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第15話 きっと誰もが海を愛しているから

「今年もこの時期がやってまいりました! 七鳴島ななきじま公認ハイドリア・ダンス大会! 海の中で実況できる時代、素晴らしいですね。去年に引き続きこの私、亀ヶ岡高校二年の水無瀬深鈴みなせみすずがお送りしま────すッ!」


海は大変な賑わいを見せていた。試合を行うリング四つと、それの横に特設された観客席。観客席はAHF技術の応用によって、海の中に空気のある空間が作り出されている。

 これは昨日一日を使って準備されたもので、四方に設置された巨大リアクターから因子が放出されている。こうすることで、何百人も入ることのできる天然の水族館が生み出されるのだ。

視界を360度埋め尽くす絶景に、初めて来る人は驚愕する。もちろん、この島の人間は全員見慣れてしまっているが。

 現在観客席は半分ほど埋まっており、中継の水中カメラが試合前最後の調整をするプレイヤーたちを映している。この映像は海岸にあるスクリーンに投影され、ローカルテレビで生放送されている。今年は特集で大手テレビ局のカメラも入っているらしく、もうお祭り騒ぎだ。


「すごいことになってるな……」


 選手用の休憩スペースで軽食を食いつつ、海老沼の呟きに言葉を返す。


「毎年こんな感じだぞ。何せ、七鳴島ななきじまで夏祭りより盛り上がるイベントはこれしかないからな」


 島の内外から集まった人々がひしめき合い、練習中のプレイヤーを見て驚いたり、感心したり、様々な反応を見せている。島で生きていると海が身近すぎて気が付かないが、(リアクターがあるとはいえ)人間がここまで自由に海を泳いでいる光景は異常なのだ。それは反水圧適応因子アンチハイドロファクターの発見から十年近く経過した今でも、変わらない。


「おはよー」


 振り返ってみると、防水バッグを片手に、水着の上からパーカーを着た凛子が手を振っていた。


「おはよう。来たんだな」

「そりゃあ、ね。見届けない訳にはいかないから。それで、ナツはどうしたの?」

「あそこ」


 俺が指差した先には、少女が一人海を漂っていた。

 完全に脱力して海に身を任せている。静かに、しかし確かな存在感を放ちながら佇むその姿に、周りの選手も近づくのを躊躇っているようだ。


「集中してるな、怖いくらいに」


 海老沼が夏乃を見ながら言う。凛子も隣に座りつつ、頷いた。


「どうなの、実際のところ。私も試しにやってみたから分かるけど、海での夏乃って……ちょっとおかしいわよ。あんなの、普通の人間が対抗できるものじゃないと思う」


 夏乃とHDをやってみてその異常さを理解したという凛子。確かに、海での舞原夏乃は『ちょっとおかしい』。まるで海で泳ぐために生まれてきたかのように自由に飛び回り、誰も寄せ付けない実力で頂点に君臨する。HDプレイヤーは海に魅せられた熱意ある選手ばかりだが、多くは大会で優勝しようと思っていないだろう。生みの親、元祖にして最強、公式戦無敗の人魚姫マーメイドに挑もうという気が、そもそも起きないからだ。初戦から夏乃と戦う相手は不幸を嘆いていることだろう。

 だけど。

 それでも。

 俺だけは、負ける気が一切ない。周りが畏敬とともに舞原夏乃の勝利を幻視したとしても、俺だけはもう諦めない。勝つと決めて、俺は今ここにいる。


「そろそろ始まるな」


 開会式は海の中、閉会式は陸に上がり砂浜で行われる。俺たちは海へ出て、観客席の前に用意されたお立ち台の周辺に集まる。そこに現れたのは、海パンにアロハシャツ姿の男性。夏乃の父であり市長の舞原慎二さんだ。


「ハイドリア・ダンスというスポーツが生まれて、何年かの月日が経ちました。単なるじゃれ合いから生まれたこのスポーツは、今確かに七鳴ななきの地に息づいています。これも、君たちプレイヤーがいるからこそ。まずは、ありがとう。そして、これからもハイドリア・ダンスを頼みます。これからスポーツが発展していくかどうかは、君たちにかかっていると言っても過言ではない。だからこそ、今日という一日を全力で楽しみ、そして大いに競い合ってほしい。それこそがきっと次の風を呼び込むきっかけとなるのだと、私は考えています。それでは──」


 市長は、声のボリュームを一段上げ、宣言した。


「今ここに、七鳴島ななきじま公認ハイドリア・ダンス大会開催を宣言します」


 口上を終え、一礼して下がる市長──そして、拍手喝采。

 多忙である夏乃の父と話したことはそれほど多くないが、本当に島の発展を願っているのだということはいつもひしひしと伝わってきた。

 そして、実況にバトンタッチ。いよいよ試合が始まる。


「さぁて! 再び私ですよ! みんな、ハイドリア・ダンスは好きか──────ッ!?」

『うおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

「海は、好きか──────ッ!?」

『うおおおおおおおおおおおおおおおっ!』

「夏休みの宿題は終わったか──────────ッ!?」

『おおおおおおおおおおお……』

「あ、はい。分かります。私も終わってないです。数学の課題を教えてくれるイケメンを募集しています」


 どっと湧き上がる笑い声。さすがという、実況の──水無瀬さん? は空気の掴み方が上手い。


『それでは気を取り直しまして、早速一回戦を開始します。番号1~8番のプレイヤーは、それぞれ指定されたリングに向かい、準備を開始してください』


 俺の番号は11。今から始まる1~8番の試合(第一ブロック)が終わり次第、試合となる。夏乃は27で、一回戦は最終ブロックだ。

 選手たちが準備を始める。俺はそれを眺めながら、次第に高まっていく緊張感を肌で感じていた。

 俺たちにとって、もはやこれは単なる大会ではない。

 もっと大切で、重い意味を秘めた大会だ。

 俺は譲れない思いを胸に抱き、青の向こうを見つめた。

 これから何が起きるのか、どういう結果が待っているのか、それは分からない。

 けど、きっと今までのままではいられないのだろう。

 夏は止まらない。前に進んだり、後ろに戻ったり、横道に逸れたり、時には立ち止まることもあるかもしれないが、それでも必ずどこかにたどり着く。

 俺たちは変わらなくちゃならない。ずっとこのままでいることはできない。夏は待ってくれないのだから。

 故に。

 俺たちは変わる。それが果たして良い方向なのか、もしくは悪い方向なのか、今はまだ分からない。

 ──でも、きっとそれは、今から試合が決めてくれることなのだ。

 海に魅せられた少年少女たちの戦いが始まる。様々な思いを秘め、それぞれの願いを胸に。

 八月二十日、午前十時。

 深き青に染まった青春の一ページが、今まさにめくられようとしていた。


☆★☆


 一回戦第二ブロック、第二リング。俺の相手は同じ高校二年生の女子生徒だ。相手の様子から察するに、どうやら俺のことを知っていようだ。


五河島いつかじま、猿渡高校二年の石上です」


 開始位置につくと、ご丁寧に挨拶をしてきた石上さん。知ってるっぽいが俺も一応名乗っておく。


七鳴島ななきじま、鶴海高校二年の浪川です」

「知ってる」


 ですよね。


「この界隈じゃちょっとした有名人だもん、あなたたち」

『あなたたち』とは、おそらく夏乃のことも含めてということだろう。

「あなたたちが高校生になるまで、HDプレイヤーの実力は完全に拮抗してた。全員経験が浅かったからね。でも浪川くんと舞原さんが高校に上がってきて、状況は一変した。随分と大会で大暴れしてくれたね?」

「いやあ、ははは」

「今から君たちと戦うHDプレイヤーは、みんな『浪川蓮太』と『舞原夏乃』を研究してきてるよ。もちろん、私もその一人」

「はは、は……」

「覚悟してね。去年みたいに楽に勝てると思ってたら、足元すくうよ?」


 HDの大会は現状高校生のみなので、俺たちは去年が初の公式戦だった訳だが、それが逆に鮮烈なデビューになってしまったようだ。よくよく周りを見回してみると、俺の戦い方を研究するつもりなのか、いくつもの視線が感じられた。

 ──これは、迂闊に技を出せないな。

 俺は内心焦っていた。

 優勝するなどと啖呵切っておいて、ころっと負けたら笑い者にされてしまう。かといって、こんなところで進化したシャークレイドを見せて対策を練る時間を与える訳にもいかない。

 できれば、アレは温存したまま決勝まで行きたい。他のプレイヤーには悪いが、今の俺には舞原夏乃しか見えていない。

 さあ、試合が始まる。

 身構える二人。

 そして、ブザーが試合開始を知らせた。


「──、」


 直後だった。速攻を仕掛けてきたはずの石上さんは、リング外へ弾き飛ばされていた。


「……………………は?」


 リング外で呆然としている石上さん。自分の身に何が起きたのか分かっていないようだ。

 簡単な話だった。突っ込んできた石上さんの攻撃を下に避け、そのままオーバーヘッドキックの要領で背中を蹴り抜いた。これだけだ。

 ──悪いな、手を抜いている余裕はないんだ。

 まずは、一点。

 だが、この一点は相当効いただろう。研究に研究を重ねてこの大会を目指してやってきたのに、開始数秒で先制点を許したのだから。


「ほんっとに、規格外……」


 焦りを隠せない様子の石上さんだったが……予想外に、その視線に諦観の色は見えない。


「最後まで抗わせてもらうからね」

「……ああ、もちろん」


 ──そうか。きっとこの人も、海が好きなんだ。

 挑戦的にこちらを睨みつける石上さんを見て、俺は思った。

 諦めるなどもったいない。最後まであなたと戦わせてくれ、と。

 俺が夏乃を見るときのような憧憬がそこにあった。きっと彼女だって、あの動画を見て海を知った一人なのだろう。俺や、舞原夏乃を目指してこの深き青の世界にやってきたのだ。

 ──ならば、その思いには応えなければならない。


「行くよっ!」


 そして。

 ──ありがとう、この海に来てくれて。

 俺は感謝の気持ちを胸に、水を蹴った。


☆★☆


「結局本気、出してくれなかったね」

「気付いてたのか」

「もちろん。去年のあの試合を見てたから分かるよ」

「そうか。悪いことをしたな」

「いや、いいよ。きっと君は、もう一度あの子と戦うことを目標にやってきたんでしょう?」

「ああ。この大会だけは、絶対に勝たなきゃいけない」

「去年のインタビューと言ってること違くない?」

「…………人は変わるんだよ」

「そっか。そうだね」

「……」

「来年もまた、戦ってくれる?」

「もちろん。いつだって、受けて立つよ」

「そうか。じゃあ、また頑張らないとね」

「待ってるからな」

「うん。……今日は、ありがとう」

「また会おう。きっとまた会える」

「来年が楽しみだね」

「来年……ああ、来年も戦おう。その次の年も、そのまた次も」


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