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「エルフ、ヒューマン。配合的にクウォーターヒューマンです」


 10分経って、人形が結果を吐き出した。暁さんは子どもを抱っこした状態で、人形のその音声を聞いていた。

 子どもはぐずることもなく、黙ったまま暁さんを見ていた。その表情には快も不快も見て取れない。暁さんのぎこちない抱っこでは、その反応は無理もない事なのだろう。


「クウォーターヒューマン?」


 暁さんが声を挙げた。無理もない。彼が血を絞るだけ絞っていたその耳は、普通のヒューマンとさほど変わらない形と長さだ。エルフの特徴とも言える長い耳は、その子どもの特徴としては無いものだった。


「……時々いますよ、年齢を重ねないと耳が長くならない混血は」

「………あぁ。詳しいんでしたっけね、貴方」

「それほどでは」


 それにしても、3/4がエルフというのに耳がヒューマンと全く変わらないというのも珍しい。種族を聞いて改めて子どもを見るも、ヒューマンの子どもそのものにしか見えなかった。


「個性と考えるだけですよ」

「ま、結果が間違いなければそう考えるしかないですしね」

「貴方の人形でしょう、間違いがあるとでも?」

「まさか」


 子どもを返される。俺の腕に戻ってきた子どもは、一瞬唇を引き結んだが―――にっこり、と表情を綻ばせた。

 その顔を見て、暁さんが心底悔しそうに表情を歪めていた。


「……ウチが抱っこした時は笑わなかったのに……!!!」

「意図しての笑顔じゃないですよ。新生児微笑ってやつです」


 その笑顔が俺と解っての笑顔でなかったとしても、若干嬉しかったので頭を指で撫でてやる。

 クウォーターヒューマンのその子どもは、もう笑わなかった。


「で、……その子はどうするんです」

「………」


 どうする。何を?そんなこと、今決められるものではない。

 少なくとも、この子を『こう』するまでは親にだって愛情があった筈なのだ。だからと、親を探すのは難儀なことで。クウォーターヒューマンなら、考えられる親の血筋はエルフとハーフエルフだ。その夫婦を探すことも、この国では少し難しい。自由を謳うこの国は恋愛も自由だ、種族無視の恋愛なんて掃いて捨てるほどあるのだ。


「……暁さんだったら、どうします?」

「……ウチだったら……そうですね、ウチには子育て経験がないので、施設ですかね。……ウチが育てるより、生存確率が上がりそうだ」


 そう言いながら、子どもの頬を指でつつく。弾力のあるぽよぽよした頬が、指の形にくぼみを作る。

 普通だったら施設にでも預けるべきなのだろう。……施設出身の知り合いも、一人二人ではない。そういう国なのだ。しかし、それは自分には選べそうになかった。


「……数日、様子を見てみます」

「育てるつもりですか?」

「数日だけです。……親が名乗り出れば良し、そうでなかったら―――」

「ぁあー」


 声にならない音を漏らす子ども。

 そう、たった数日。数日だけなら


「……その時、考えます」


 情が生まれる前に、手放せる気がしていた。




「……まぁ、数日だけなら何とかなる気がしたんですがね……」

「んぎゃあああああ、ぎゃああああああああああ!!!!!」


 その日の夜中、予想していたとはいえ深夜に絶叫で起こされた。

 時刻は深夜一時。のそのそとミルクの準備を始める。哺乳瓶は調達できなかったので、使用する道具は今回もスプーンだ。


「……くっそ眠い…………」


 独り言として呟きながら、人肌に温めたミルクを器に注ぎ、世界の終わりと泣きわめく子どもを抱き上げた。

 瞳に大粒の涙を溜めて、小さな体のどこから出るのか解らない大音量の絶叫を挙げながら、可愛くない声に急かされてスプーンを口に運んでやる。


「ん、んぐ、んぐっ」


 あまり上手とは言えない飲み方。それでも必死で、一所懸命で、目を見開いている。

 舌をちろちろと出して、なんとか一杯目は飲み終えたようだった。二杯目を差し出すと


「ぐぶっ」


 噎せた。


「ああもう、下手ですねぇ」


 抱きなおして、背中をトントンと叩く。口端から飲みきれなかったミルクが零れる。

 こんな夜中に何やってるんだ、俺―――そう頭に過るものの、目の前の命はこちらの考えなど関係ない。


「おんぎゃあああああああああ!!」


 肺活量強いなお前。口から出そうになる嫌味は子どもには通じない。飲み込んでからミルクを飲ませるためにまた抱きかかえる。次の匙は上手に飲んでいた。


「………名前」


 三杯、四杯。もう噎せることはなく、用意したミルクがどんどん減っていく。勿論時間がかからない訳ではないので、気付けば窓から見える月の位置が変わっていた。

 ミルクが半分くらい無くなった所で、子どもの目が少しとろんとしてきたようだった。


「…………『ディラ』」


 子どもの瞼が、落ちる。


「『穏やか』という意味です。……今の貴方は少し元気すぎますからね」


 瞼が上下重なって、静かな呼吸音が聞こえ始めた。


「ですから、俺を少しでも長く寝かせてくださいよ。……ディラ」


 これは仮の名前だ。自分にそう言い聞かせた。

 眠る赤子を、もう『子ども』と呼ばなくて良くなる。代償は、少なからず情が生まれてしまうことだ。


 名前を何故それに決めたのかは、眠すぎて覚えていない。

 ただ、名付けに込めた想いだけは忘れることは出来ないだろう。

※新生児微笑は『生理的微笑』とも呼ばれ、『身の回りの者に自分に対する庇護欲をかきたてるため』のものだと言われています。そんなん関係なく可愛いです


※このころの発声は『クーイング』、もう少ししたら『喃語』になります。発声の練習だそうです


※夜中でも三~四時間おきの授乳は新米ママさんには地獄です。季節によっては赤ちゃんが脱水症状起こしたりするので授乳・ミルクは大事です。もう少ししたら時間も空いてくるようですが個人差があります


※知っての通り子どもの名付けは大事です。産後ハイから正気に戻っても呼んで恥ずかしくない名前を付けてあげましょう

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