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霊感少女とガーネット5

「二秒遅い」

「すみません」

 指示された場所に行くと星さんと黒鶴さんが立っていた。そして当然のごとく車に乗り込んでくる。

「南港に向かってくれ。近づいたらさらに詳しく誘導する」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 後部座席を振り返る。軽自動車の座席に男二人が並ぶと窮屈そうだが今はそんなことを思っている場合じゃない。

「何しているんですか?」

「あんた、この状況でそんな悠長なこと聞いている場合か?」

「華菜ちゃん、この前言ったでしょう? 才能石を持っていると他人に知られた時点で危険度があがるって。今まさにそれなんだよね」

 言いたいことはわかる。早く実ちゃんと助け出さないといけないことも。でもーー。

「どこに行ったのかわかるんですか?」

 すると伏し目がちだった星さんの目がまっすぐ私に向けられる。眼鏡越しとはいえ、その目には強い意志のようなものを感じた。

「俺を誰だと思っている?」

 星さんは星さんだ。一介の宝石商人で才能石鑑定人でもある。そして失せものを探すのが得意だ。

「まあ、先生に任せておけば大丈夫!」

 確かにその通りかもしれないけど。

 一抹の不安がよぎるが、今は実の身の安全を確保することが優先だ。私はアクセルを踏んだ。

「あの、一ついいですか?」

 ふと疑問に思ったことがある。

「どうして私の携帯電話番号とメールアドレスを知っていたんですか?」

 たしか、二人には教えていないはずだ。誰かが教えたとしても私の知人を二人が知っていたとは考えにくい。

「なんだ、そんなことか」

 答えたのは黒鶴だった。

「そのくらいの情報なら簡単に手に入る」

「鶴は情報屋だからな。役に立たなければ仕事はこない」

 星さんの言うとおりではあるけれど、それってーー。

「ーー犯罪ですよね?」

「まあ、細かいことは気にしない、気にしない」

 星さんは警察に連絡するなとかいうし。この二人、本当は危ない人なのかも。

「次の信号を右」

「はい」

 なんだかタクシードライバーになった気分。今自分がどこにいるのかさっぱりわからない。オフィス街から次第に建設途中のビルが目立つようになってきた。このあたりは開拓中らしく、将来はベッドタウンになるのだろう。さらにその先には南港という港がある。コンテナが並ぶ港付近で車を停めた。

「星さん、私思うんですけど」

 車に残っていろと言われたが、一人で残るのも心細かったのでついてきた。星さんは渋ったが、「華菜ちゃんがいれば、女の子も安心するんじゃない?」という黒鶴の一言で何とか許可をもらったようなものだ。

「才能石を盗むだけなら、実ちゃんはすぐに返してもいいんじゃないですか?」

「あんたは知らないんだな」

 星さんは遠くを見つめたまま言った。

「才能石を完全に自分のものにするには、その才能石を出現させた本人が絶命していないとならない」

 頭の中が真っ白になった。それってつまりーー。

「・・・・・・戻るなら今のうちだぞ」

 一度足を止めかけたが、歩みは止めない。

「いいのか?」

「まだ決まった訳じゃないですから」

 希望を捨ててはいけない。実とあんなお別れはイヤだ。

「ここだな」

 星さんが足を止めた先には、建設中のビルの前だった。

「ここから先はさすがに危ないから、待ってて」

 そう言って二人は中へ入っていった。

 危ないといっても、二人も普段通りの格好で特に武装している様子はない。どうするつもりだろうと思った矢先だ。

 パンっと刑事ドラマでよく聞く発砲音が響きわたった。

 頭を抱え身を縮ませる。すると甲高い悲鳴が聞こえた。ーー実だ。

 行かなきゃと思うものの、発砲音はしきりに聞こえる。星さんと黒鶴さんの安否も気になるが、銃弾が飛び交う建物へ飛び込む勇気はない。ふいに音が止んだ。警察を呼ぶべきと携帯を取り出したものの、星さんの言葉がよみがえる。そして実のこと。彼女の持っていた才能石は朱莉が失くしたブローチだった。警察を呼べば何となく後味の悪い結末になることは目に見えている。

 それならーーーー賭けてみよう。

 星さんは私の命の恩人だ。信じてもいいだろう。私は携帯をしまうと、おそるおそる建設中のビルの中へ入っていった。


   5


 昔からタイミングが悪いとよく言われた。

 たとえば、おみやげにハンカチを渡したら、先週新しいのを買ってしまったとか食べたいといっていたケーキを差し入れに持って行ったら、先を越されていたとか。

 正直、私ではどうにもできないものであり、文句があるなら神様に言ってと言いたいところだ。

 ・・・・・・そして、今回も例外ではなかった。

「動くな!」

 男が叫ぶ。その傍らには実の姿があった。拳銃を突きつけられている。

「動いたら撃つからな!」

 ど、どうしよう。

 今ここで出て行ったら絶対に刺激を与えてしまう。両手で口を覆ったまま、息を潜める。

「だから、さっきから言っているだろ。その石、その子のものじゃないんだって。だから、殺しても無駄なの」

 黒鶴が緊張感のない声で呼びかける。

 そんなこと子供の前で言っちゃいけないっと内心冷や冷やものだ。

「どうあがいても、あんたはここまでだ。どうせただ雇われただけの切り捨て人だろ? 全部置いていくんだったら見逃すって言ってるのがわからないのか?」

「うるさい! こっちにもいろいろあんだよ」

 にらみ合ったまま双方動かない。このままだと実に心的傷害を残しかねない。そう思ったときだ。

「一人で犯行に及ぶとは、子供だからってずいぶん余裕に構えているから足下すくわれるんだ」

 一人?

 黒鶴の言葉に私は思わず首を傾げた。

 いや、一人じゃないはず。だって、実を連れ去るとき男は実を抱えたまま、後部座席に乗り込んだのだから。

 そのときだった。

「きゃっ!」

 後ろから何かに思いっきり引っ張られる。首が絞められて苦しい。

「おい!」

 頭の上から野太い声が降ってきた。

「この女がどうなってもいいのか?」

 首筋に人肌とは違う、冷たいものが当てられる。どくりと鼓動が警告するように高ぶった。

「・・・・・・あんた」

 星さんの目が見開かれる。

 すみません、星さん。言いつけ守らなかったせいで、まさかこんなことになるとは思ってもいませんでした。

「つくづく厄介なことに巻き込まれるな、あんたは」

 おっしゃる通りです。言い返す言葉も見あたらない。

「おい、何のんきに言っている! 殺すぞ、この女」

 太い腕が首に食い込む。刃物で刺されて死ぬまえに窒息死するのではと思ったときだ。

「鶴、そっちのひょろひょろは任せた」

「オーケー、先生」

 その次の瞬間だ。うめき声が聞こえたかと思えば、私の首を締め付けていた男の腕がゆるんだ。ふっと息を吸ったときにはもうすぐ近くに星さんがいて、手に持っていた小石をはじいた。それで男の手を打ったのだと気づいたときには、男は顔を両手で覆い悲鳴を上げていた。見ると顔から血を流している。

「立てるか?」

 星さんに言われ頷いて答える。男はしきりに「目がぁ」と叫んで地面にうずくまっていた。

「感謝してほしいね」

 小石を手のひらでもてあそびながら星さんは言う。

「失明だけでよかったじゃないか。死ぬよりよっぽどいいだろう」

 残忍な顔で笑う星さんを私は見逃さなかった。どういうわけか、震えが止まらない。

「あっちも片づいたな」

 星さんの視線の先を見れば、地面にひれ伏した男と実を抱えてこちらに手を振る黒鶴の姿が飛び込んできた。

「・・・・・・先生、ちょっとやりすぎじゃない?」

「生きてはいる」

「それにしたって、ねえ」

 両手両足を縛った男二人組に黒鶴は同情的な視線を送っていた。

「どうせお前の手に渡るんだ。俺の知ったことじゃない」

「まあ、それもそうか。あとでたんまり吐いてもらおう。ーーあまり期待はしていないけどね」

 黒鶴のいつもの爽やかさがどす黒く見える。ざわりと背筋に寒気が走った。

「君は怪我ない?」

 誘拐犯たちの姿が見えないところに座っていた実は、小さく頷いた。黒鶴はにっこりほほえむと彼女の頭をなでた。「もう大丈夫だからね」と優しくなでるその姿からは、先ほどの邪悪な一面は感じられない。あれは、私の見間違いだったのかもしれない。むしろそう思いたい。

 私も実ちゃんのところへ行こうとしたときだ。

 実は、怯えたような表情を浮かべると黒鶴の背後に隠れた。

 どうして?

 私は実ちゃんを傷つけるようなことをしただろうか。

「あんたは悪くない」

 思っていたことを答えるようにして言葉をかけてきたのは、星さんだった。

 星さんは実ちゃんに近づくとしゃがんで視線を合わせた。

 そしてーー。

「この石は返せない」

 ガーネットのブローチを見せてきた星さんを、実は怯えた様子で見つめていた。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 慌てて二人の間に割り込む。

「別に今ここで話をしなくてもいいんじゃないですか?」

 星さんはゆっくり立ち上がると、首を左右に振った。

「この際、はっきりさせておいた方がいい。君は『才能石を持っている』と嘘をついたせいで殺されそうになった」

「星さん!」

 黒鶴さんも何か言ってくださいと視線を向ければ、口角を上げこの状況を楽しんでいる。あくまで静観しているつもりらしい。

「星さん、実ちゃんはまだ知らなかっただけです。もう少し言い方を考えてーー」

「知らなかったとはいえ、引き起こしたことは事実だ」

 まったくこの人はーー。子供相手でも容赦なしなのか。

 実の目には涙がたまって、瞬き一つで今にもこぼれ落ちてしまいそうだった。

「それに、だ」

 星さんは私ではなく実ちゃんを見下ろすように見て言う。

「君は嘘つきだ」

 実の細い肩がびくりと跳ねた。

「幽霊がみえると周りを騒がせて一体何が楽しいんだ? 嘘に嘘を重ねて自分が殺されそうになっていたら呆れてものも言えないな」

「星さん、言い過ぎです!」

 実はすでに大粒の涙をこぼしていた。嗚咽を漏らさないように必死に堪えているものの、時折ひきつった声を上げている。

 震える背中をさすりながら、鞄からティッシュを渡せば実は涙を拭いた。それでも止めどなくあふれてくる。すぐにぼろぼろになるティッシュを見て、どうして今日に限ってハンカチを持っていないのか自分を恨んだ。

「実ちゃんにも何か事情があったんです」

「ほう、何故言い切れる?」

「実ちゃんは優しいんです。公園で依頼料の返済について悩んでいた私に声をかけてきて、いろいろ話をしてくれて、飲み物も買ってくれようとーーだから、絶対に悪さをしようと思って嘘をついていたんじゃないんです!」

 途端、せき止められていた水が流れ出すように大きな声で泣き始めてしまった。

「え、どうしたの? 実ちゃん、どこか痛いの?」

 おろおろする私とは対照的に、星さんはじっと実を見つめていた。

 そしてーー。

「君は会いたいのか? ・・・・・・死んでしまった人間に」

 星さんの静かな問いかけに、実は一度だけ大きく頷いた。

 彼女の会いたい人ーー聞かなくても誰だかわかる気がする。実が、公園で一緒にお散歩をしたり病院に何度もお見舞いに行ったりしたのは、全部おじいちゃんだ。

「おじいちゃん、よく言ってたの。『いいことをすれば必ず自分に返ってくる』って。だからいいことをたくさんしたの」

 でも、祖父は帰ってこなかった。天国に旅立ってしまったのだ。

 それでも実はあきらめなかった。

「おじいちゃんはきっと幽霊になったんだと思う。それだったら実が見えればいつでも会える」

 そのためにいいことをたくさんしたのだという。しかし、幽霊がみえることはなかった。

「だからと言って嘘をつくのはなあ」

 黒鶴はそう言うが、実の気持ちはわからなくもない。

 この子は相当追いつめてしまったのだろうーー自分自身を。でも、だからといって人の物を盗むのはよくない。

「嘘をついていたことは悪いことだってわかっている。だからもうつかない。でも、それは返して」

 実は涙で濡れた顔を上げ、まっすぐ星さんを見つめた。

「一つだけ、教えてやる」

 星さんはかがむと実と目を合わせた。

「これは君の才能石でもなければ、幽霊をみることのできる石でもない」

「嘘! だってこれは、ランドセルの中にーー」

「ガーネットの石言葉に『友愛』という言葉がある。最近、どんどん孤独になっていく君を案じている人がいたんじゃないのか? これはその子のものだ」

 星さんがそう言った途端、実ちゃんの口から「ーー朱莉ちゃん」と小さくこぼれる声が聞こえた。

 再び涙を流す実を一瞥すると星さんはふっと息を吐いた。

「死んだ奴には会えない。君も、そして俺もな」

 あまりにも悲しげな声音に、はっと星さんの方を見る。しかし、すでに背中を向けていたため表情まではわからなかった。


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