表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/31

spider

「意外と()ったなあ。」

「そうっすか?」

「ま、見切り品だからな。

…楽しめたか?」

「はい。楽しかったです。」


泉喪が言うと、一篠は嬉しそうに笑った。

いい人だ。


開店前の裏カジノは相変わらず忙しそうだ。

黒服たちも、トップレスのバニーちゃんたちも。


座っているソファーの端から視線を感じる。

女の子だ。

首輪をしている。

やっぱり感情の無い視線だけど、さぷりちゃんを思い出してしまい

胸が(うず)く。


「寂しいだろ?楽しんだ分、よ。」

「正直そうっすね。」

「そこのソファの陰のそいつ、持ってくか?

タダでやるぜ。俺は優しいからな。」

「あ、大丈夫っす。

それより、さぷりちゃんの遺品。

あの子の家族に届けてやりたいんすけど。」

「んなもんねえよ。

あいつの一家は我妻が殺してる。

根こそぎ、な。」


― ………。―


「そうっすか。

じゃ、適当に処分しときます。

一篠さん。」

「ん?」


一篠はソファに沈んだまま、泉喪を見る。

何の警戒もない。

この人に。

この人の



の我妻に関わらなければ。

さぷりちゃんは死ななかった。

見切り品などではなく。

今も、生きていた。


― 俺の知らないどこかで、さ。―



「浄連の滝って知ってますか?」

「演歌か?」


はにかみ笑いを作りながら、左耳のピアスを外す。


「演歌にも出てきますけど、実際にあるんすよ。

伊豆なんすけどね。」

「ふむ。」

「俺のご先祖様、伊豆の出身なんです。」

「ふむ。」


一篠の集中が、急速に薄くなっていく。

興味のない話なのは分かる。

青年は苦笑をして、

外したピアスの先のつまみを外す。


「泉谷ってのは偽名で、実際は俺。

泉喪

っていうんです。」

「偽名か。珍しいことじゃないが。」


ピアスの腹をこすると

糸が出てくる。

こすり続けると、(かいこ)が糸を吐くように

その糸は長くなる。

目には見えない、鉄の糸だが、

それが今どこを這いどこに向かっているのかは、指の感覚から伝わってくる。


「大した理由じゃないんですけどね。

泉喪って、伊豆蜘蛛(いずくも)がなまって、いずもになったんです。」

「ふむ。」

「伊豆の蜘蛛って意味っすね。

俺のご先祖様は、蜘蛛なんです。

浄蓮の滝の民話にでてきた、女郎蜘蛛っす。」


ピアスから伸びた糸は膝を伝い、ソファの縁を上がって一篠の肩にかかる。

この糸の素材はナノステンレスだ。

先生がくれた。

とても柔らかく、そして強い。

鉄も切れる。

痛くない注射針よりも細いから、

こんな風にうなじを刺しても気が付かれない。

蚊が刺しても痛がられないのと同じだ。

うなじから脳動脈に乗る。


「先祖が蜘蛛、か。

おとぎ話だな。」

「正確に言うと、蜘蛛の話の元になった人なんすけどね。」


糸は深層に達した。

動脈を突き破り、いくつかの神経に巻き付かせる。

そのまま切断する。

血管も。


「なんか、話したくなったんす。

…一篠さん。眠いっすか?」

「ああ。急に、眠く、なって、きた。」

「俺が変な話したせいっすね。

すいません。」


泉喪は糸を抜いた。

血は出ない。

一篠の頭部は小刻みに揺れている。

脳の深層を破壊した。

もう目覚めることは無い。

生命の維持機能は明日の朝には停止する。


「いや、い、い。」

「もう、行きます。」

「・・・お、う。

ま・・・た・・・・こ、い・・・」


泉喪はピアスを左耳に戻して立ち上がり

深く辞儀をした。




…一週間後。

ピザのバイトの帰り。

気配を感じる。


月明りに煌めく白刃。

正確にうなじを狙ってきたので

横に避けつつ左耳のピアスを外した。


狙いを外した白刃とその握り主が空中で猫のように回転して

アスファルトに三点着地する。

映画みたいだ。


ゆっくりと立ち上がる男と目が合う。


― 招き猫さん、か。―


意外に思いながらも、どこか納得する。

まあ、気づくだろう。

一篠組では一番、


勘がいい


人だ。

と、思いつつ。

猫の四肢に糸を巻き付ける。

その糸は、もう。

逃しようがない。

それは因果の糸のように。


「何故。殺した。」


渋い声なのは相変わらずだ。

青年は肩をすくめてほほ笑む。


「さあ、なぜでしょう。」


猫の中で何かが切れるのが分かる。

動く。

が。

させない。

痛覚のポイント。

痛点も糸が四肢に巻き付くついでに縫ってあるし、縫い続ける。

猫は眉をしかめた。

その肉体は硬直している。

呼吸の揺らぎですら、激痛が走っているはずだ。

それでも無理に動こうとすれば、全身がスライスされる。

骨は鉄より脆いという道理。


「おお。

叫ばないのは流石です。

では、敬意のかわりにお伝えしましょう。

俺が一篠さんを殺したのは。

あの人を、


嫌いになりたくなかったから


です。

今でも好きです、よ。

あの人の事は。」


猫のまなこが、さらに


くわっとした。


大した迫力だ。

が、全身に絡まった糸にがんじがらめで繭のようにぐるぐる巻きであるけれど。

糸は不可視であり。

不可視は混乱を呼ぶ。

まあ、混乱していなくても、

すでに声を出すことはできない。

唇も縫ったからだ。

泉喪は逆に、金縛り状態の男の瞳を覗き込む。

とても暗い、凶気を滲ませて。


「お怒りなのはごもっともです。

死は悲しいものです。

それが殺人なら特に。

俺が育った村では、死は生と同じ位

美しい

と教えられましたけど。

全然、悲しいだけです。

俺は、悲しいです。

でもそれは俺の勘違いで

死は美しいのかもしれません。

貴方を殺して、確かめてもいいかもしれませんね。

貴方の死が、美しいのか

それともただカナシイのか。

殺してみれば分かるはずです。」


― 饒舌(おしゃべり)だな。

俺。

境間さんが乗り移ったみたいだ。 ―


めったに使わない



も使って、とってもやけになっている。

事に、彼は滑稽(こっけい)を感じて

苦笑した。


男は震えている。

瞳には恐怖しかない。


― おとなげ、がない。

本当に、駄目だな。俺。―


泉喪はため息をついた。


「…嘘、ですよ。

なんか八つ当たりしてしまいました。

お詫びに。


俺の正式な連絡先


お伝えします。」


そう言って、青年は息を吸い込み

長い呪文を唱え始める。


それは1から4までの4つの数字からなる数列で、

古代の詩のように長い。




「…以上っす。

一篠さんの仇、討てるようになったら。

連絡下さい、

今の貴方じゃ、弱すぎます、から。」



不可視の拘束を解くが、動かないので訊いてみた。


「それとも、今、やり合いますか?

手加減、しませんけど。」


猫は動かない。

凄みすぎたようだ。


― 怖がらせちゃったな。 

当たり前、か。 ―


泉喪は苦笑をして、


「それでは、また。」


といって猫に辞儀をし、踵を返した。


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ