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我妻組は一條の傘下だ。
この組の先代は一條の先代と兄弟の盃を交わしており、一條と我妻も親子の盃を交わしている。
武闘派である我妻は、不動会との抗争などには、非常に使い勝手がいい。
が問題は、矛を納める時だ。
ヤクザの喧嘩は見栄、義理や人情ではなく、純粋に経済的な問題であるというのが一條の考えであり、矛を出す時には納める時を常に見据える。
調停の根回しももちろん忘れない。
しかし我妻は違う。
出した矛は何があっても納めない。相手がどれだけ条件を出しても、哀願に哀願を重ねても絶対に止まらない。たまに、調停役すら潰してしまう。
そんな一條の組も小さい組織のままなら良いのだ。
小さな組で小さな暴力に明け暮れるという行為には、ロマンもあるだろう。
だがそういう時代ではない。
大きな力を振るうということは、大きな落としどころを探す力に長けなければならない。
つまり、一條にとって、暴力しか知らない我妻は切りたい尻尾なのである。
律儀に上納は滞らないが、周囲から伝わってくるシノギは猟奇そのもので、いつ警察に眼をつけられても不思議ではない。
かつ、その場合、一條の組にも火の粉が及びかねないのだ。
という事で、普通ならすぐに壊滅するような無茶な喧嘩にばかり行かせても、というより、そういう喧嘩にばかり行かせるせいか、しぶとく生き残る。
しかも、である。
時代劇的な映画的浪漫を夢見る若い衆にとっては、我妻がカリスマに見えるらしい。
「つまり、我妻は邪魔過ぎるんだよ。……仁義はきっちり通してくるからな、こっちとしては何も言えんが」
「はあ」
「で、だな。俺んとこは、不動会ともめてる真っ最中でな」
「じゃあいいじゃないですか。好きに暴れてもらえば」
「と、思うだろう? あいつら暴れすぎてな。調停役がな、不動会に贔屓を言いだしてる」
「やだって言えばいいんじゃないすか?」
「極道世界は上下関係なんだよ。上に文句は言えん。ま、それも駆け引きだけどな、こんなくだらないとこで使うもんじゃないんだ」
「えーと、つまり俺に頼みたい仕事ってのは、我妻組の皆様を殺すってことですか?」
「泉谷」
「はい」
「お前、馬鹿だろう」
「へへ、すいません」
泉喪は猿のようにおどけて、にひゃっと笑った。
一條はそんな彼にため息をつく。
「お前が始末したら意味がないんだよ。奴らがおっ死んでも俺には得はない。俺が描いた絵の中で、死んでもらわないとな」
「どういう絵ですか?」
泉喪の問いに、一條は悪戯をたくらむ子供のように、瞳をきらきらさせる。
「我妻組には調停まで暴れてもらう。恨みを買い続けるからな。不動会の上はともかく、下は黙っていないだろう。つまり、調停後、我妻組は不動会に潰される。調停を破ったという事で、だな。名分は俺に傾く。そこでもう一度、俺に有利な調停をしてもらうわけだ」
「へえ。つまり、我妻組さんは、生贄の山羊さんなんですね」
「ま、そうだな。つまり、我妻組には、調停まで無事に無茶して貰わねばいかん。調停後は、不動会に潰されるほどに、弱らねばいかん。強いのを1人くらい殺せば弱るだろう。無事の確保と弱体化をだな、お前に頼みたいわけだ」
「はあ。つまり、俺は我妻組さんを守って、守りの要を摘めばいいんですね」
「自然にな。できるか?」
「そりゃ、まあ。で、調停っていつなんすか?」
「来月だよ。お前はカチコミの応援要員として紹介してやる。義理は欠かさないやつらだからな。
俺の顔を立てて、お前とも仲良くしてくれるだろうよ」
……と、言うわけで、泉喪がそのビルに初めて訪れた日。
夜通しで酒盛りの歓待を受けた泉喪は、新宿歌舞伎町のホスト並みの酒量を一晩でがぶ飲みするはめになった。
酔いつぶれる愛染。
爆睡する我妻。
酔いの勢いで獲物を狩りに出かけようとする越智。
窓際で外の闇に紫煙をくゆらす東寺。
彼らをしり目に泉喪は、彼自身が磨いた便器に顔を突っ込んで、盛大に嘔吐をした。