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第4話 根っからのハイドリア・ダンサー

 色とりどりの鱗を持つ魚たちと、草原のように広がる珊瑚。母なる海は今日も静かに、優しく俺たちを包み込んでいる。

 現在いる地点の深さは約20m。水面で乱反射した光が、海底というスクリーンに映し出されて揺らめいている。透明度が高いおかげで、辺り一帯に広がる青の世界を鮮明に描き出していた。


「不思議だよな、海の中で声が聞こえるのって」


 海老沼が辺りを見回しながら呟く。

 これにも因子の共鳴によってリアクター間のみ音声の伝達が成立しているという理屈は存在しているが、要は「海の中でも声が聞こえる」ということが分かっていればいい。海老沼がいちいち不思議そうにしている様子が面白いので、そのままにしておくことにした。

 キョロキョロしている海老沼は放っておいて、俺たちは慣らしも兼ねて軽く動き回ってみる。夏乃や俺は慣れたものだが、初心者の海老沼は……


「ん、うおおおおおおおおおおおお!?」

「岩とかにぶつかると普通に痛いから気をつけろよ」


 見事なまでに、初心者にありがちな光景を生み出していた。

 因子は思った以上に反作用がある。ほんの少し方向転換しようとするだけで体が滑るように回転してしまったり、前に進もうと水を掻いた瞬間ロケットスタートを決めてそのまま彼方へ消えていく、なんてこともある。

 例に漏れず、海老沼はあっちへ吹き飛びこっちへ吹き飛び、ロケット風船のようになっていた。


「落ち着いて! 手足を広げて大の字!」


 夏乃が声をかけると、「おっ、おっ、」とオットセイのような声を上げながら海老沼が減速する。


「水の流れに逆らうように因子を広げれば、抵抗が大きくなって減速するよ。逆に、進行方向に因子が少なければ少ないほど抵抗が減ってスピードは上がる。まずは自在に動けるようにならないとね」

「なるほどなるほど、そういうことか」


 夏乃に軽くコツを教えてもらった海老沼は、持ち前のセンスなのか、みるみるうちに動きが良くなっていった。


「驚いたな。本当に飲み込みが早い」


 俺が素直な驚嘆の声を上げると、


「まあな。昔から体を動かすのは得意だからな」

「さすが陸上準優勝だ」

「一番じゃないけどな」

「……?」


 海老沼は一発宙返りを決めて、「よし、たぶんもう大丈夫だ」と満足げに頷く。


「そのハイドリア・ダンスってスポーツのルールを教えてくれないか?」

「ん、ああ」


 俺は海老沼の要望に応えて、HDのフィールドに案内する。この一帯の海底の構造は全て覚えているので、HDのフィールドへも容易にたどり着けた。


「ここだ」


 海底が珊瑚から砂に変わっていく。平坦な砂の地面に変わりきったところで、ようやくHDのフィールドが見えてきた。

 海底に敷設された円形の装置と、点数を表示する機械。これがHDの舞台となるフィールドである。夏乃が電源を入れると、ブウンと水の震える音がするとともに光の柱が天に向かって伸びた。海底ケーブルから電気を引っ張ってきているので基本的に置きっぱなしで使えるのだ。


「これがHDのフィールド?」


 物珍しそうに装置を眺める海老沼。円周上に等間隔で配置された光源装置が空に向かって黄色のレーザーを放ち、まるで海の中に鳥かごができたかのようだ。


「それじゃあ、まずは私たちが模擬戦をやってみるから見ててね」

「お、おう」


 海老沼は海底に降り立って腰を下ろす。

夏乃が「リング」に入り、俺もその後を追う。海底から五メートル。ここが、スタート位置だ。


「ハイドリア・ダンスってのは、簡単に言えば相手をこのリング──直径20mの円から弾き出すスポーツだ」

「そう! こうやって相手を弾き出すと……」


 突如として、夏乃が高速で迫る。


「え」


 体を回転させ、遠心力を得た左腕が……クリーンヒット。


「だあああああ!?」


 バシィィイッ! と、因子同士の衝突により反発が起きる。それはそれは綺麗な軌跡を描いて吹き飛ばされていく……。

 体全体が完全にレーザーを超えた瞬間に、ブザーが鳴って相手の得点表示に一点追加される。


「これで1ポイント! あと、海底に触れさせても1ポイントになるよ。この点数を競い合って──」

「でい」

「えあああああ!?」


 浪川蓮太、会心の跳び蹴りが夏乃を襲った。


「このように、リング外に出たらテンカウントで復帰しなければなりません」

「蓮太ああぁぁぁぁぁぁ…………」


 飛んでいく夏乃が何か言っている気がするが聞こえない。


「ちなみにさっき夏乃が説明し損ねたが、海底でポイントが入った場合、点数を得た選手は海底から10mのラインまで後退しなきゃならない。でないと連続でポイントが入ってしまうからな。まあ、基本的にはこれだけだよ。掴むとか押さえ込むとか、そういう『弾く』以外の手段は反則。そうやってポイントを重ねながら、五分×四クォーターやり合う。簡単だろ?」

「蓮太ぁぁぁぁあああああッ!」

「甘い」


 意趣返しの突貫を躱す。躱したのだが──


「まだまだッ!」


 夏乃は両足を揃えて水を蹴る。

 瞬間、まるで滑るように夏乃の体が方向転換していく。

 因子の反作用を完全に理解しきった鋭角ターン。

 一瞬で前後を入れ替え、数多の戦局を逆転させてきた十八番。

 あまりに美しいその泳ぎ方から名前が付けられた、夏乃独自の技術アーツ



 ──『ドルフィンターン』。



 夏乃が『人魚姫マーメイド』『リング際の魔術師』などと呼ばれる由縁である。


「おまっ──」


 刹那の内に背後を取られ、背中にぐんっ、と衝撃が走る。気が付いた時には猛烈な勢いでリング外へ。再びのブザー、そして容赦なく得点が追加される。


「やってくれたな、夏乃……」

「2-1だね」

「ぐっ……ひ、卑怯だぞ!」

「悔しければ反撃すればいいじゃない?」


 優雅に手招きする人魚姫マーメイド


「……やってやる、今日こそやってやる、海の藻屑にしてやる」

「あらあら……男は野蛮だから嫌だわ」


 わざとらしく頰に手を当て挑発してくる夏乃。

この野郎、海の中だとイキイキしやがって……。


「行くぞ夏乃ッ!」

「よっしゃいつでも来いッ!」


 そして突発的に始まった練習試合。俺たちは、もう何度目か分からない練習試合に意識を研ぎ澄ませていく──────。


☆★☆


「あの~……」


その横で途方にくれる男、一人。

海底に腰を下ろし、激しくぶつかり合う二人を見ながらため息をつく。


「俺のこと忘れてね?」


本日の主役だったはずの男──海老沼遼は、二人だけの世界に突入してしまった浪川と舞原に置いていかれ、完全にのけ者にされていたのだった。

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