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she

休暇中(おふ)って噂は聴いてたけど、何でこんなとこ来んのよ。

案件なの?」

「いや、俺は休暇中(おふ)だよ。」


しゃがんだまま答えると、藁卑はため息をついた。


「殺し合いのお休みに殺し合いしてたらお休みじゃないじゃない。」

「そりゃ…お前。色々あんだよ。」


正論である。

案件の後の休暇なのだ。

休むべき時に全力で走っている。

呆れられて当然だ。

が。


泉喪は女性に視線をなげた。

亜麻色の髪に月光の銀糸が静かにゆらめいている。


「そう。」

「お前は、どうなんだよ?やっぱ、ここはお前の餌場なのか?」

「その言い方やめて。」


藁卑は眉をきつくしかめた。


「あ、悪い。」

「あんたのそういうデリカシーのないとこ、ホント最低。

八幡は私の彼氏なの。」

「そっか。

でも、困ったな。

…俺は八幡さんを狩りに来てる。

ちゃんと言うと、狩りのサポートだけど、さ。」

「見りゃ分かるわよ。

派手にやらかしといて。」

「だよ、なあ。」


沈黙。

気まずい。

月光が止んでくれたらと思う。


藁卑はため息をついた。


「私は八幡を狩る者を摘むつもりでいた。

即殺の(ことわり)があるから、動けないけど。

ここの部屋に来たってことは、

もう構わない、わよね。

屋敷(ここ)にはあいつらと彼しかいない。」

「そうだな。

もう、いないんじゃないかな。」


亜麻色の髪の彼女は

すっ

とベッドから立ち上がった。

ネグリジェの(すそ)の桜色がふわりと揺れる。



「私はこれから、あいつらを殺しに行く。」

「それは困る。俺はあの人たちを守りにきたんだ。」


つられて立ち上がりつつ、泉喪は答えたので、

藁卑はとても美しく口角を上げた。


「こういう時は、

やっぱり

……じゃんけん、よね。」

「そうなる、かあ。」


ため息まじりの泉喪に向かって亜麻色が一歩踏み出すと。


ずん


という音がして彼女の横幅が一瞬で二倍になった。

筋肉の膨張。

筋走り浮き立つ血管。

腕も脚も首も顔もこめかみも。

はちきれるほど太くなる。

変わらないのは形の良い乳房くらいで。


― 藁卑の因果は、悲惨だ。

こいつは自分の体の中で、ホルモンの元を作る事ができない。

だから、人から貰う必要がある。 ―


もう一歩踏み出すと、再び同じ音が室内に響き。

さらに二倍になる。

ピンクのネグリジェはびりびりに裂けて

床に桜の花弁が落ちるように

はらはらと落ちた。


― 人の分泌物の中にある、ホルモン目当てに。

おしっこを飲んだり、うんこを食ったりしなきゃいけない。

(ぱーとなー)に毎晩抱いて出して貰えればそれが一番いい、けれど。

必要な量がどうしても違う。

だから、どうしても足りなくなるし飢える。

飢えはこいつを


人の血を飲む衝動


に向かわせる。

ご先祖様が、ドラキュラ伯爵とサキュバスだもんなあ。 -


「あんたのそういう目、嫌い。

因果から逃れ得た者って、ほんと上から目線よね。

それはたまたまに過ぎないのに。」


身長165㎝の藁卑は泉喪の顎元に真っすぐ立って

彼を見上げている。

彼女の肉体は膨張しきり

球体に近い。

全て筋肉だ。

脛も太腿(ふともも)も腰元も腹も肩も首もあり得ないふくらみを見せている。

あられもない姿に色気という物は全くないが、

不均衡(アンビバレントに亜麻色の陰毛やセミロングな髪が窓から差し込む月光を受けて

煌めいている。

陰毛はわずかに湿っている。

極度の緊張状態によって、自然に微量の失禁が起こっている。



― ホルモンが作れない代わりに、ホルモンを操作できる。

急激な変化で体にかかる負担は半端ないけれど。

怪力の戦士にも、一瞬で変われる。

高濃度フェロモンを出して気絶させたり、心停止だって起こせる。

よく、停められたもんなあ。

おかげで俺は、女の子のフェロモンはトラウマになった。-


頭部は川辺に打ち上げられた水死体のように膨張している。

クルミのように頭部、顔面全体に血管がギシギシしている。

剥かれた白目と瞼の境から黒目が小さくのぞき

静かに泉喪の瞳を覗き込んでいる。


― こういった話は生き物の世界では特に変わったことじゃない。

蝶は産卵のホルモンを他の動物の尿を吸って補う。

アンモニアがホルモンの材料だからだ。

けど、やっぱり人間からしたら異常だから。

化け物と言われてビビられても。

こいつは、


『ふん。』


と鼻を鳴らすだけだけど。

それでも、やっぱり傷つくんだろうな。 ―


「わりい。

とりあえず、やるか、じゃんけん。」


藁卑は白目と犬歯をむき出しにして

笑った。


「いくわよ。

…じゃんけーん。」


泉喪も合わせて構えつつ唱和。


「じゃんけん。」




「ぐ」

「ぱあ」


ごうっ


岩石のような硬い拳が流星のような速度で顔面に飛んできたので

手のひらの、ぱあ、で受け、衝撃を床に流す。

受けきれない場合は即死だ。


   拳



   掌


で受ける形だ。


「うう」

藁卑の声と拳は続く。


    拳


手のひら


掌 

    掌


の形で受け止める。



「ううううう」


拳  拳

 拳   拳



掌  掌

 掌   掌


で受ける。


「ううううううううううううう」


拳拳   拳拳

拳 拳拳

 拳    拳拳

拳拳   拳




掌掌  掌掌

掌 掌掌

 掌   掌掌

掌掌  掌


で受ける。


「うううううううううううううううううううううううう

ううううううううううううううううううううううううう

ううううううううううううっ!」


拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳

拳拳拳拳拳拳拳拳




掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌

掌掌掌掌掌掌掌掌


で受けた。

手のひらを合わせるだけ、予備動作に差がある。

拮抗する実力なら、その差の分、負けようがない。


― けど、床が。

それに、こいつの体力(ほるもんすとっく)持つのか? -


床にひびが入り始めた。

危機感。


― 床に流せないと、死ぬ。 ―


藁卑も体力が尽きると。

つまり体内のホルモンが尽きると、彼女は干からびて死ぬ。

限界や後先を考えない乱打だ。


― …使う、しかないのか?―


と思った時。

拳が()んだ。

泉喪を見上げていた瞳には、黒がもどり

体表に走っていた無数の青筋も

白い肌の下に沈んだ。

上気した呼吸が落ち着きを取り戻していく。

興奮から冷静。

共に。

彼女の肉体もしぼみはじめ。

湯気を残して。


藁卑は女性に戻る。

亜麻色の髪。

小ぶりな顔。

通った鼻筋に、淫らな唇。

白く華奢な肩と鎖骨のライン。

の下はあられもなく。


思わず目を()らせる。


― 良かった。終わった、よな。

うん。良かった。-



「ふんっ!」

「げほっ」


藁卑が逆手に繰り出した掌底が、泉喪のみぞおちに直撃した。

不意の光速。

衝撃に呼吸を封じられ、自然に両膝がひび割れた床に触れる。

藁卑の乳房の陰を下から見上げた。


「おま、え。」

「油断しすぎ。ばっかじゃない。」

「ま、あな。

…くっそ。負けた。」


藁卑がその眉を美しくしかめた。


「は?

あんたの勝ちに決まってんでしょ?

あたしの全力の拳を、あんたが全部、受けきったんじゃない。」


泉喪は立ち上がる。


「俺も、一生懸命受けた。

…いいのか?」

「あたしの全力とあんたの一生懸命を一緒にしないでよ!

いいに決まってるでしょ。

それに、今のは


ぱあ


よ。」


「そうか、悪いな。」


泉喪はその拳を握り、自らの鼻先にぶつけた。


ごき


という音と衝撃がして

鼻骨が折れたのが分かる。

赤い液体が鼻腔から唇、顎を伝うので、

彼は手のひらでぬぐい

そのまま藁卑の柔らかな頬に(なす)り付けた。


「何、すんのよ?きったない!」

「俺が守ってる人達に、カモフラージュだよ。

お前は俺に襲われた。

服も破かれた。

俺を殴って殴られた。

顔中血だらけにされて俺にやられた。

…て、事にする。」

「…ふん。童貞のくせに。」


「…・

 …・

 ……はっ!?

な、何で俺が童貞だってわかるんだよ?」


藁卑はぷいっ

とその小さな顔を背け、亜麻色の前髪が横に揺れた。


「焦る姿も童貞臭い。

丸わかりよ。

あんた色気無いし。」


「は?

何言ってんだよお前?

は?

わけわかんねえ!

今お前全国の童貞を敵に回したぞ!」


「くっだらない。

相変わらず、あんた馬鹿よね。」


「バカバカうっせえなあ。」


頭をかきたかったが我慢する。

元々、昔からこの幼馴染とはウマが合わないのだ。


足音が近づいてきた。

このリズムは愛染だ。


泉喪は重心をわずかに落として藁卑の裸の腰にかがみ

膝の裏と背に腕を差し入れて抱え上げ、寝台に運び

柔らかく下ろす。


「なに、よ?」

「台本の続き、だ。

お前は俺にきつくやられてベッドで息も絶え絶えだ。

実際、体力尽きてるだろう?」


藁卑は答える代わりにシーツで顔を隠した。

裸のままだし、隠すのは体だろうと思うが、ここら辺の女ごころは全くわからない。


「…八幡さんだけどさ。」

「あんたたちの、好きに、してよ。

弱者は強者の(さだ)めに従う。

それが、村の掟でしょ。」

「ま、そうなんだけどさ。

できるだけ、助かるように頑張るよ。

なんたって。

お前の彼氏だかんな。」


「…ばか。」



消え入りそうにかすれた声に、泉喪は苦笑をした。


「じゃあな。」


踵を返し部屋を出ると、ちょうど扉の前まで来ていた愛染と目が合った。

途端、爆笑される。


「はは、ははは。

お前、なんて(つら)してるんだ。」

「ああ。気が強い女だったっす。

強すぎて鼻折られました。

…中、見ますか?

女、血みどろっすけど。」


金髪は舌打ちする。


「なんで俺がてめえが使った後、を見なきゃいけねえんだよ。

女は叫び方は酷かった。

こっちまで聞こえてきた。

確認はあれで済んだ。

行くぞ。」


愛染は踵を返し、追おうとすると、彼は背を泉喪に向けたまま

ぽつりと言った。


「お前も、同類なんだな。

俺たちと。」


その声はいささか寂寥(せきりょう)を含んでいる。


「へへ。照れます。」

「…ほめてはいねえよ。」


― 同類は藁卑だけど、さ。

安請け合いしちゃったな。

また、面倒なことを。

…ほんと、俺。

何やってんだ? ―


泉喪は鼻の骨を戻しつつ

再び、彼自身を殴りたい衝動に駆られた。

それは全力で。



























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