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とある冬の日2

   2


 よくよく考えればおかしな話だ。

 宝石商人が、失せ物探しなんて。

 でも、星さんは「依頼を受けた」といって引き受けてくれたからそれなりにめどが立っているのかもしれない。

 いや、それはないか。

 今やっとここまでの経緯を話し終えたところなのだから。

「あと十分よ」

 少女の告げる制限時間が、死刑宣告のように聞こえた。

 間に合うのかな。

 少女は失くした物を教えてくれない。星さんはそれを踏まえて、じっと周囲を見回している。

 この辺りの住宅は、塀を立てるのが主流らしい。

 少女もこの近辺に住んでいるのだろうか。

 それにしても、そわそわと落ち着きがない。お母さんが帰ってくる前に家に戻らないといけない約束をしているのかも。

 私も子供の頃そうだったな。

 冬はあっという間に暗くなる。「暗くなる前に帰ってきなさい」と言われていたっけ。

「一つ聞いてもいいかい?」

 星さんが聞いたこともないような優しい声で少女に尋ねる。

「君が、失してしまった物を最後に見たのは、この辺り。そのあとこの人が通ったってことで間違いないかい?」

 星さんは、私を視線で示しながら言った。少女は深く頷く。

「あのときここにいたのは、あたしとあの人だけ。絶対にあの人が盗ったのよ」

 だから私は盗ってないってば。

 けど、今の彼女にどんな言葉を尽くしても聞く耳を持たないだろう。まだ小学生くらいの女の子だけど、そのくらい強い意志を感じる。

「鶴」

「なんだ、先生」

 小声で話し合う美男二人から目をそらし、私は腕時計を確認した。もうそろそろ五時である。相変わらず鶴さんは手を離してくれない。外にいるというのに右手だけが温かかった。

「本当だろうな、先生」

「俺は伝えた。依頼は完了したも同然だ」

「え? もう見つかったんですか?」

 私なんてまだ彼女が何を失したかのかさえわからないというのに。

「星さんって本当は探偵なんですか?」

 途端、笑い声が響いた。声の主は、隣に立つ鶴さんだ。

「なるほど。これは先生も参るわけだ」

「早く行ってこい」

 まだ笑っている鶴さんを追い払う星さん。それまでつながれていた手が離れた。

 もう手錠はなくていいということだろうか。

「先生が言うんだ。間違いない」

 そう言って彼はとある民家へと駆けて行ってしまった。さっき星さんが少女に確認した塀のある民家だ。大きなお屋敷で庭には木が何本か生えているのが遠くからでもよくわかる。

 どうやら今日は庭師を呼んで剪定をしていたらしく、家のそばには荷台に木の枝を積んだ軽トラックが停められていた。

「五時になったわ」

 少女はそう言うと携帯電話を取り出した。

「ちょっと待って。今あのお兄さんが――」

「いやよ。約束は守ってもらうわ」

 ああ、あと少し。せめて鶴さんが戻ってくるまで待っていてくれれば――。

「君の好きにすればいい」

「え、星さん?」

 もう彼女の捜し物は見つかったんでしょう?

 だったら、そんな突き放すようなことを言わなくても。

「ただし、君が警察を呼べば、俺は帰らせてもらう」

 少女にも容赦なしですか、星さん。

 でも、目を合わせ真剣な面持ちで話す姿は、子供心に何かしら感じるものがあったようで、少女は魅入ったように星さんから目を離さない。

「でも、想像してごらん。もし警察を呼んだとして、誰も持っていなかったら、君のお母さんはどう思うだろう」

 お母さん?

 何故この状況でどうしていきなりお母さん出てくるのか。

「……あたしのこと、嫌いになる」

 さっきまでの勢いはどこへやら――今にも消えてしまいそうな小さな声が耳を打つ。

 ぎゅっとスカートの袖を握り、唇を噛む少女の目に大きな涙の膜が張った。

「――さあ、それは俺にはわからない。けど、大事なものならほんの少しだけだと思っても手放すな。その油断が大きな後悔になる」

 少女は俯いたままだ。私には何のことを言っているのかさっぱりわからないけど、彼女には思い当たる節があるようだ。

「大丈夫。今度から気をつければいいんだから」

 そう言って星さんは、少女の頭に手を乗せた。途端、小さな嗚咽が耳に届く。

 私、一応当事者のはずなのに、何でこんなに置いてけぼりを食らっているんだろう。

 はっと息を吐いたときだ。

「先生、あったぞ!」

 大きく手を振りながら鶴さんが駆け寄ってきた。

 少女は、顔を上げると鶴さんの元へ駆け寄った。

「これで間違いないか?」

 鶴さんが持っていたもの――それは、目を見張るような赤石のついたブローチだった。

「これよ! これ!」

 今にも飛び跳ねそうな勢いで彼女は言う。

「よかった。本当によかった」

 少女が、鶴さんの手に乗るブローチへ手を伸ばしたときだ。

「ちょっと待った」

 鶴さんは手を上げ、ブローチを高く上げた。

「これを受け取る前にすることがあるだろ」

 少女はじっと鶴さんを見つめたあと、ぱっと私の方へ向き直った。そして深く頭を下げた。

「ごめんなさい」

 すんなり出てきた謝罪の言葉に、どこか拍子抜けした気分だ。彼女はよくも悪くもまっすぐだ。――私には眩しいくらいに。

「いいよ。見つかってよかったね」

 微笑みながら答えたつもりなのだが、うまくできただろうか。

 やりとりを見守っていた鶴さんは、犬のしつけのように「よくできました」と言いながら彼女にブローチを渡した。

 彼女はブローチを受け取ると、ほっとした表情を浮かべ家に帰って行った。

 小さくなる少女の後ろ姿を見送りながら、不思議に思う。

 なんで星さんは彼女が失した物がわかったんだろう。

「一件落着だな」

 星さんはそう言って息を吐いた。息は雲のように真っ白だった。

「鶴。いつも言っているが、俺を巻き込むな。いい加減こっちの身も考えろ」

「そんなこと言われてもなあ。先生しか頼りにならないときの方が圧倒的に多いんだ」

「嘘つくな。お前かなり顔が広いだろ。優秀な人間を抱えているくせに。知らないとでも思ったか」

「冷たいなあ先生は。自分の用件はオレに押しつけるくせに」

「仕事だからな」

 まるで言い争っているように見える二人のやりとりにハラハラさせられながら、口を挟めないでいると鶴さんが声をかけてきた。

「なんか腑に落ちないって顔しているね」

 そりゃそうだ。何で星さんはブローチの在処がわかったのか。それにどうして失した物がブローチだとわかったのか。

 前にも思ったけど、やっぱりエスパーなのかもしれない。

「簡単な話だ」

 星さんは寒そうに両手を合わせると息を吹いた。

 さっきまでわずかに明るかった空は、すでに藍色に染まり、徐々に深く濃い黒に変わってきている。

 日が暮れるのも早くなった。暗くなると寒さも一押しに感じるのが不思議なところだ。

「彼女は何度も時間を気にしていた。それと同じくらい母親の帰りも。もしかしたら、門限があったのかもしれないが、それなら『失し物をしたから探していて帰るのが遅くなった』と正直に言えばいい。あのくらいの年頃なら、門限なんてあってないようなものだろう。だけど彼女には、最初からその選択肢はなかった。――つまり、母親にバレたらまずい物を失したんだ」

 なるほど。言われてみれば、あの子は五時までに探し出すことにこだわっていた。門限じゃなく、母親の帰ってくる時間だと考えればあり得ない話じゃない。

「家からこっそり母親の物、まああの年頃だと宝飾品だな、それを持ち出し、友人に見せ、自慢した。その帰り道、靴紐がほどけたか、目にゴミが入ったか――とにかく、塀の隙間に置き、目を離した瞬間になくなっていて、彼女を追い越していったあんたが犯人だと思った」

「でも、実際は剪定した木の枝が、置かれたブローチをかすめ取ってしまい、個人宅の敷地内に落ちていた――ってことですか?」

「そういうこと。彼女から話を聞けば簡単に予測できることだ」

 こんな事もわからんのかと言われているような気がして、むっと口をとがらせる。

 まあ、何はともあれ円満に解決だ。

「今回の依頼料だがーー」

「あの、そのことなんですけど・・・・・・」

 さっき財布の中身を確認して驚いた。所持金をすべて使っても、缶ジュース三本も買えない。バカにされるのは覚悟の上で、後日払いにしてほしいことを言えば、思いの外すんなりと承諾してくれた。後日、また「星の家」に行くことを約束する。

「依頼料、払い忘れるなよ」

「わかってます」

 もう大人なのだ。そのあたりはわきまえているつもりである。

 星さんは、再び両手に息を吹きかけた。もしかしたら、寒がりなのかもしれない。

 私からすれば、天地がひっくり返っても真似できないことを簡単にやってのけたというのに、当の本人は当然だと言いたげな態度なのが、釈然としない。

 いいな、うらやましいな、なんて思っていたらひらめきにも似た、一つの感想が浮かぶ。

 もしかして星さん――。

「星さんは、『失せ物探し』の才能があるんじゃないですか?」

 その瞬間、ぱっと街灯の明かりがついた。舞台の上に立った俳優のように光が降り注ぎ、くっきりとした陰を作り出す。

 二枚目は、道に立っているだけでも絵になるんだなと思ったときだ。

 星さんの表情を見て思わず息を呑んだ。

 私、言っちゃいけないことを言ったのかも――そう思ってしまうほど、彼は人形のように白く、感情のない顔をしていた。

「はっくしょん!」

 凍りかけた場の空気が一気に元に戻る。

 くしゃみをしたのは、鶴さんだった。

「うー寒。日が沈んだら一気に寒くなってきた。先生、早く戻らないと風邪引くぞ。ついでにオレにも暖をとらせてくれ」

「……お前は。どこまで図々しい奴なんだ」

 鶴さんは鼻をすすりながら「いいじゃん、いいじゃん」と言いつつ私の方を向いた。

「それじゃあお嬢さん、またいずれ」

 小さくなっていく二人の背中をただ呆然と見送るしかなかった。


   ☆


 いやいや、さすがにさっきのは肝が冷えたな。

 ほうっと吐き出した白い息を眺めて思う。

 暗くなった空には星か浮かんでいた。吐き出す白い息が、夜空に飲み込まれる様子を眺めていたときだ。

「お前、一体何が目的だ?」

 背筋に鳥肌が立つような低い声が耳朶を打つ。ぶわっと毛が逆立つような高揚感に全身が痺れた。

「何のこと?」

 とぼけてみたが、確信があるのだろう。目つきは鋭利な刃物のように鋭い。

 まあ、先生にこの手が通用しないのはわかっている。

「降参だ」と肩をすくめて見せたが、刺さるような視線は消えない。

 こういうときは、行動の裏にある理由を求めているときだ。この男はオレが何をしたのかもう何もかもお見通しなのだろう。

「最近『才能石鑑定』をしただろう? 大金を積んでも絶対に動かない先生が、無償で鑑定したっていう相手の顔が拝みたくてな」

「……だから手の込んだ偽のチラシなんか作ったっていうのか。お前にしては、随分面倒な真似をしたな」

 ふとあの子の鞄からチラシが飛び出ていたことを思い出す。

 そのわずかな変化さえ見逃さなかったというわけか。

「そりゃそうだろ。先生に『才能石鑑定』をさせた人間だぞ? 事前に調べはしたが偽の情報だってこともあり得る。念には念を入れるに越したことないだろうが」

 まあ、実際は情報通り――というか情報よりもどこか抜けた感じの女だったが。

「それに、せっかく用意したもの全部ぱあになったけどな」

 まさかあんなところでトラブルに巻き込まれるとは思いもしなかった。しかも小学生相手に気後れして。

「……なあ、どうして彼女に『才能石鑑定』をしてやったんだ?」

 オレの知る先生は、大金を積まれようが涙を流し懇願されようが、決して請け負うことはなかった。いつも「俺にそんな資格はない、デマだ」と言って追い返してしまう。

「別に。ただの気まぐれだ」

 こちらを見ることなく言い放った。

 ただの気まぐれで鑑定をしたというのか? ――そんなの鵜呑みにする方が馬鹿げている。

 ああ、何だろう。胸の内側にある花火に火がついたような高揚感を何と表現すればいいんだろう。

 ――面白くなってきた。

 口元が緩む。先生は、「関係ない」と釘を刺してくるだろうが、「関係ない」で済まされるわけがないのだ。

 彼女は、今回の依頼料を払いに再び先生と会う。

 まだ、縁は切れてない。

 ああ、楽しくなってきた。駆け出したい気持ちをぐっと押さえる。

 そのとき、隣で翼を広げるような大きな音がした。見ると先生は傘を広げている。

 今日の天気予報だと、夜も晴れのはずだ。

 しかし、空を見上げた途端、その理由を知る。

 雪が降ってきた。

 真っ黒な空から降る、光り輝く雪は、籠の中で暴れ回る鳥の羽根のようだった。

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