sheep
『
〇月〇日。
体温36・6℃
高めだけど、女性だからかもしれない。
血圧、脈拍は安定している。
血色は悪く、下腹部を抑えていたが
説明書の通り、シーツを引いて下半身を露出してじっと見ていたら
排便と放尿を同時にしてくれた。
このやり方は恥ずかしい。
けれど、痛みが治まって良かったと思う。
トイレットペーパーを渡すと
使い方が分からないのか、不思議な顔をされる。
仕方ないので清拭をすると、
首を舐めてくる。
何かにつけてそっち系に行くのは、一篠さんとこで、そう
仕込まれたからなのだろう。
でも、腹をなぐり飛ばせば、駄目は伝わる
とも書いてあった。
けれど、乱暴はしたくないので、別の方法を探そうとも思う。』
…
『〇月〇日。
体温36・6℃
バイタルに異常なし。
ポカリと牛乳が主食のさぷりちゃんのために。
ヨーグルトを用意した。
はちみつを混ぜて食べやすくしたが、
中々飲み込んでくれない。
味に問題があるかと思って一口食べる。
と、口を舐めてきた。
口移しを試してみると、飲み込んでくれる。
嬉しいと思っていると、まじまじと見られて
たくさん舐められた。』
…
『〇月〇日。
体温36・4℃
バイタル異常なし。
さぷりちゃんは鎮静剤で入眠する以外は、日がなぼーっと床を眺めている。
またはそっち系をしようとしてくるけど。
俺に人形と寝る趣味がないことをようやく分かってくれたらしい。
駄目なことをしてほしくない時は、俺が外にでる。
これが一番、伝わるみたいだけど。
部屋に戻ると、ひざを抱えている。
室温に問題はないはずだが。』
…
『〇月〇日。
体温36・5℃
バイタル。最高血圧が100を切ってきた。
薬抜きの影響かもしれない。
痙攣して叫ぶさぷりちゃんを抱きしめて
声を抑える。
とても辛そうだけど。
でも、必要なことだ。』
…
『〇月〇日
体温36・7℃
バイタルが戻ってくれた。
柔らかくした野菜を混ぜたヨーグルトから、そろそろ固形物にしようと思う。
というより、俺が肉が食べたい。
口移しでなくても、食べてくれるようになったのはありがたい。
今日からピザの配達のバイトを再開した。
戻ってくると、ひざを抱えている。
ただいま、といったら、まじまじと見てきた。
顔を舐めてこないのは、学習の成果かもしれない。
けれど、目が潤んでいるのは、
どうすればいいのか、分からないから、かな。
言葉を教えれればいいのに。
バベルの人たちの苦労が、なんとなく分かった。』
…
『〇月〇日
体温36・6℃
さぷりちゃんがここに来てから
二回目の月経が終わった。
世の中の女性ってのは、ほんと大変なんだなあ、とつくづく思う。
トイレでする、という事を覚えてくれて良かったと思うけれど
見られないとできない、というのはどうなんだろう。』
…
『〇月〇日
体温36・5℃
もう少し体力をつけてあげたい。
色々考えた結果、音楽を使うことにした。
冬も近づいてきたので、ヴィバルディの
冬
をかける。
両手をとって、ゆっくりと
ステップをふむと
2テンポ遅れてついてきてくれる。
嬉しいので笑いかけると。
顔をまじまじと見られる。
表情はない。
目が潤んでいる。
笑顔を教えれればいいのに。』
…
『〇月〇日
体温36・5℃
冬服をアエオンで買ってきた。
着せてあげると、セーターの毛糸をくるくるしている。
和む。
最近スプーンの使い方がさまになってきた。
箸も教えてあげたい。
けど、やっぱり人格がない限界なのか、食器という概念がないみたいだ。
バイトから帰ると
食器棚からスプーンを取り出して
フローリングをがりがりやっている。
俺が外にでても、効果がない。
閉じこもりきりというのが、良くないのかな。
一緒に街を歩けたらいいのに。』
…
『〇月〇日
体温37・2℃
バイタル。頻脈。
けほけほとせき込んでいる。
栄養状態は良いはずなのだが、風邪をひかせてしまった。
加湿器を買う。
乾燥がよくないらしい。
一人でお風呂にはいれるようになって
湯冷めしたのかもしれない。』
…
『〇月〇日
体温36・5℃
バイタルが正常に戻ってくれた。
良かった。
クリスマスソングをかけてみる。
両手をとって、ゆっくりと
ステップをふむと
1テンポ遅れてついてきてくれる。
嬉しいので笑いかけると
顔をまじまじと見られる。
表情はないが、顔が紅潮している。
熱はないはずなのに。』
…
『〇月〇日
体温36・5℃
バイタル異常なし。ただ、脈が飛ぶのが気になる。
ちゃんとしたお医者さんにみせてあげたい。
箸も少しずつ、使えるようになってきた。
相変わらず、スプーンで床をがりがりしている、けど。
もう少しちゃんと、色々できるようになったら。
ちゃんとした施設に入れてあげたい。
そして、たまに顔を見に行きたいと思う。
さぷりちゃんは、見るのに飽きない綺麗なお人形さんなのだけど。
人に戻ってほしいと、やっぱり思うし。
それは俺では無理だ。
俺は村人だし。
そのことに迷いはないけれど。
俺では無理であることに、胸が痛む。』
…
『〇月〇日
体温36・5℃
クリスマスがきたので、世の習わしにそって
ケーキを買ってきた。
二人で食べる。
俺の口の端の生クリームをなめたそうに
羊さんみたいにセーターでもこもこの肩を
もじもじしているので笑う。
逆に彼女の口元のクリームを舐めてあげると
抱きついてきたので、頭をなでなでする。
今日くらいはいいかもしれない。』
…
『〇月〇日
朝起きたら、冷たくなっていた。
死因は分からない。
けれど
とても綺麗に。
長い瞼を閉じて。
眠っているみたいだ。
上手くかけないけど、泣く気にはなれずに
ひたすらぼーっと見ていたら
リンスの匂いがする黒髪が、
とても長くなっていることに気が付いた。
美容室に、連れて行ってあげればよかった。』




