test
3人が戻ってきたのは日も暮れてしばらくたった時間で、泉喪はトイレや床の掃除も終えて、手持ち無沙汰も極みに達しようとしていたところだった。
なので、青年にとって彼らとの対面は、緊張よりも、ほっとしたという感覚のほうが大きかった。
まず、扉の向こうから声。
甲高いが男特有の重さのある声だ。
なだめるような穏やかな低い声が混ざる。
足音にはあと二人。
1人はおそらく昼に部屋に案内してくれた男だ。
扉が開く。
若い男だ。
小さな丸顔で、頬に幼さが残っている。
10代を抜けたかどうかという面持ちだ。
髪はいかにもギャル男なきんきら金。
― 愛染祐樹。25歳。元ボクサーバンナム級。2勝1敗。勝利は全てko。
傷害事件を起こして引退。暴力、警護担当。趣味は婦女暴行。特に女子高生。拉致、監禁、薬漬けにしてシノギにもする。特に気に入ったのはホルマリンに漬ける。―
泉喪は事前情報を脳内ですばやく反芻する。
目が合ったので、姿勢を正し、
「今日からお世話になります」
と礼をしてから、頭を上げる途中で愛染の、にかっという笑顔が弾けた。
虹彩に飛び込む白い歯。
「よっ」
泉喪の顎先に向かって気軽な声と、右フックが下から飛んでくる。
― 食らう、ほうがいいのかなあ。あ、でもあれか。腕試しってやつかあ。 ―
スウエーでのけぞって避けると、脇腹を目がけて左フックが襲い来る。
体を捻ってこれも避けると、愛染のこめかみ付近が赤く染まった。
彼の手はテーブル上のチェ・ゲバラの酒瓶の先をむんずとつかむ。
カウンターに振り上げる愛染。割られる酒瓶。
響く高い音。
― あ、戦闘態勢だ。 ―
泉喪の中で、何かがむずむずとして、首をもたげたが、苦笑をしてこらえる。
「ちょ、勘弁してください」
と手のひらを胸の前で開く。
「うっせえ…! 避けるとか生意気なんだよ!」
― 受けときゃ良かった。 ―
怒りにきらきらする愛染の瞳にため息をこらえる。
さて、どうすべきか。
切れやすい若者の典型を制圧すべきか。それとも、酒瓶の直撃を食らうか。
致命傷を避けることはできる。
今後を考えたら、受けておくべきなのだろう。
― 痛いのは、いやだけど、さ。-
泉喪が覚悟を固めると。
愛染の豹のような肉体が横にくの字に曲がった。
そのままカウンターに吹き飛ぶ。
愛染はぐへ、と言って、せき込み、わき腹をかかえて染みだらけの床に蹲った。
割れたチェ。ゲバラが床を転がる。
「いきなり、悪いね。愛染はアホだからさ。」
穏やかな低い声を発したのは金髪の愛染を後方から蹴りで吹き飛ばした主。
30も半ばの外見の男。
身長、目線が泉喪とそう変わらない。
短髪。肉を集めたような密度のある体。
目じりは下がって口元も上がっているが、目は笑っていない。
― 越智郁夫 32歳。極真有段者。クレーン作業者時代、工事監督者を轢き
業務上過失致死で服役。車輛担当。趣味は拉致。主に夜中に歩く男女の二人連れを狙う。金品を奪った後、工事現場に埋める。――
泉喪は、やはり事前知識を反芻する。
「いえ、俺もよくわからなくて」
「うん、見てたよ。反射神経はいいみたいだけど、性格は煮え切らないね。」
― うっわ。ダメだし。 ―
泉喪は後ろ手で頭をかく。
「すいません」
「気にすんな。愛染の拳を避けれるだけですげえよ」
扉の向こうから、真打が登場する。
身長は平均。黒の長い髪に無精ひげ。
全体的にしまりがない体型だが、目は鋭い。
少し一條と似ている。
― 我妻勝也。32歳。我妻組組長。武闘派。趣味は人妻の拉致と解体。暴行後、家族を全員呼び出して金と命を奪う。――
「あ、えっと。もったいないお言葉です。泉谷重治です。今日からお世話になります」
「ははは。だっせ! 歌手かよ?」
カウンターの下に崩れていた愛染が上半身をむくりと起こし笑う。
「そうなのか?」
我妻がきいてくるので青年は頬を小さくかく。
「あ、はい。名前似てるっていわれますけど、親戚じゃねっす」
「頭によく手ぬぐい巻いてるたらこ唇のフォークシンガーですよ」
越智が穏やかに補足を入れてくれた。
その間も愛染は笑い続けている。
我妻は鼻をならした。
「まあ、いい。一條さんの紹介だ。悪いようにはしねえが、足手まといは困る。が、泉谷には心配ねえみたいだ。俺は合格出す。越智はどうだ?」
「組長がいいんなら、反対する理由がありません」
越智は涼しく答える。
「ま、そうだな。愛染は」
金髪は返事をする代わりに床に笑い転げ続ける。
笑い方がひどく若い。
我妻はため息をついて、後ろを振り返る。
「東寺は?」
ドア横の壁に背を預ける渋い中年。泉喪を案内してくれた彼は、沈黙のままうなずく。
ー 東寺五郎。52歳。先代からの我妻組構成員。同性愛者。趣味は拷問。主に新宿二丁目で獲物を探す。獲物の臓器は福建マフィアに売られる。 -
泉喪を情報が駆ける。
ー しかし、揃いもそろってシリアルキラー、だもんなあ。-
愛染はユルカジ。
越智はユニグロ。
我妻はお兄系。
東寺はちょいわる。
ファッションはバラバラだが服は揃って黒で統一されている。
黒い服着てきて良かったと思いつつ、青年は東寺にはにかむ。そのまま会釈。
すると、東寺はわずかに首を横に振った。
「おし! 決まりだ。歓迎するぜ、泉谷。とりあえず今晩は歓迎会だ」
我妻の声が明るい。
……酒宴というか歓迎会にかこつけた飲み会が始まると、我妻はコニャックをあおり、越智は杏露酒を傾けた。愛染はカルアミルクを舐め続ける。
つまみは彼らの犠牲者についての四方山話。
その内容の残虐性に、泉喪は苦笑を禁じえなかった。
― 村かよ。ここ。 ―
東寺はカウンターの奥で氷をアイスピックで砕いている。
その佇まいはとても渋い。
その手つきには、手練れのそれがある。
― やっぱり、東寺さんが一番強い、か。やっぱ、そうだよ、なあ。そうだよ、なあ。 ―
泉喪はふやけた笑顔でビールのジョッキをあおり泡でひげを作る。
強い男は殺さねばならない。禍根を残すからだ。
……とても悲しくて泣きたい。
が、堪えて、ますますその口元をふやけさせる。