children
その住宅街は
街
というには小さすぎるかもしれない。
再開発の波から身を寄せ合うようにひっそりとした昭和の空気が漂うその街に
区画は数えるほどしかなく、
その北の端に、
不動会八幡組組長の邸宅がある。
文京区の境に沿って敷地は複雑に歪んだ曲線を描いている。
全体としては東西に伸びる楕円を成している。
囲むように生垣とその奥の庭が緑をなしているが、深夜も2時にさしかかろうとしている
闇の中では、暗く不吉な印象しかうけない。
生垣のさらに外は、細胞を囲む膜のように鉄柵が隙間なく屋敷を覆う。
庭の奥には江戸屋敷、を無理やり洋風にしたような
現代と近代をごちゃまぜにしたような前衛的な邸宅が構えるが
庭木の陰に隠れるように配置されているので、
昼に屋敷の前を通るものは、
立ち止まって色々しないと邸宅の全貌を眺めることはできない。
けれど、色々している間に、八幡組の尋問に肝を冷やすこと請け合いである。
国道の爆発は八幡組にも伝わっているはずだが、
正面から眺める邸宅は闇で息をひそめている。
犬の鳴き声もしない。
「わんころ、いないとか、そんなオチなら笑うぜ。」
「…俺が入ったら、すぐ閉めて下さい。」
愛染は泉喪の返答に舌打ちをした。
「お前本当に可愛げがないな。」
暗闇に色の沈む前髪をかすかに風に揺らして彼はうつむき門の錠に銃を両手で構え、
そのまま吹きとばす。
使われた弾丸は44マグナム。
装填されている最後の一発だ。
これ以外の5発は全て八幡組員達の人体にめり込み済である。
前哨戦はすでに終わっていた。
鉄の扉が横に小さくずれる。
続きの始まりだ。
「俺たちは、お前がどうなろうが、
どっちでもいい。
ように動く。
つまり、お前がこの先に入ったら、それで仕事はクリアしているってことだ。」
「愛染さんって。」
「あ?」
「意外と優しいっすね。」
正直な感想である。
「死ね。」
金髪の童顔は舌打ちとともに言い放ち
門を成す鉄柵を横に引き、隙間を広くしたので、泉喪はその体を滑りこませる。
「じゃあな。」
声と共に愛染は泉喪の後ろで門を閉め、鍵の代わりに手錠で柵をふさぎ、身をひるがえすが
青年は返事をしない。
そんな余裕は無いからだ。
中型犬が2匹。
並んで駆けてくる。
その奥からも2匹。
さらにその奥にも、やはり2匹。
そりの無い犬ぞりみたいだ。
またはクリスマスのトナカイたち。
サンタのそりを引くあれだ。もちろん引かないけれど。
鳴き声は無い。
狂犬病で、鳴くことすらできないのか。
泉喪は哀れを覚える。
― 可哀想、だなあ。 ―
犬たちはゆるい曲線を左右に描きながらも、結果的に真っすぐ
泉喪に駆けてくる。
父親に駆け寄る幼児みたいだ。
泉喪も父が子を迎えるように狂犬達の前にしゃがみ込み
両手を広げる。
噛まれたり、唾液や血液が粘膜に付着した時点で終わる。
死ぬ死なないはともかく、行動不能になり、
仕事は失敗してしまうのだ。
極限の感覚に、泉喪の背筋の毛は逆立つ。




