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 子どもは抱っこした腕の中ですやすや眠っていた。抱っこも長時間になるが今の所さして気にならず、今が好機と片手でサンドイッチを頬張っている。

 コバルトもウィスタリアも、腕の中のこの子をじっと見ていた。


「かわいいなぁー……」

「アクエリア、この子の名前って?」

「……名前?」


 そう言われて、はた、と気付いた。この子の名前はあるのだろうか。

 しっかり目を通していない手紙に書かれていたかもしれない。しかし、それは丸めて家の中で放り投げた。


「知りません」

「なんじゃそりゃ」


 隣に座ったウィスタリアは不満そうだった。しかし、こうなった経緯を話してあるのでそれ以上何かを言われることは無い。コバルトはコーヒーのお代わりを出しながら、カウンター内部の椅子に座る。


「ともかく、この子のお腹がいっぱいになったようですし……。俺は今から暁さんの所に行ってきます」

「……暁?」


 双子の表情ががらりと変わる。二人にとって、暁という人物は苦手な存在だ。


 階石シナイシ アカツキ。このアルセン王国の宮廷人形師である彼とも、少なからず因縁があった。最近は後継者に人形師の仕事を引き継ぎながら、引退の準備を進めているらしい。

 彼の『人形』は自分の意思で動く自動人形だ。主の命令は絶対で、主の仕掛け次第でどんな能力も有することが出来る。彼の人形の一体は、王国に住む種族の遺伝子情報の殆どを有している。その人形に、この子を見て貰いたかった。


「わざわざ暁ん所行かなくても……。子どもなんてどんな種族でも育て方は一緒なんだし」

「甘い」


 口を尖らせるウィスタリアに指を差し言い放つ。


「万が一、ヤギのミルク以外に何か飲ませなきゃいけないものがあったらどうします。種族ごとに必要な栄養は違いますからね」

「う」

「ヒューマンの子どもなら靴下は真冬の外出時以外要りませんし、正確な種族が解らないと服を何枚着せていいか解りません。汗をかかないからって犬の獣人に毛布を何枚もかける訳にもいかないんですよ」

「……耳も尻尾もないのに犬は無いと思うけど」

「例えばの話でしょう」


 でも、ともごもご言っているウィスタリアを放っておいて、子どもを抱きなおして立ち上がる。代金として払った紙幣は既にコバルトが回収していた。


「では、また」

「毎度」


 注文したものと比べれば、少々高い出費だったが仕方ない。

 最悪、この双子にも手伝ってもらうことになるのだから。




「―――分析開始、判定まで10分………」


そして暁さんと邂逅5分、俺は子どもの体を押さえつけるように抱いていた。


「んんんのぎゃああああああああああ!!!!!!」

「……すみませんねぇ、暁さん……」

「い……いいえぇ………」


 暁さんの工房は、歩きでもさほど離れていない場所にある。

 白髪の老人といった風貌の、柔和な笑顔を浮かべた男性が暁さんだ。しかし、この男の手によって子どもが大泣きしている。

 子どもの耳に小さめの絆創膏を貼りながら、甲高い子どもの泣き声に参っている様子の暁さんがこめかみを押さえた。


「久し振りなので失敗してしまいましたよ」

「そういう問題ではない気がしますが」


 どういう仕掛けかは知らないが、目の前にいる水色の髪の少女型の人形は、対象を見るだけで種族が分かるらしい。混血の場合は血が濃い種族を二番目まで教えてくれる。

 その判別にはほんの少しだけ時間がかかるが、暁さんはその間に『他に混じってないか調べましょか』と言った。

 よく考えず『ではお願いします』と言ったのが間違いだった。


 三番目以降を調べるのは人の手。その時、対象の血を直接調べる。

 赤子の血管はとても細く、採血は尋常じゃなく難しい。


 暁さんは

『ちょっと押さえといてくださいね』

 と言って、子どもの小さな耳たぶに傷をつけた。

 子どもは、その時はびくっと身を震わせて、少しぐずる様子を見せた。

『行きますよ』

 何を?と聞く間もなかった。


 暁さんは、その傷つけた耳たぶを思いっきり血が出るように絞り始めた。

 

 響く、響く、子どもの絶叫。

 まだ生後間もない小さな体で暴れるのを押さえながら、こればかりは心の中で平謝りだった。

 採取した血液は、少女型の人形によって分析が始まっている。さっき宣言された時間が経てば結果が出るだろう。


「っぐ、ひぇえあぁあえー」

「よしよし、もう大丈夫ですよ」


 まだぐずる子どもをあやしながら、声を掛けてやる。目を合わせれば、どこかその痛みを責めるような視線を向けられた。


「しかし、ウチが今更になって頼られるとは思っていませんでした」


 子どもを抱っこしながらゆらゆら揺れていると、感慨深そうに言う声が聞こえてきた。手に深く刻まれた加齢の皺は、自分が知っている彼の若い頃とは似ても似つかない。


「不思議ですね。ウチもアナタも、ずっと独身を貫いてきたのに、こんな形で赤ん坊に関わるなんて」

「……俺は子どもと縁がある宿命らしいですが。あと好きで独身な訳では無いので勘違いしないでくださいね」

「ちょっと抱かせてくれません?」


 その申し出に面食らった。この男は人間より人形と向き合う方が好きだったはずだ。だから宮廷人形師などという面倒な仕事をしているのだと思っていた。

 実際そうなのかもしれない。加齢が彼を変えたのか。


「……抱き方わかってますか」

「多分」

「じゃあ」


 微笑を浮かべて子どもを抱こうとする彼。その様子に子どもを抱きなおして引き離す。


「手を洗ってきなさい」


 採血した時に手を洗っただろう彼。しかし、そのまま抱かせるのが惜しくて再度の手洗いを命じた。

 案の定、彼は何か言いたそうにしていたが、大人しく手洗い場へと向かっていった。


 その背中が、やけに小さく見えた。

※人間の母乳にはビタミンKが含まれていないため、最近では赤ちゃんにビタミンKシロップを投与するそうです。欠乏性出血症などもあるので注意が必要です


※赤ちゃんは足の裏で体温調節するため、温度の調った室内であれば冬であっても靴下は不要と言われています

 手袋・靴下の使用は最小限に留めないと熱がこもるので気を付けてください


※犬は肌から汗をかかないで口と呼吸で体温調節します


※子どもの採血は本当に大変です。踵からであれ指先からであれ手の血管からであれ耳からであれ、採る側も押さえる側も神経を使い、親は子どものドエライ泣き叫びっぷりに修羅場です


※↑で『こっちは大泣きしているのに何でたすけてくれないの』と思う子もいるらしく、親御さんや保護者さんは別室待機の病院もあるそうです。それはそれで親御さん内心修羅場

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