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正月明け。結婚10年目だった。

作者: 干草砦

今思い返せば、特に愛情の無い女性と結婚したのは失敗だったと思う。心の底からそう思う。この10年間、私は惰性で特に愛情を持っていない女と暮らしてきた。10年は生きてみれば長い時間だったと思う。しかし、思い出すことはと言えば、あまりにも短い言葉でしか言い表せない。一言で言えば、失敗、後悔、そして絶望。それだけだった。

「何で、お年玉あげたのよ?それも5千円も!」妻の顔がこわばる。口調はきつい。声はいつものとおり、不愉快な金切り声だった。これが、我が家の今年の正月明けの光景だった。私は現在40歳。妻はやや年上の42歳で、結婚生活は、もう10年になるだろうと思う。たしかそうだったはずだ。


 私は初婚だが、妻は再婚だった。俗にいう『×1』というやつだ。幸か不幸か、今となってはわからないが、連れ子はなかった。出会いの切っ掛けは会社の同僚の紹介で、出会った場所はO市内のUにある某大手飲食店系列の飲み屋だった。合コンの頭数合わせのために声を掛けられた私の前にたまたま座ったのが、現在の私の妻になった女だった。確か、そうだったように記憶している。初対面からよく喋る女で、よく言えば快活、悪く言えばお喋りな女だった。


 適当に話を合わせながら話していたが、妻の方は、私と意気投合したと勘違いしたらしく、また『×1』だったことへの不安と焦りもあったらしく、合コンの後も、私に激しいアプローチ(というよりは今から振り返れば、ストーカーと言った方がいいかもしれない)を繰り返し、ついにこちらが根負けして、というよりは押し切られて2年の交際期間を経て結婚した。


 好きでもない女と結婚したのだ。それも勢いに押し切られ、しょうがなく結婚したのだから、妻には言えないが、結婚当初から妻への愛情は薄かった。妻の方も、せっかく手に入れた再婚相手だから当初は上手く猫を被ろうとしていたらしく、私に合わせていた。しかし2週間ほどで地金が出始め、とうとう結婚2週間で大ゲンカとなった。もちろん先に喧嘩を吹っ掛けたのは、私ではなく妻の方である。


 結婚2週間目の大ゲンカの後、夫婦関係は一気に冷めた・・・というよりも、もとから愛情などなかった結婚生活は、赤の他人2人によるシェアルーム生活となった。当然、この10年間それぞれが好き勝手にやってきた。ただし、曲がりなりにも『夫婦生活』を送っている立場上、生活費は私の給料から出し続けてきた。ただ、家に帰り、食事を作らせ、身の回りの世話をさせるための『対価』を妻に渡すだけの生活が10年も続いた。当然、夜の営みもなかったため、子供など出来るわけもなく、ただ、家に帰ってきては自分の部屋に引きこもり、趣味である小説の執筆に時間を費やした。


 こんな生活を10年もよく続けてきたなあと我ながら思うが、離婚したくてもどちらも言い出せない状態になっていた。妻は『×2』になるのが怖くて、私はめんどくさくて、ついつい惰性でずるずると続けてきたのだ。妻の料理が、性格に似合わず美味かったことも惰性の一因になっていたと思う。俗にいう「夫の胃袋を掴む」というやつである。妻の料理に舌鼓を打ち、惰性で『仮面夫婦』を続けているうちに、気が付けば10年の年月が過ぎてしまったのだ。


 「あの子にあげたって私達には子供がいないのよ!あげた分が帰ってくる当てもないのに、どうして5千円もあげたのよ!小学生なんだから千円くらいでいいのに・・もう!」目の前の妻は、ますます早口になり、目鯨はますます吊り上がり、そろそろ目立ち始めた皺が目の周りに深く刻まれた。


 「俺の甥だぞ。それにお前の方の親戚にも5千円やっただろう」私もついキツイ口調で言い返した。やや感情が高ぶりだしている。もううんざりだ。思わず舌打ちをしたのが不味かったようだ。目の前の妻の顔がますます歪んでいく。目の周りの皺の数もどんどん多くなる。


 「あなたの所は、まだ小学生になったばかりでしょ?うちは高校生よ!5千円でも少ないくらいよ!せめて1万円は出さないと!」妻が口をとがらせ、目尻を上げて叫ぶ。もういい加減にしろ!心が声なき大声を上げる。もうそろそろ限界だ。いつものように頭痛がしてきた。きりきりと頭が痛みだし、目の前が霞みだした。そういえば、今朝は薬を飲んでいないな。そう気づいた時、得体の知れない感情が体の奥底からこみあげてきた。頭が中から熱くなってきたのを感じる。


 「だいたい、稼ぎが少ない癖にいいかっこばかりして!こ・」


 妻の声が聞こえなくなった。


 気づいた時、私の目の前に見慣れたコンクリートの大地が一面に広がっているのが分かった。


 痛い


 これが私が感じた最後の感覚だった。


 そして、私は今コンクリートの大地に立っている。


 遥か上では、妻が何か叫んでいるのが見える。


 そして、今私が立っている横には・・・


この記事はブログ「いつか、どこかで見た話」にも掲載しました。

http://blogs.yahoo.co.jp/toshihiko0323


 今回も書かせて頂きました。ご意見を頂ければ、幸いです。

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