霊感少女とガーネット6
6
ふうっと息を吐き、天井を見上げた。
星さんから頼まれていた朱莉へ依頼結果の説明をついさっきまでここでしていたのだ。
ただ単に「学校に行ったら実に聞け」という話だったのだが、事の次第を知らない朱莉からすれば、実が犯人のような言い方に腹が立ったらしい。
間違ってはいけない。どうして星さんにではなく私に怒るのか。
とりあえず、実もいろいろ力を貸してくれたということにした。あながち嘘は言っていない。
それに実の名前を出したことにより、よいことも聞いた。
実は、もう幽霊が見えるとは言っていないらしい。才能石のことも、なくなってしまったと言っているようだ。
実も運がいい。もし朱莉に才能石を見せていたら友情に亀裂が入っていただろう。星さんにそう報告したら首を振られた。
「それはないだろう」
「何故ですか? だって実ちゃんが持っていた才能石は朱莉ちゃんのお母さんのものなんですよね。それなら朱莉ちゃんが見た途端にわかっちゃうじゃないですか」
「あんた、ちゃんと聞いてたのか?」
「何をですか?」
「『ランドセルの中に入っていた』と」
「・・・・・・実ちゃん、そんなこと言ってましたっけ?」
「言った。あの子供は、本気でブローチについた石が自分の才能石だと信じていた」
星さんはふっと息を吐くと片手に持っていたマグカップに口を付けた。
「あんたのときとよく似ているな」
だが、今回は私のときと違い「善意」の末の行動だという。
「あの石は持ち主に応えようとして、あの子供の元へ行ったんだろ。だから、友情に亀裂が入るくらいならどこかに隠れるんじゃないのか?」
石の話だ。ペットのように手足がついているわけではないのに、違和感を覚えないのは、私自身も同じような経験があったからだろう。
でもーー。
「もしそうだとしてもやっぱり変ですよ」
あのガーネットの姿をした才能石は、朱莉ではなく朱莉の母親のものだ。そう指摘すれば、呆れたと言わんばかりに大きなため息をつかれた。納得できない。
「あんた、仮にも宝石業界にいたんだろう? じゃあガーネットがどういう石か知っているだろう」
「星さん、お言葉を返すようで申し訳ないんですけど宝石業界にいたからといって、宝石にものすごく詳しいわけじゃないんですよ。一介の事務兼店番だった私に宝石の知識は期待しないでください」
どうだ、と言い終わった途端、胸の奥がすっとした。
「得意げな顔をする話じゃないだろ」
しかし、星さんには効かなかったようだ。それにご指摘もごもっともで正論だ。
星さんは本の山から一冊薄い図鑑のようなものを取り出すと渡してきた。表紙には大きな字で「ガーネット」と書かれている。
「勉強しろ」
投げ捨てるかのようにそう言うが、私はもう宝飾業にはいない。そう伝えれば、「だから勉強しなくても言い訳じゃないだろ」と言われてしまった。その通りです。
「ガーネットは和名を柘榴石と呼ぶのは知っているな?」
その程度のことなら知っている。頷けば星さんは続けた。
「何故そう言われるか知っているか?」
「知りません」
学校の授業みたいだ。
星さんは図鑑を指さすと「十九ページ」と言った。言われたとおりに開くと、原石の写真が載っている。
「ガーネットの語原はラテン語で『種子』を意味する『granatum』から来ている。歴史的にみればよくルビーと間違われた過去を持つ石で、旧約聖書の『ノアの方舟』には、大洪水の中闇夜を照らし舟の行く先を示したのがこの石だと言われている。それに、ガーネットと言われると大多数の人間は赤色を思い浮かべる。ガーネットの代表色だな。でも実際には青色以外の色を持つ多彩な石だ。デマントイドガーネットは知っているか? あれは緑色のガーネットでも美しいことで有名だからな。値打ちもそれなりにする」
デマントイドガーネットは店に並んでいた時期があったから知っている。ガーネットなのに何故緑色なのか不思議に思ったからよく覚えていた。
「さて、ここからは俺の見立てだ」
星さんはイスに座るとひじを立て顔を乗せた。
「あのガーネットの才能石は、一個人というよりは一つの血筋にとりついているように思う」
「血筋にですか」
「そうだ。才能が受け継がれるなんてこと滅多にある話じゃないが、絶対にない話でもない。それにガーネットの和名は柘榴石。柘榴の花言葉の一つは『子孫の守護』だ。ガーネット自体は、あまりじっくり見れなかったがおそらくロードライトガーネットだろう。多様な色があるガーネットは、色の違いで才能も違ってくるらしいが、赤色であれば答えは単純。赤は血の色であり愛の色。きっと愛情にあふれた家族なんじゃないか」
なるほど。確かに星さんの言うとおりかもしれない。見立てとは言っているが、本当のような気がする。朱莉の実に対する反応からしても、あながち間違いではないのだろう。
ここでふとあのときのことが脳裏をよぎった。
あのとき、星さんは確かに実ちゃんに「死んだ奴には会えない。君も、そして俺も」と言っていた。もしかして星さん、会いたい人がいるのではないのだろうか。
ものすごく気になる。しかし、私は部外者だ。星さんのことをあれこれ知ろうとするのはおこがましい。
「どうかしたか?」
美しい顔がのぞき込んでいて、思わずのけぞった。
「な、何でもありません!」
どうして世の中の女性は美形の男性を見て目の保養と言えるのか。私から言わせてもらえば毒である。心臓が持たない。
星さんは眉をひそめたものの、何でもいいと思ったのか話を続けた。
「今回、俺が依頼を受けていたのはブローチ探しの件だけだったんだが、何故かあんたの話していた霊感少女とやらの話にも巻き込まれた。結果的にブローチは無事に見つかって依頼も終了したが、どうしても納得できない」
「えっとーーそれはつまり」
「あんたから依頼を受けたってことで処理したい」
心の中で絶叫した。
これ以上、借金を増やされたら精神的に病んでしまう。渚と違い、体だけが丈夫なのが取り柄だと思っていたのだが、よくよく考えてみれば精神的には渚の方が強い。
病は気からという言葉があるように、結局は心の持ちような面も多いのだ。
本格的に夜間工事現場のアルバイトでも始めようかなと思ったときだ。
「でも、あんたにも事情があったんだろう。そこで、一つ頼みたいことがある」
頼みという言葉で思い出した。そうだ、私は星さんと取り引きをしていたではないか。
「あの。このまえおっしゃっていた、次回依頼時、無料対応にしていただくことはーー」
「あの時点ではまだ成立されていない。よって無効だ」
がくりと肩を落とす私に「難しいことじゃない」と星さんは言う。
「ここに連れて行ってもらいたい」
渡されたメモを見て思わず眉を寄せた。有名な別荘地帯だ。名のある著名人が、よく過ごしていると美容室に置いてあった週刊誌で読んだことがある。
山の中にあるとはいえ、本数は少ないかもしれないが路線バスが走っているはずだ。
そう言えば、星さんは口を曲げた。
「やるのかやらないのか、どっちだ」
ちなみにやらないを選ぶと、現在の未払いに四百万が上乗せされる。何故今回はそんなに高いのかと聞けば、相手が拳銃を使ったからだとか。
もう、ここまで言われれば私に拒否権なんてない。
「わかりました。やります」
星さんもきっと羽を伸ばしたいのだろう。しかし冬山である。この地域は避暑地として有名な場所だ。星さんはスキーでもするのだろうか。
「星さんも黒鶴さんも免許取ればいいんですよ。それなりに便利ですよ、車」
免許さえ持っていれば今の世の中レンタカーという便利なものもあるのだ。必要なときに必要なだけ使えるため維持費もそんなにかからない。
しかし、二人にとって問題はそこではなかった。
「あんたはもう少し頭を使った方がいい」
相変わらず失礼なことを平気で言う人だ。
むっと口をとがらせれば、さらりと聞き逃せないことを言う。
「俺も鶴も運転くらいならできる。車以外にも小型ヘリやモーターボード、重機もまあできるな。でもそれらには公的手続きが必要だろう?」
当たり前だ。身元のはっきりしていない人間に一歩間違えれば武器になりかねないものの操縦権利を与えたりしない。
とーーいうことはだ。
彼らは免許を取らないわけではない。取れないということだ。
「まさか無免許が原因で警察と追いかけっこをするほど、暇じゃないからな。正当な方法で行けるのならそれに越したことはない」
星さんの言っていることはもっともだ。
でも、免許が取れないってそれって一体ーー。
困惑する私を前に、星さんはぞくっと背筋に寒気が走るほど美しい微笑みを浮かべていた。




