じゃん? だからよく声かけられててさ。本人は鬱陶しいって雰囲気醸し出してるのに甘い飴に群がる蟻みたいに寄ってくるものだから、ああ見えて先生、極度の女嫌いなんだよね」

 わからなくもない話だ。確かに星さんは、人目を引く美形だ。できることなら、あまりそばにいたくないとさえ思う。でも、女嫌いってーーそんなプライバシーに関わりそうなことをペラペラしゃべって大丈夫なんだろうか。

「だから先生、女の人と極力しゃべらないの。でも、華菜ちゃんとは普通にしゃべっている。ーー前からちょっと気になっていたんだけど、二人はどこで知り合ったの?」

 冷え始めた指先にほおっと息を吹きかけた。白い息が口から出る。

「誤解しているようですけど、黒鶴さんの思っているような関係ではないです」

「ああ、是非『鶴』って呼んで。言いにくいでしょ?」

 ふむ、確かに言いづらい。しかし、今はその話じゃない。

「あの、くろつーー」

「『鶴』だって」

「・・・・・・鶴さん」

 ちょっと馴れ馴れしいと思ってしまい、呼ぶのに抵抗があるのだが、黒鶴はまったくそんなことを思っていないようだ。嬉しそうに口角を上げるのを見た。

 子供みたい。

 見た目は星さんとはちょっと部類が違うイケメンなのに、星さんはトゲトゲしている一方、黒鶴さんは子供っぽいというか、人なつっこい。

「私ちょっと困っていたときがありましてーー」

 才能石のことで、と声を潜めた。

「それで友人から詳しい店を教えてもらったんですけど、間違った場所に行ってしまって」

「それが先生のところだったってこと?」

 こくりと深く頷いた。

 改めて口にすると信じられないような話だ。でも、正真正銘の事実である。

「先生、大人しく鑑定するって言わなかったでしょ?」

 私は再び大きく頷いた。あのときのことは、今思い出してもちょっと胸が痛い。あんなに厳しく人に当たられたのは久々のことだった。

「うーん。理由がわからないなあ」

 黒鶴は腕を組んで首を傾げた。

「何がわからないんですか?」

 思ったことを尋ねれば「何でもない」と笑顔で返されてしまった。行きすぎた真似をしてしまっただろうか。だめだな、私は。

 ふっと息を吐けば、白い息が闇に溶ける。スーパーの前でこんな立ち話をするには、ちょっと不向きな季節だ。

 それにさっきからスーパーに入るお客さんがちらちらこっちを盗み見ているのがすごく気になる。買い物をしに来た幅広い年齢層の女性が黒鶴に視線を向けるのだ。

 黒鶴さんは、自分の容姿のこと気づいていないのかな。

 星さんとは系統が違うとはいえ、黒鶴も十分イケメンだ。

「才能石で思い出したけど、華菜ちゃんはそのあと才能石が現れたりはしてないの?」

「・・・・・・してないです」

 もし仮に才能石が現れたとしても黒鶴には話さないだろう。かなりデリケートな話題だ。家族にもその存在を話すことが少ないのに、どうしてほぼ他人の黒鶴にそんなことを言わなければならないのか。

「もしかして、『あんたに話す義理はない』とか思っている?」

「いえ! そんなことは」

「・・・・・・でも近いことは思っていたでしょ?」

 そう言って黒鶴は怒るのではなく、笑い出した。ちょっと彼の思考回路は理解しにくい。

 それに、どうして私の周囲には心を読む人間がこんなに多いのか。そんなに顔に出やすいかな。

 頬を両手で挟んでみるが、答えが出るわけでもない。

「華菜ちゃん、顔に出やすいから」

 黒鶴からのフォローが入るが、全然フォローになってない。

 今度、ポーカーフェイスになれるよう練習してみようかな。

「さっき、先生とはつき合いが長いって言ったでしょ? あれ、オレが先生に仕事を運んでいるんだよね」

 そう言うなり黒鶴は、いきなり手をつかんで引っ張った。スーパーの前から、駐車場の外灯下に移動する。自動ドアが開閉する度に聞こえていた陽気な音楽が消え、一気に静かになる。空を見上げれば星が輝いていた。「ごめんね、ちょっと人が多かったから移動した」

 両手を合わせ、ちょっと肩をすくめる黒鶴に首を振った。

 黒鶴は、再度人目を確認した後、耳元でささやいた。

「オレ、実は先生の仕事の仲介人もやっていてさ。才能石がらみの依頼を持って行くわけ」

 でも、拒否されるのだと黒鶴はぼやいた。

「先生からの頼みにはきちんと応えているのに、どうして鑑定してくれないのかって怒ったときがあってさ。そしたら、先生『約束したから』って答えたんだよね。誰としたのか聞いてもそのあとは、口を閉ざしちゃって。ーーもしかしたら先生、想い人でもいるのかもしれないってオレは思っている」

 想い人、か。

 少しだけ思いを巡らせる。口の悪い星さんの想い人とは、一体どういう人なんだろう。何となく、真由美のような物事をはっきりと口にする美人が頭をよぎった。

「だからさ、華菜ちゃん。もしわかったらオレに教えてくれない?」

 気になって仕方がないと嘆く黒鶴の気持ちはわかる。

「いいですよ。わかる機会があるとは思えないですけど」

 そう言えば、黒鶴に感謝された。別に感謝されることは、何一つやっていないのに。

「寒い中、長い時間引き留めてごめんね! こうも暗いと幽霊とか出そうだし、歩きで来たなら近くまで送っていくよ」

 そのとき、黒鶴の口から出た「幽霊」という言葉で、霊感少女のことが頭をよぎった。才能石に関する依頼を受ける黒鶴なら、才能石というものの実体をよく知っているはずだ。

 このあと、私たちはもう少し外で話し込んでいた。



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