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きらきらおめめに紅葉のようなおてて。
ふさふさでも短くて細い金色の髪の毛に、しっかり詰まっていそうな健康的な丸い頬。
あんよなんて掌で包み込んでしまえる。むっちりとしたふとももとふくらはぎは、例えて言うならボンレスハムかちぎりパン。
安心したようにすやすや眠る、瞳を閉じたその生き物は
「………ちょっと」
玄関先に、籐籠に入れられて、そこにいた。
「どういうことですか!!?」
思わず声を荒げてしまった俺は、独身歴=年齢のしがない青年だった。
「……どういうことなんだ…………」
今日通算35回目の溜息を吐いて、籐籠を持ち上げたまま途方に暮れている。
この家は森の入り口にある少しボロい木造の一軒家だ。近くには民家らしい民家はなく、誰も手を付けていなかった空家を自分で改築したもので、勝手に住んでると言われればそうなのだが、住み始めて10年経っているから今更何か言われても困る。
この家に誰か住んでいる、というのは近場の人間なら知っている。そこまで汚い家でもないので、もしかしたら知らない人間でも置いて行ったかもしれない。
アルセン、というこの国で、子を置き去りにという事件は珍しいが無い訳じゃない。それがまさか自分の身に降りかかる事件だとは露とも思っていなかったが……。
「……ん?」
籐籠と子どもの間に何かが挟まっていたのが見えた。下ろしてそれを手に取ってみる。
それは手紙のようだった。茶色の封筒の中身を出して読んでみる。
『―――――アクエリア様
どうかこの子を宜しくお願いします
手のかからない良い子です。どうか』
思わず手紙を丸めてブン投げた。
「バカかこいつは!!!」
脳味噌を置いて生殖能力だけ高くなったこの子どもの親に殺意が湧いた。大声と同時、子どもが丸い目をパチッと開いてこっちを見る。
「……ひぇ……………」
「げっ」
やってしまった。
みるみるうちに目と口が歪んでいく。泣きべそをかく唇がわなわなと震え―――
「っんみゃぎゃああぁあぁぁあああぁあ!!!」
「うわあああぁああ!!」
大声で泣き始めた。声は生まれたて……より、少し力強い。首が座ってないようだから二か月くらいか。元気なのはいいことで、この家が一軒家でご近所がいないことが救いか。
ひとまず首と肩を支える形で抱き上げ、横抱きのままゆらゆらと体を揺らす。しかし叫びは少し落ち着いたものの、未だ納まらない声と涙を浮かべた瞳は何かを訴えたそうにこちらを見ている。
「……お腹が空きましたか?」
「んあぁあー」
欠伸とも返事ともつかない声。ちいさな掌が顔に向かって伸びてくる。
小さな手には小さな爪がついていた。それは綺麗に切り揃えられていて、少なからず親の愛情を感じる。子どもの爪は薄く、小さいのですぐ伸びる(ように感じられる)ので、少しでも長いとそれで顔や耳といった箇所をすぐに傷つけてしまうのだ。
その掌を親指と人差し指で握り返し、籐籠の中を見た。……何やら子どもの下に何かが引いてある。
「………マジですか…………」
そこにはぎっしりと紙幣が敷き詰められていた。
多分、子どもが五年は食うに困らない額はある。
「……隠し子?」
「冗談じゃない」
家にあったおくるみになりそうなタオルを子どもに巻きつけ、だっこしたまま知り合いの店に顔を出した。その知り合いは昔からの腐れ縁のその縁者で、カフェバーを経営する女性だ。今日は客がおらず、暇そうにしている。
彼女の名前はコバルト。銀色の長い髪、黒のワンピースが外見的特徴で、双子の姉がいる。彼女達のことは生まれた時から知っていた。
「そんなアクエリア、久し振りに見た」
「もう一生見せたくは無かったですよ」
「そう言わず。何か飲むか?アクエリアは男だしコーヒーでも良いだろう?」
「俺より」
カウンターに座りながら、紙幣を一枚置いた。それはこの店での食事でいうと三人分に値する。
「この子にミルクを。ヤギのミルクはありますか?スプーンもお願いします」
「……本当に慣れてるな」
「当たり前でしょう」
よしよし、と子どもの背中を擦りながらあやす。自分に何故子どもがいないのか自分で不思議になるほど。
名も知らぬ子どもは、腕の中で涙目のまま空腹を我慢していた。
「んまぷー」
スプーンで人肌に温めたミルクを飲ませていると、三口目で子どもがそんな声を出した。
「……っ、かわいい………!!」
子どもの可愛らしさにやられているのは店主コバルトだ。口元を覆い、感動したような瞳で子どもを凝視している。
子どもの口端からミルクが垂れるが、時折それを拭いて構わず飲ませる。どうせ幾ら拭いても出てくるのだ。
「可愛いと思うだけじゃ育てられませんよ」
「安心しろ、私は子どもが出来ない」
「相手がいませんものね」
「殺すぞ」
少しずつではあったが、子どもはミルクを飲んだ。こうして見る限り、栄養状態も悪くはなく肌艶も良い。何故、親はこの子どもを捨てたのだろう?
「……はい、ごちそうさまでした。美味しかったですか?」
子どもに聞いてみた。当たり前だが返事はない。それも気にせず、縦抱きにして自分の肩に子どもの顎が乗るようにして、背中を軽く叩き始める。
「コバルト、俺にコーヒーを」
「一緒にサンドイッチは如何か、お父さん?」
「誰が父親か」
ぽんぽん、と軽い力で叩くと暫くのうちに
「っげふぉ」
げっぷの音が聞こえた。
「立派な音」
「………すみませんがコバルト。布巾を貰えます?」
同時、肩に何かじわりとした温かい感覚。
「やられました」
子どもが先程のミルクを吐き戻していた。
「……落ち着いてるな。はい布巾」
「これくらいに動じてどうします」
「流石お父さん」
「誰が父親か」
肩に布巾を置いて、げっぷをした子どもを抱きなおした。機嫌は直ったようで、今は無表情で口を真一文字に引き結び、その場にいる人間の顔を見比べているようだった。
「……かわいいな、私を見てる」
「このくらいの子どもはその距離なんて見えませんよ」
「………歩く育児書」
「褒めてます?けなしてます?」
そんな話をしているうちに、店のドアが開いてベルが鳴った。反射的にそちらを見るコバルトの表情がとっさの営業スマイルから無表情に変わっていく。
「……姉様か」
「その反応なんなん」
胸に立派な二つの小玉スイカをつけた、銀髪の女性が入ってくる。コバルトの姉、ウィスタリアだ。コバルトと同じ長さの髪を一つに結い上げ、白のノースリーブと青のズボンを履いている。
「お、アクエリア。隠し子?」
「本当に同じことしか言わないですね」
「冗談だよ冗談。アクエリアの子どもなんて産んでくれる女神がいる訳ない」
「畑に種を撒いてくれる相手がいない貴女が言うとはね」
「うふふ」
「ふふふ」
怒号。
暫くして、ご機嫌だった子どもが泣いてその場が漸く静まった。
※コーヒー等にはカフェインが含まれているため、授乳期のお母さん方には非推奨です
コーヒー中毒のお母さんはほどほどに飲みましょう。カフェインには血管を広げる効果もあるため頭痛に悩むお母さんに勧められる場合もあります。毒にも薬にもなります
※粉ミルクの無かった時代、子どもにヤギのミルクは無い話ではなかったそうです
日本では粥の上澄みや甘酒などを緊急時に与えたそうです
※子どもはお乳を飲むとき少なからず空気も飲み込んでしまいます。げっぷをさせてください
※胃の作りが大人と違う子どもは吐き戻しなど日常茶飯事です。慌てないこと
しかしそのままにしておくとかぶれてしまったりするので、処理はちゃんとしてあげてください
服について濡れたままになってしまうと、子どもでも体温を奪われてしまいます
※子どもの視界は最初はぼやけて上手く見えていないと言われています
どこか明後日の方向をじっと見ているからと言って、見えないオトモダチがいる訳では(多分)無いのでこわがらないでください。多分いません。多分。たb