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第5話 一番近くの遠い存在

 戦局は最終盤を迎えていた。

 第四クォーター、残り二分。得点は13-14で、俺が一点を追う展開。十分に逆転は可能だが、回避に徹した夏乃を捉えるのは至難の技と言っていい。


「──ッ!」


 鋭く右手を閃かせるが、夏乃は舞うように避ける、避ける、避ける。

 前後左右上下、立体的に回避できる海というフィールドを完全に味方につけていた。

 華麗で美しく、洗練されたその舞姿はさすが人魚姫といったところか。いつ見ても惚れ惚れする。しかし、試合の時はそれが最も残酷な武器になるのだ。いつだかの試合では、0-20というパーフェクトスコアで完封していたこともあった。それだけ夏乃から得点を奪うのは難しい──、が。

 ヂィ──ッ! という擦過音とともに、夏乃の姿勢がわずかに揺らぐ。

 ────ようやく、捉えた。

 そこからリング際まで一気に攻勢をかける。バシッ、バシィッ! と、だんだん攻撃が芯を捉える確率が上がっていく。俺は相手を弾いた反動を利用して体を回転させ、暴れ食らう鮫のように休むことなく連撃を浴びせかけた。


「くぅ……ッ!」


 普通、一度攻撃すると反動で自分も少し弾かれてしまう。だが俺は、その反動を回転エネルギーに換えて攻撃を継続させることができる。

 夏乃の三次元戦闘アクロバティックスタイルに対抗するべく、俺はこの超速攻型アグロスタイルを選んだのだ。


「オラァァアッッ!!!!」


 そしてついに、得点が並ぶ。

 渾身の左足回し蹴りは夏乃を芯で捉え、リングの得点線エンドラインを割った。

 ──シャークレイド。連続十四回攻撃。

 一度入れば抜け出せない『即死コンボ』であり──いつの間にか俺の代名詞となり、二つ名の由来にもなった技術アーツだ。

 いかに夏乃と言えど、決まればこの技からは逃れられない。

 ……ただし、夏乃の場合コンボの始点を作る余裕すらなかなか与えてくれないのだが。


「本っっ当にキツイね、その技……っ!」


 夏乃が苦しげに、しかしニヤリと笑う。心の底から楽しそうに、笑う。

リング外へエスケープ中の十秒間をたっぷり使用し、夏乃はリングへ復帰。14-14《イーブン》に戻ったので、夏乃も積極的に反撃カウンターのチャンスを狙ってきている。

 残りは……一分。ここから先は、俺のシャークレイドに持ち込めるか、もしくは一瞬の隙を突かれて反撃カウンターに刺されるかの戦いだ。刹那の内に試合は決する。

 復帰時は、リング外からの助走を利用した強打スマッシュを決めるのがセオリーだが、夏乃はそれをしてこない。あえてリング際で待ち、俺を誘っている。


「……いいぜ。その誘い、受けてやる」


 一瞬の静寂。

 そして、開戦。

 思い切り水を蹴り、斜め上から蹴りおろすように仕掛ける。


「まだ負けられないよっ!」


 それを夏乃はいとも容易く躱す。乱れ舞う攻撃はしかし、人魚姫を捉えることはない。

 得点線エンドライン際を駆け下りていく。普通ここまでライン際に追い込まれたら、逆転は難しい。失点覚悟で一度エスケープして、態勢を立て直すのがセオリーだが……やはり夏乃にセオリーは通用しない。ライン際というのは、位置さえ入れ替わればピンチがそのままチャンスに変わるのだ。そして夏乃は、その手段ドルフィンターンを持っている。つまり──


「絶対に抜かせない──ッ!」


 抜かせてはならない。ここでコンボに入れて試合を終わらせる。


「それはどうかなっ!」


 残り、十秒というところだった。

 海底に触れようかというその刹那、来る。

 両足を揃え、しなやかに水を打ち、まるで魚のように方向転換し──消える。

 瞬間的に水の抵抗を減らし、爆発的な速度で方向転換することで敵の視界から消える。ドルフィンターンの恐ろしい点は、回避力より『一瞬見失う』ことにあるのだ。


「それっ!」


 背後から声が聞こえた時には、時すでに遅し。

 ズンッと背中に衝撃が走り、気づかぬ間に体がリング外へ押し出されていた。

 得点のブザーとほぼ同時に、試合終了の合図。

 つまり。


「ふぅ……私の、勝ち……っ」

「く、強え……勝てねえ……!」


 結果──14-15。

 夏乃が一点勝り、俺は今回もまた敗北に終わった。

 何度も戦って、何度も負けてきて、今回も……いつも通りの結果だった。

 ――届かない。この少女にはきっとまだ届かない。いつからか、そんなことを思うようになってしまった。負けることに慣れてしまったのだ。

 そりゃ悔しい。女に負けて悔しくない男はいない。だが――夏乃だけは、心の中で「もう負けてもいい相手」にカウントされてしまっているのかもしれない。


 ――「次こそは絶対に勝とう」と思わなくなったのは、いつからだろうか。


 もうそれすらも分からなかった。

 自分が「1165戦166勝999敗」という十一年間に及ぶ膨大な戦績を余すことなく覚えているのが、ただただ情けなくて惨めだった。その感情も、最初に比べたらだいぶ薄れてしまったが。

 海の中では、自分が小さく思えてくる。陸では小さく見える夏乃とは反対に。

 最初は海が好きなだけだった。根暗な性格が災いしてこの七鳴島ななきじまに引っ越してきても友達ができず、海に逃げ込んだ。誰よりも早く泳げる自信があった。

 だが、あの少女と会った瞬間に「勝てない」と俺の本能が悟ったのだろう。気づけば彼女の背中を追っていて、自分で青の最果てを目指すことはなくなった。

 どこかに「それでいい」と思っている自分がいる限り、俺は夏乃には勝てないのだろう。

 やはり、今更それをどうにかしようという気は起きなかった。

 彼女は目指すべき存在で、ずっと俺の憧れなのだ。

 いつだって俺の先を泳いでいて、俺を導いてくれる。

 彼女に勝てないのは当たり前だ。

 ――ただそれが悔しくないということにはならないだけで。


「最初のアレが無かったら俺の勝ちだった」

「負け犬が吠えてるぅ~」

「……」

「わんわん♪」

「…………」


 ……勝てる勝てないは別として、この女にはいつか必ず相応の報いを受けさせねばならない。


「おー、いいモン見せてもらったぜ」

「あ、海老沼。いたのか」

「いたよ。ずっといたよ。お前らが戦ってる間もずっといたよ」


 呆れ顔の割には、その顔に嫌悪の色は見えない。「いいモン見せてもらった」の言葉に嘘はなかったようで、それなりに楽しく見ていたようだ。


「いやー悪いね、いつもは二人だけだから……」


 夏乃が「たははー」と笑いながら海底に降り立つ。


「それじゃあ、海老沼も俺とやってみるか」

「おう、やらせてくれ。バチンバチン弾くぞ」

「そんな効果音は出ないけどな」

「んじゃ私は後ろからいろいろアドバイスしていくから」


 そうして、海老沼の初めてのHD体験が始まった。運動神経がよく、覚えも早い海老沼はすぐに上達していった。


「いやいや、驚きだよ」


 だが海老沼は、首を傾げてなにやら不思議がっている。


「自分で言うのもなんだが、俺はことスポーツに関しちゃ本当に他人を寄せ付けないくらいに自信があったんだ。それこそ、初心者だろうが経験者を上回るほどに」

 その言葉は、決して奢りから来たものではないと分かった。ただ今までの人生で起きた出来事を端的に述べているような、そんな白々しさを内包した台詞だ。


「だが俺は今、いくら練習してもお前らには敵わないだろうって感じてる。新年度の体力測定でもなにも目立った記録を残していない、舞原に至っちゃ記録すら存在しないのに、お前らは海だとこんなに強い。一体どうしたらこうなる? 参考までに教えてくれないか?」

「そんなの、海が好きだからってだけだよ」


 夏乃が当たり前だという顔で答える。


「好きだから……」


 それを聞いて海老沼は何やら神妙な顔で考え込んでいる。


「まあ、体が弱い人とか俺みたいに体力全然ないヤツでも楽しめるっていう、スポーツ自体の性質も大きいと思うけどな」


 俺が横から付け加えるが、海老沼の耳には届いていないようだった。


「そうか、だから俺は……」

「……?」


 ぶんぶんと顔を降り、悩みを頭から追い出すように海老沼は笑顔を作る。


「いやぁ、今日は楽しかった。また付き合わせてもらっていいか?」

「え、ああ。もちろん。仲間が増えるのは大歓迎だからな。……俺たちは先生じゃないから何を悩んでいるのかは聞かないけど、せっかく体動かすなら頭空っぽにして楽しんだ方がいいと思うぞ」

「……そうだな、その通りだ」


 海老沼は「悪い、練習の邪魔したな」と軽く手を上げて今日のところは帰って行った。明日もまた同じ時間、同じ場所に集合ということで、海老沼は本格的にHDを始めるつもりらしい。


「あんなすごいヤツにも、悩みはあるんだな」


 俺がぼそりと呟いた言葉に、夏乃が反応する。


「悩みのない人なんて、いないよ」


 空に向かって泳ぎ、宙で一回転する夏乃を目で追いかける。


「みんな、悩みを抱えながら生きてるんだよ。君だって、私だって」

「……そう、だな」


 悩みのない人なんていない。

「悩みがない」なんて言うヤツは、きっと嘘をついているし自分を偽っている。長年一緒にいる夏乃のことだって、全てが分かるわけではない。自分のことだって完全に理解しきれないのに、自分以外の人を理解しようなんて到底無理な話なのだ。

 ──でも。

 だからこそ。


「抱え込んでるだけだとさ、しんどいだろ」

「……」


 少しだけでいいから、彼女の悩みを肩代わりできたならば。


「やっぱり人間なんだから、ストレス発散しないといつか限界が来て、爆発する」

「うん」


 少しだけでいいから、重さを分かち合うことができたならば──

 それは、どんなに幸せなことだろうか。


「だからお前も、爆発する前に言えよ? 俺は爆死体なんて見たくないからな。その代わり、俺も爆発したくないからお前に頼るぞ」

「なにそれ」


 夏乃かふふっと笑った。


「何か悩みでもあるの? お姉さんが聞いてあげるよ?」


 そんな茶化した言い方で、ニヤニヤ笑った。


「今はいいよ」

「……そっか」


 夏乃は、自分が抱えているものを見せてこようとしない。

 触れられたくないのか、他人に頼るのが嫌なのか、他人に見せるほどのものではないのか、それとも他人に見せるのが憚られるほどに大きなものなのか。

 分からない──しかし。

 それはきっと、舞原夏乃にとって一番デリケートな部分で。

 慎重に扱わなければならない部分だから。

 俺から聞き出すことはできないし、彼女から教えてもらえるのを、待つしかない。

 いつか、俺に寄りかかってくれれば──なんて。

 口に出すことは、できない。



------------------------- 第6部分開始 -------------------------

【サブタイトル】

第6話 正直女子高生には敵わないよね


【本文】

 五月中旬。新しいクラスにも慣れ、友人関係も固まり始める頃。海老沼を迎えての初めての練習から、既に一週間が経っていた。やはり天性のものなのか、海老沼は順調──どころの話ではなく、とんでもない勢いでHDが上達していた。その成長速度は、いずれ俺たちに追いつく……いや、追い抜くかもしれないほどのものだった。

俺は新たなライバルの登場に心を踊らせる──ということもなく。何気ない日常を過ごしていた。

 例によって授業の記憶はないので割愛させていただき、今は昼休み。

クラスメートは、各々仲のいい友人たちと固まって昼食をとっている。俺は今日も今日とて窓際の席で風に吹かれてまどろんでいたのだが、


「よお!」


 海老沼の無駄にでかい声が、俺をふわふわした世界から引きずり出す。


「……なんだよ」

「飯、食おうぜ」


 菓子パンの袋を振って一つ前の席に座る海老沼。最近毎日この調子で、昼休みになると決まって俺の席まで来て話しかけてくるのだ。


「海老沼、お前友達いないのか?」

「浪川よりはいると思う」

「……だろうな」


 事実なので何も言い返せない。俺はぐでーっと机に倒れこみ紙パックのジュースを吸う。


「もう飯はもう食ったんだ。俺の大切な睡眠時間を奪わないでくれるか」

「いやだね」

「あぁ?」

「一つ聞きたいことがあってな」


 俺はそこまで聞いてようやく得心がいった。


「ああ、HDのことか」

「違う」

「……?」


 否と返され、ますます分からなくなった俺は「じゃあなんなんだよ」と目で先を促す。


「舞原のことだ」

「まいはらぁ?」


 俺はおもわず聞き返した。何が聞きたいのだろうか? 病気のことか? それとも舞原のHDの実力についてだろうか?


「舞原って、誰かと付き合ってたりするのか?」

「なっ……」

「もしかして、お前があいつと付き合っているのか?」

「なっ……!?」


 いきなり何を言い出すのか。俺は絶句してしまうが……当の海老沼は、至って真面目なようで。


「どうなんだ?」

「どうなんだって言われても、この前も言っただろ……。俺はあいつに恋愛とかそういう感情はないよ。何年一緒にいたと思ってんだ。とっくの昔に何も感じなくなったよ」

「たとえお前がそうであっても、向こうがどう思ってるかは分からないだろ?」

「そりゃ、まあ、そうだが……」


 100%と言えないだけで、限りなくゼロに近いと思うのだが、海老沼はなぜかしつこく確認してくる。

 まるで、告白前に自信をつけたい男子のような──


「お前、まさか──」

「俺の友達がな、舞原のことが気になってるらしくて」

「……そういうことかよ」


 俺はため息をついた。

 ──お前が舞原と付き合うなんて事態になると、HDの練習の時にめちゃくちゃやりにくくなるだろうが。

 俺は心中で胸を撫で下ろし……、

 撫で下ろし?

 なんで俺は、安心しているのだろうか。

 俺は、不安になっていたのか?

 もし、海老沼が舞原のことを────だったら。

 俺はどうしたのだろうか。

 俺は応援できたのだろうか。

 いや、今までだって夏乃のことが気になってるなんてヤツは山ほどいた。そういうヤツは決まって俺のところに来たからたくさん知ってる。対処法も変わらない。軽くアドバイスをして、それで終わり。夏乃は告白を気持ちには応えず、俺たちは今まで通りの日常に戻っていく。海老沼がいくらカッコいいヤツだからといって、学校中の女子が注目する男子だからといって、俺たちの日常にはなんの支障もない──はずだ。

 夏乃に彼氏ができると、これからの送り迎えやリハビリの付き添いの役目もきっと終わってしまう。そんな今の日常が失われるのが、若干寂しいだけなのだ。

 第一、言っていたじゃないか。「友達が舞原のことが気になってる」と。その友達には悪いが、夏乃はきっと応えない。今までがそうだったからなんとなくそう思うという、漠然とした理由でしかないが。

 だから、不安に思うことはない。


「まあ、夏乃はモテるからな」


 俺は努めて平静に言葉を紡いだ。変な誤解を招いても面倒なだけだから。


「だよなあ、すげえ可愛いよ、舞原……」

「……」


 海老沼の視線の先、女子の集団に囲まれるようにして一緒に食事をとる少女。昼休みになると、仲の良い女子が夏乃を車椅子に乗せて中心まで運んでいくのだ。昔とは一変して、病弱なクセに天真爛漫な性格になり、底抜けに明るい夏乃はクラスメートの受けも良い。俺みたいな日陰者とは違い、日向に生きている。

 今日もひまわりのような笑顔を咲かせて、クラスメートと談笑している。確かに、夏乃の周りだけ一段と光り輝いているように感じられた。長い黒髪がセーラー服に良く似合っている。

 ふとそこで、俺たちの視線に気がついたのか、夏乃がチラリとこちらを見る。俺たちは一瞬硬直するが、夏乃はニコリと笑って手を振ってきた。


「おああ」


 今のは海老沼の声である。

 なんだその呻き声は。


「すげえな……こりゃあ……」

「そんな攻撃力あったか?」

「攻撃力なんてもんじゃねえな、ザキだあれは。即死だ即死」

「人の笑顔をザキスマイルと評するのもどうかと思うがな……」


 まあ、可愛くないとは言わない。ああいう行動に慣れてない男子はコロッといくのだろう。俺は日常茶飯事なので、この程度では全然動じない。メラゾーマ程度のダメージである。


「浪川も顔が赤いぞ?」

「火のダメージを受けたからな」

「はぁ?」


 何を言っているんだという顔で見られたが気にしないことにする。


「ああいうことを平気でしでかすヤツだからな、海老沼も注意しろよ」

「ああ、恐ろしい女だぜ」

「ちょっと」


 そこで不意に声がかかる。夏乃ではない。だが、俺はその女声を知っていた。


「なんだよ、姫宮」

「こっちのセリフよ。あんたたちこそ、こっちをジロジロ見てなんなの?」


 腰に手を当てながらショートヘアを揺らしてぷんぷん怒るその女の名前を、姫宮凛子ひめみやりんこといった。クラス替えを経ても同じクラスになってしまった、去年からの付き合いの級友である。


「いや別に、何もないが」

「何もないなら人をジロジロ見るのはやめなさい」

「迷惑はかけてないだろう?」

「そういう問題じゃないわよ!」


 この女はいつも俺に怒っている印象がある。この一年と少しで、まともに会話できた記憶があまりない。


「遼! あんたもよ! その気持ち悪いニヤニヤ顔を今すぐやめないと顔の形を変えるわよ」

「おお、怖え怖え」


 海老沼はおどけながら席を立ち、俺を置いて自分の席へ退散していく。

 姫宮凛子。

 ショートヘアで健康的、遼──はもう違うのかもしれないが、姫宮は陸上部所属で今も高跳びの選手だ。姫宮は夏乃の大親友で、バーターの俺とも絡むことは多い。高一の時、輪に入っていけるか不安そうにしていた夏乃をいち早く仲間に引き入れたのも彼女で、根はとても良いヤツだ。俺に突っかかってくるのはいつも夏乃と一緒にいるからなんだろうと思っている。別に変な意味ではなく、姫宮は夏乃のことが大好きなのだ。俺もそれを、嬉しく思う。


「ったく、遼のヤツは……。可愛い女の子を見るといつもああなんだから」


 そんな愚痴を零しながら、半顔で逃げ去った遼の背中を睨む姫宮。

 ちなみにこれはこの間聞いた話なのだが、海老沼と姫宮は幼馴染らしい。海老沼の影響で姫宮は陸上を始めたらしいのだが、先に引き込んだ本人がやる気をなくすという事態になり、姫宮は呆れ交じりに「飽きっぽいのはいつものことだから」と嘆いていた。ということで、このクラスは幼馴染密度が高いのである。

 まあ、そもそもここは人口3000人程度の島である。同年代に二、三人幼馴染がいるのはなんら不思議ではないのだ。


「なんか、お母さんみたいだな」

「おかっ、……なっ!?」

「フラフラどこかへ行ってしまう息子にやれやれと嘆息するお母さんみたいだ。確かに、目が離せなくて手間がかかる息子だよな」

「私はそんなに老けてないっ!」


 このように、姫宮は非常にからかい甲斐がある女なのである。


「私はそんなに老けてない……老けてないわよね……?」


 女子高生がなに不安になってんだ。


「老けてねえよ。むしろハリハリのツヤツヤだよ」

「え、ぁ、そ、そうかしら? まあ、そうね、その通りだわ、うん……ふふふ」


 気持ち悪い笑顔で「今日は気分が良いのでこれくらいにしておいてやる」とアニメの悪役のようなことを口走り女子たちの輪の中に戻っていった……と思ったら。

 代わりに夏乃が車椅子のタイヤを回してやってきた。


「蓮太少年」

「な、なんでしょうか」


 やけに低いトーンで、そして心胆を寒からしめる形相で言った。


「随分楽しそうにしていましたね?」

「いや、まあ、姫宮は面白いヤツなので……」

「ふうん」

「からかい甲斐があって、楽しくて……」

「へえ」

「そこに他意はなくクラスメートとの善良な交友の時間であったと自負しております……」

「私の親友で遊んで、楽しいんだ?」

「ぅひ」


 思わず人間のものとは思えない音声が喉から発せられた。


「ご友人の姫宮凛子さんもまんざらではなさそうな顔をされておりまして……」

「…………………………なら、まあいいや」


 俺は安堵のため息を隠すので精一杯だった。夏乃も夏乃で姫宮のことが大好きなのか知らないが、姫宮とこうして絡んでいると時たま咎めてくる。


「舞原、車椅子に座ってるのに凛子より迫力があるな……」


 いつの間にか戻ってきていた海老沼が感想を述べる。俺もそれに首肯し、


「日本は昔からそうなんだよ。この構造は何百年と受け継がれてきたものなんだ、きっと」

「ああ、そうだな。その通りだ──」


 俺たちは顔を見合わせ、口を揃えて言った。


「「女って怖え」」

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