第16話 可能性
石上さんの言葉に嘘はなかった。二回戦で当たった相手も、俺を研究しているのが分かる動きをしてきたのだ。連続攻撃系の俺にとって厄介なのは、遼のような防御が固く弾きにくい相手だ。手数で勝負するスタイルは、臨機応変に対応できる反面防御力の高い相手だとその影響を強く受けてしまう。二回戦の相手は、まさにそれだった。
ガッチガチの全防御型スタイル。攻撃する気がないのかというほど守りまくってくるその男は、分厚い因子の壁に守られながらチクチクと反撃をしてきた。
だが。
この程度、遼に比べれば大したことはない。
まず明確な問題点として、防御を固めるあまり攻撃がおろそかになっている。遼はそれをブチヌキという超絶破壊力の技術でカバーしていたが、このプレイヤーにはそれがない。ただ固いだけの相手など、悪いが単なるサンドバッグである。容赦なく攻撃を浴びせかけて、試合は決した。
二回戦突破。
続く三回戦。この相手が曲者だった。
まず、戦い方が荒い。この男は、まるで暴れ馬のように手足を振り回し、滅茶苦茶な攻撃を仕掛けてくる。そういう理屈のない攻撃というのは予測できない分、一番避けにくい。紛れ当たりで失点するシーンが何度かあり、冷や汗をかかされた。最終結果だけ見れば、このプレイヤーが一番危なかっただろう。決勝までの試合の中で十点以上点差が離れなかったのはこの試合だけだった。
まあ、17-8なのだが。
三回戦突破。
☆★☆
そして、四回戦。個人的にはこの選手が一番戦っていて楽しい相手だった。
「コンニチワ、日本のプレイヤーさん」
腰まで届く美しい金髪に、何より日本人離れしたプロポーション。鮮やかな真紅の水着を見事に着こなしている。
ひらひらーっと澄まし顔で手を振ってきたその少女の名は、来栖アリサ。十七歳で同い年ということだが、恐ろしいほど足が長く、吸い込まれるほどまつ毛が長く、失神するほど胸がでか──観客席の方から強烈な死線、じゃなくて視線を感じるのでここで終わりとさせていただく。
というのも、日本人とのハーフだそうで、母親の実家がこの七鳴島にあり、今回は長期休暇を利用してドイツからはるばる遊びに来た──ということ今全部水無瀬さんが実況している。
「毎回この長い前置きをやるのかしら……」
「あはは……。まあ何はともあれ、ようこそ七鳴島へ。珍しいな。HDプレイヤーは基本的に地元民か、この周辺の島くらいしかいないから」
「そうね……。この島はいいわ。ロシアと違って暖かいし」
髪を振り払いながら、流暢な日本語で答える来栖さん。
「……ん?」
そこで、俺は違和感に気がつく。
「君、この夏に長期休暇で七鳴島にきたって言ったよね?」
「そうよ。それが何か?」
「ちなみに、HD歴は……?」
「半月」
「半月!? いや、待て。だってこれは、四回戦だぞ?」
「何? 不正でもしたっていうの? 私は実力でここまできたのよ!」
プンプン怒り始めた来栖さんは、なぜ自分がここまでこれたのか──その理由を明かした。
「アタシ、小さい頃からシンクロやってるから。多分、レンタ──あなたより長く水の中にいるわ」
シンクロナイズドスイミング。俺はそれを聞いて先ほどから抱いていた疑問が解消されていくのを感じた。
まず、競技歴の割に非常に安定した立ち姿。半月で辿り着けるものではないと感じていたが、シンクロをやっていたということで納得した。この自信に満ちた表情もきっと……いや、これは性格か。
シンクロナイズドスイミングも、AHF技術の台頭で大きな影響を受けた競技だろう。最初は批判もあったようだが、競技の中にAHF技術が取り入れられてルールが大幅改訂されている。水泳などと並んで最も様変わりしたスポーツだ。
「なるほど、どうりで。てか、君も俺のこと知ってるのか」
先ほどのやり取りに俺の名前が出てきたことに突っ込んでみると、
「あなた、あの動画に出てた男の子でしょ。一発で分かったわ」
「ああ、アレを見たのか」
「そう。なんたってアタシはアレを見てHDに興味を持ったんだから」
あの動画が撮影されてからかなり時間が経っているし、俺もだいぶ成長したはずなのだが、どうやら一発で見破られてしまったようだ。それにしても、あの動画にチョイ役として端っこの方に出ている幼少期の俺から、よく同一人物と断定できたな……と、俺は感心した。
「──そう。アタシは、マイハラナツノと戦うためにここに来たのよ」
そこで発せられたセリフに、俺はこの少女の本気を感じ取った。その思いを、痛いほど理解することができたから。
「だから、レンタ。悪いけどあなたにはここで負けてもらうわ」
「……お前もあの女に魅了されたクチか。分かるぜ、分かるからこそ……負ける訳にはいかないが」
そろそろ試合開始だ。俺達は開始位置につく。
『さあ、いよいよ準決勝第一試合が始まります! ここまで怒涛の勢いで勝ち上がってきたダークホース来栖アリサか、それとも圧倒的な実力でここまで一度もリードを許していない『青鮫』こと浪川蓮太か! カウントダウンです!三、二、一──』
深呼吸し、そして。
『スタート!』
鳴り響くブザーが、海を震わせた。
☆★☆
第一クォーター開始。まずはなんの情報もない来栖さんの戦型を確認して、対策を──
などと、考えていると。
「遅いッ!」
それはそれは見事なライダーキックだった。飛んできた右足は避ける間もなく俺の胸の真ん中を直撃し、俺はぶっ飛ばされた。そして。
『ブザーが鳴った──────ッ!! まさか、まさかの展開! 浪川選手、今大会初めて先制点を奪われましたッ!!』
速い。ただただ、速い。
洗練されたフォームは水を最高効率で捉え、瞬時に爆発的な速度に転換する。もちろんこんなもの、HD初心者の動きではない。俺も、夏乃でさえ、きっとこんな速度は出せない。それはひとえに、長年水に慣れ親しんできた経験が成し得た業であった。
まるで妖精のように優雅に。されどその一撃は神速を超える。
シンクロという別領域からやってきた化け物が、ここにいた。
「あら、言ってなかったかしら。アタシ、シンクロのロシア代表なのよ。結構すごいでしょ?」
「……やってくれたな」
穏やかな微笑みの裏に感じられる確かな戦意に、俺は冷や汗を拭った。
「こりゃあ、温存なんて言ってる場合じゃないかもな」
俺は脳内に思考を巡らせる。この感覚、もはやシャークレイドを温存していられる状況ではない。旧型は惜しみなく使っていく。だが新型シャークレイドは、できればまだ使いたくない。これがないと、おそらくここで勝っても決勝で負けるからだ。
「──よし」
俺は素早くリングに復帰、中心付近で待ち構える来栖さんに強打を当てていく。そしてここから、シャークレイドに繋げて──
「────ッ!?」
強打を当てたはずの来栖さんが、視界にいない。緊急事態だと判断した脳が、思考する前に反射的に上方へ回避する命令を出す。結果的にはそれが功を奏した。
「チッ、これを避けるのね」
その攻撃は、真後ろから来ていた。数瞬前まで俺がいた空間を来栖さんの一撃が通り過ぎていく。少しでも判断が遅れていたらもう一点失うところだった。
──あの一瞬で体勢を立て直し、俺の真後ろへ回ったっていうことか?
だとすれば、速すぎる。本当に人間なのか、この女は……。
「お前の前世、魚か何かだろう」
「失礼ね!? きっと人間よ!」
対峙し、隙を伺う二人。速度では完全に負けているこの状況から、勝ち筋を探していく。
「……はは」
まさか、夏乃や遼以外にもこんな心躍る戦い見せてくれるプレイヤーがいるとは。嬉しい誤算だ。
「行くぞッ!」
俺は昂ぶっていく感覚に身を任せて攻撃に移った。
常に警戒していればなんとか目で追えるが、それでもやはりとんでもないスピードだ。高速で旋回する来栖さんに追随しつつ、切り返しからの攻撃をギリギリで躱していく。
「上手いわね……」
「こっちのセリフだ」
来栖さんの速度特化スタイルは、俺達が必死になって試行錯誤を繰り返している技術など一切介在しない力押しだ。ただただ速いから、ただただ強い。圧倒的な武器があるからこそ、小手先の技は必要ない。化け物は、無理を通すからこそ化け物なのだ。
「……よし、見えてきた」
だが、次第に目が慣れてくると俺の攻撃が速度中毒を捉え始める。一点返し、同点。二点返し、逆転。
「くっ……」
焦りを見せ始める来栖さん。このままでは負ける──そう考えた来栖さんが取った行動がまた、とんでもなかった。
「もっと……もっと……速くっ!」
独り言が聞こえたと思った、次の瞬間。
来栖さんの姿が、ブレる。
「──っ」
思考する間もない。さらに速度を上げた来栖さんが、目の前に迫っていた。
バシィッ、という衝撃。体が後方へ流されていくのを必死で耐える。ここまで速度特化にしたリアクターは通常威力が落ちるのだが、来栖さんはそれを勢いで補っている。抗いようもなく、俺はきっちりリング外まで弾かれていた。
「……まだ、速くなるのか」
──この女、大分ヤバいな。
俺は改めて覚悟を決め、自信満々に髪をかき上げる少女に相対した。
第一、第二クォーター終了時点、得点は11-11。同点での折り返しとなった。
☆★☆
その少女は、直面した全ての問題に対して「速さ」と回答した。回避が間に合わなければより速く逃げる。攻撃の威力が足りないならより速く撃ち込む。相手の方が技量が上ならば、より速く動き、翻弄する。
──恐ろしい少女だ。
そう、彼女は恐ろしいポテンシャルを秘めたダイヤモンドの原石だ。まだ技術のひとつも知らない、無限大の伸びしろを感じさせる少女。俺は戦慄した。恐怖に似ているが、心の底には不思議な高揚感がある。きっとこの少女もまた、まだ見ぬ輝きを見せてくれる。ただ、今回はきっと少し時間が足りなかったのだ。
「まだ、まだやれる……ッ!」
抗っていた。
「アタシは、まだ……ッ!」
差し迫るタイムリミットに、広がり始めた点差に、覆しがたい経験の差に、来栖さんは抗っていた。
第四クォーターに入り、ついに少女のは進化の限界点に達した。地力の差がそのまま結果に現れていく。
「ぁ、ぐ……ッ」
俺は決して手を抜かなかった。それは懸命に抗う少女に対しての誠意であった。
「アタシは、頂点に立つ女……」
その時だった。
揺らめく金色の前髪の隙間から、鋭い視線が俺を貫いた。
「勝って、勝って、勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って勝って────」
激しい感情が水を震わせ、俺の心に届いてくる。
「マイハラナツノを倒して、アタシは頂点に立つんだッ!!」
異様なまでの勝利への執着心だった。
それは、どこか彼に似ていて。
俺は、心の奥底から熱が湧き上がるのを抑えきれなくて。
どうしようもない興奮が、全身を満たしていく。
「だから──レンタ、アタシはあんたを超えていくッッッ!!!!!!」
「受けて立つッ! 全力でこい! 見せてくれ……限界のその先をッ!」
そして。
少女は自らの限界を突破した。
金色の尾を引き、少女の一撃は光の矢と化した。俺の目から見たら、それはもう一つの固有技術だった。
全身のバネを一気に爆発させ、瞬間的に自らの限界をも超える速度を叩き出す。名付けるならば、そう──
『ライトニング』。
ただただ速度を追い求め続けた少女の辿りついた極致だった。
姿を見ることも叶わなかった。回避など、言うに及ばず。光の矢は俺の胸の中心を貫き、なす術もなく、俺は吹き飛ばされた。
超速で流れる視界。その中で俺は、胸の高鳴りを感じていた。
──この少女は、HDの可能性だ。
たった一点。試合をひっくり返すほどの得点ではなく、勝敗は動かない。
だけど、
あと一クォーターあれば負けていたかもしれない。
あと半月早く彼女がHDと出会っていれば、結果は変わっていたかもしれない。
そう。この一点は始まりだ。
限界を超え、負けてなお清々しい表情で笑ってみせたあの少女の最後の一点は、きっと何よりも尊い一点だ。
──最終結果、22-18。
試合終了のブザーが鳴るとともに、観客席から爆発的な歓声と拍手喝采が巻き起こった。




