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第9話 男、二人

 そこから決闘までの二週間は、別々に練習することになった。海老沼は「一人でやりたいことがある」と言って俺たちの練習には顔を出さず、いつも使用している東海岸にはやってこなくなった。夏乃は不思議がっていたが、俺が「必殺技でも考えて驚かせようって魂胆だろう」と言うと「男の子ってそういうの本当に好きだよね」と納得した。


「海老沼くん、HD好きになってくれてよかったね」


 今日も白い水着で艶やかにパラオを閃かせる夏乃は、水の中を飛ぶように泳ぎ回っている。


「まあ、もともとスポーツ全般が好きなヤツだからな」


 俺は返答しながら、前後左右に方向転換して感覚を確かめる。本日も問題ない。身体は好調だ。


「もっとみんなに広まらないかなぁ。いつかさ、オリンピック種目になったり!」

「夢が大きいな」

「そりゃ夢なんだから、できるだけ大きいほうがいいに決まってるよ! それで、オリンピック種目なったら、蓮太が優勝するんだよ!」

「俺かよ! お前が優勝しろよ!」

「だって、テレビとか出るの恥ずかしいから……」

「テレビが恥ずかしくて辞退する選手がいるかよ」


 たはは、と笑う夏乃。俺も思わず苦笑いした。


「まあいいさ。これからゆっくり広めていけばいい。楽しさに気付くヤツは、きっといるはずだから」

「……そう、だね」


 一瞬泳ぐ手を止めた夏乃が振り返り、笑う。しかしその笑顔に、どこか陰りがあったような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。


「どうした?」

「んー? 何が?」


まるでダンスを踊るようにくるりと水中でターンを決めた夏乃は、既にいつも通りに戻っていた。

 ──俺の勘違いだろうか?


「や、なんでもない」


 最近夏乃の表情が気になることが増えてきたような気がする。付き合いが長いから些細な変化が気になるというだけなのだろうか。


「本日も練習張り切っていきましょー!」

「お、おう」


 いつもはこの元気に笑顔になるところだが、今日だけはなぜか空元気に見えて仕方なかった。


☆★☆


 海老沼遼。

 身長180㎝弱。恵まれた体格と、長年の運動経験で培った『野生の勘』とも言える直感力は目を見張るものがある。そして、それらを生かした重攻撃型ヘヴィアタッカースタイルは驚異的だ。一撃でリングの端から端までぶっ飛ばす程の攻撃は、さながら大砲のようだ。加えて長い手足が攻撃範囲を拡大させ、これを確かな『武器』として成立させている。単純なHD歴だけで見ていれば足元を掬われる可能性もあるだろう。

 だが、さすがに歴が違いすぎる。油断せずセオリー通りに攻めていくだけでも、恐らくは……勝てるだろう。


「問題は、何かしらの技術アーツを習得してくることか」


 技術アーツとは、俺の『シャークレイド』や夏乃の『ドルフィンターン』といった、通常の泳法から外れた特殊な技術のことである。さらに狭義に言えば、『シャークレイド』と『ドルフィンターン』は俺(もしくは夏乃)以外に現状使える人間が存在しないので、固有技術ユニークアーツと呼ばれる。

 一般的なテクニックとして浸透しているものを通常の技術アーツと呼び、例えば攻撃を受けた際に衝撃を回転エネルギーに替えて逸らす『ロール』や、リング際に追い込まれた時に身体の位置の入れ替えを狙う『スワップ』などがある。

 ちなみに、『シャークレイド』は『ロール』の発展系であり、『ドルフィンターン』は『スワップ』の発展系である。

 海老沼が何かしらの技術アーツを習得してくる可能性は高いし、あの才能センスなら固有技術ユニークアーツにまで昇華させていてもおかしくはない。警戒すべきは、そのような計算外の要素だ。

 さらに考えるべきは、リアクターのチューニングである。

現在俺のリアクターは、超速攻型アグロスタイルに合わせてチューニングが施されている。因子の発生量を限界まで絞ることで水の抵抗を減らし、移動速度を上げているのだ。ただし弱点としては、因子が少ない分反発力──つまり攻撃力が落ちるという点、そして同じく耐久力も紙なので、一撃でも食らえば──特に海老沼のような重攻撃型ヘヴィアタッカースタイルの攻撃だと──致命傷になりかねないという点がある。

 対して海老沼は、十中八九『重い』チューニングにしてくるだろう。というか、俺がそう教えた。

 海老沼の場合は逆に、因子の発生量をできるだけ増やして反発力を上げてくるはずだ。因子が多ければ多いほど反発力は増し、敵からの攻撃には耐久力が付く。一言で言えば、『重くなる』。

 さらに、これには因子増加による『見えない攻撃範囲アグロレンジ』の獲得というメリットもある。因子と因子が反発するというスポーツのシステム上、大量に因子を発生させるチューニングにすると、「実際に触れていないのに反発が発生する」という現象が起きる。これは対応が難しく、常に見えない攻撃範囲アグロレンジを計算に入れながら立ち回らなければならなくなる分、非常にやりにくい。

 ただしもちろんデメリットも存在する。因子の量が多い分、水の抵抗を激しく受けるので移動力は激減する。防御力はある代わりに、回避は厳しくなるだろう。つまり、このパターンでは「受け切って返す」という戦闘スタイルに落ち着く。

 …………つまり、何が言いたいのかというと。


「スタイル、どうすっかな……」


 一撃で返されるペラペラ防御力だと、まぐれ当たりでさえ即ポイントに繋がってしまう可能性がある。

 ここは得意の超速攻型アグロスタイルを封印して、ある程度防御力に期待できるまで因子を増やすチューニングにするか…………。


「んん? スタイル転向でもするの?」


 一人で100m泳をしていた夏乃がうんうん唸る俺を見て首を傾げる。


「い、いや、なんでもない!」

「?」


 夏乃に相談はできない。そりゃあ、できないに決まっている。「今お前に告白しようとしてるヤツの決意を確かめるために全力で対策を練ってる」なんて言おうものなら、もう大惨事間違いなしだ。


「まあなんでもいいと思うけど、正直蓮太は超速攻型アグロスタイル以外大したことないと思うよ」


 し、辛辣~……。


「そ、そりゃそうかもしれないけども! やってみなきゃ分からないだろ!」

「じゃあ、やってみる?」


☆★☆


 3-27。


「だめじゃん」

「だめだなこれ」


 夏乃は言わんこっちゃないという表情でじっとりもこちらを見ている。


「やっぱり蓮太には超速攻型アグロ以外似合わないよ!」

「どうやらそのようですね……」


 夏乃の言う通りで、それから何パターンか戦型を試してみるもどれもしっくり来ず。俺は結局元の超速攻型アグロに戻る結果となった。


「なんの心境の変化か知らないけどさ、私はゴリゴリ攻撃してる時の蓮太が、一番楽しそうで好きだよ」

「……っ」


 ──そりゃあ、そうかもしれないけど。

 ──でも、決闘ではそんなことは言ってられないだろ。

 俺はそれらの言葉を飲み込み、代わりに一言だけ口に出した。


「楽しみながら強くなれりゃ、苦労はないさ」


 辛いことを我慢すれば、我慢した分だけ成長するのが人間というものだ。人生に近道はない、などと偉そうなことを言うつもりはないが。


「ストイックだね」

「これくらい、スポーツやってるヤツなら普通だろ」

「蓮太」


 夏乃は、少し切なそうな表情で、そしてどこか泣きそうに言った。


「ハイドリア・ダンスは、ちゃんと楽しい?」

「────────、」


 後ろに手を組んで、覗き込むようにこちらを伺ってくる夏乃。

 ──なんで、今更そんなことを。


「楽しいに、決まってる。楽しいから今日まで続けてるんだ。当たり前だ」

「そう。よかった。ならいいんだ」


 夏乃はニコリと笑って簡単に引き下がっていく。


「私から生まれたスポーツなんだから、やっぱりみんなに楽しんでほしいよ。だから、たまに怖くなるんだ。本当にこれって楽しいのかな、って」

「……」

「私の子供みたいなもんだからさ、気になっちゃうよね」


 えへへと笑う夏乃。

 俺はその笑顔に思わず見惚れていた。

 高校二年生にして、その身に到底背負いきれない重荷を背負った少女は、それでも気丈に笑うのだ。

 その笑顔は、温かくて。

 儚くて。

 ふとした瞬間に、消えてしまいそうで。


「なら、俺もそれ手伝うよ」

「ぇ……?」

「お前一人じゃ、しんどいだろ。俺にも半分やらせろよ」

「……優しいんだね、蓮太は」


 夏乃がふんわりと笑う。

 ああ。

 俺はその笑顔を見ていたいから、彼女の隣にいるのかもしれない。


「ち、違う。俺だってHDが好きなだけだ。当然のことをしてるだけ」


もちろん、そんなこと本人には絶対言わないが。


「そのうちお願いするね。私の大切な子供を、よろしくお願いします」

「誤解を招く言い方はやめろ!」


 何気ないじゃれ合いを、何よりも楽しいと感じている自分がいる。

 輝ける日常を、何よりも大切にしたいと感じている自分がいる。

 海老沼の告白は、その安寧を脅かす──なんて言うと、彼が悪者みたいになってしまうけど。

 もしこんな日常が消えてしまうかもしれないとしたら。

 俺はそれを守りたいのかもしれない。

 俺のわがままで、

 俺のエゴで、

 そんな、海老沼の気持ちを無視した自分勝手な理由で──

「勝ちたい」と、思っているのかもしれない。


☆★☆


 例えば。

 友人の告白を邪魔する男がいたとしたら、最低だろうか?

 そんなヤツは、きっと最低なんだろう。

 人が真剣に告白しようというところに立ちはだかって阻止しようとしてくる────酷い人間もいたものだ。

 だけど。

 それでも。


「よお、久しぶり……ではないか。学校で会ってたもんな」

「いや、久しぶりでいいさ。海で会うのは二週間ぶりなんだから」


 譲れない思いがあると、自覚してしまったのだ。

 負けられない理由に、気がついてしまったのだ。

 だから、勝ちたい。

 これは俺のわがままだ。

 海老沼が許してくれた、わがままだ。

 だから。

 精一杯、邪魔させていただこう。


「…………ただの練習試合になんでわざわざ私が立ち合わなきゃいけないのよ」


 砂浜に並ぶは、三人の少年少女。

 俺と海老沼と、そして姫宮である。


「今日は陸上部ないんだしいいだろ?」


 姫宮は「練習試合をやるからついてこい」としか言われていないらしく、事情は隠したまま試合を見届けてもらうということらしい。

 七月に入り、砂浜にはコアな海水浴客や、ちらほらHDのプレイヤーと思われる姿も見え始めていた。弓なりに続く白い砂浜が海の青とえも言われぬコントラストを描き出しており、見慣れていなければきっと心奪われる光景だろう。

 そんな中、海老沼は海パン姿で腰に手を当て、水平線を眺めている。まさに海の男という印象だ。

 対して姫宮は、普段のきつい口調からは拍子抜けするほど可愛らしい水着を着ていた。明るい黄色の水着にはフリルがあしらわれており、慎ましいながらも華やかな胸元を演出している。陸上部で引き締められた腰のくびれが健康的で、思わず目を引かれてしまう。


「あんまりジロジロ見ないでくれる?」

「す、すまん」


 視線に気づいたのか、胸元を手で隠し睨んでくる姫宮。だが姫宮は、ビーチを歩いていたら思わず振り返ってしまうほど容姿端麗なのだ。仕方ないと言える。


「さて、そろそろ行こうか」


 海老沼が軽い準備運動をしながら声をかけてくる。


「ああ、そうだな」


 俺たちは首元のリアクターに触れ、スイッチを入れた。十分に因子が発生したのを確認し、海へと入っていく。

 世界が青に染まっていく。

 海に入っていくこの瞬間が好きだ。まるで異世界に迷い込んだように、世界が色を変える。

 ちらほら見える海水浴客のと間を抜け、リングが設置されたいつもの場所まで泳いでいく。

 会話はない。事ここに至って、男二人に交わす言葉

 はない……姫宮はやりにくそうにしているが。

 リングのある開けた空間は海底が白沙になっており、地面にぶつかっても大怪我をせずに済む。また、周りにも危険な岩などもなく、HDに適した地形と言えるだろう。


「私は何をすればいい訳?」


 姫宮は慣れないリアクター制御に四苦八苦しながら、俺たちについてくる。対して、既に海を自分のものにしていると見える海老沼はくるりと振り返って、


「何もしなくていい。ただ見届けてくれ」

「ほんっとソレが分かんないのよねえ。私が見届けて一体何になるっていうんだか……」

「まあまあ、そう言わずに」


 俺はリングを起動する。海の中でも見えるレーザー光が天を目指して駆け上がる。スコアボードが点灯し、「第一クォーター・五分」の表示がされる。

 俺と海老沼が初期位置につく。


「俺に選択肢をくれてありがとう」

「はっ、何を言ってんだか。これは、俺がそうしたいからそうしただけだ。浪川に感謝される覚えはないぜ」


 それでも、感謝したいんだ。


「俺はきっと、浪川の事を気に入ってるんだよ」

「なんだよ、いきなり」


 向き合ったところで、海老沼が声をかけてきた。


「だから俺は、グズグズしてる浪川のケツを蹴り上げてやるんだよ」

「? 意味分かんねえ」

「まあ、なんでもいいや」


 海老沼が何を考えているのかは分からないが、その表情に秘められた決意を見て、俺は考えを新たにした。

 そう。

 今、ここで。

 細かい事は、どうだっていいのだ。


「俺は、俺のわがままのために」 


 男が戦う理由は、いつも単純で。


「俺は、俺に打ち勝つために」


 どうしようもないけど、譲れなくて。


「全力で、お前の邪魔をさせてもらう」


 情けないけど、負けられない。


「お前を超えて、先に行かせてもらう」


 これは意地と意地のぶつかり合い。

 譲れない思い(まいはらなつの)のために戦う、二人の少年の真剣勝負。


「それじゃあ、始めるわよ。3、2、1──」


 その火蓋が今、切って落とされた。


「スタートっ!」

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