表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/31

gospel

長い一日も日付を越えた真夜中の1時、装備を入念に整えてから

我妻組+泉喪の一行は喧嘩(かちこみ)に出かけた。

運転は越智、助手席には東寺、右後部には我妻、左後部が愛染、彼らに挟まれる形で

泉喪が乗り込み、車輛にかかる音と震動に合わせて、愛染が口笛を吹いた。

走り出して車内をしばらく賑わしていた軽口や陽気さも、

車窓の外を流れていく深夜の街並みの闇、暗い大気に蒸散するように、車内を沈黙が浸した。

都会は、特に幹線道路は明け方まで電灯が路を照らしている。

が、その照らしかたは控えめというより寂しい。

上空から俯瞰(ふかん)すれば、夜景は煌めいているのだろう。

が、そこに喧騒はなく。

つまり、騒がしさというものは、

人の()があってこそ、成り立つものなのだろうと思う。


― 村、を思い出すなあ。

人のいない、この感じ。―


郷愁に浸る脇を小突かれる。

左隣の愛染が細く長い眉を意地悪くしかめて

首を泉喪にあずけ。青年の顎元を見上げる。


「ワンころにぶるってんのか?

俺ならビビるぜ。

後悔してんだろ?」


湿った息をのど元に感じる。キシリトールの匂い。

泉喪は口角を上げ、童顔の瞳を覗き込んだ。


…興奮、冷やかしと嫌味、の奥の純粋な、値踏み。

狂犬病のドーベルマン相手にどこまでやれるのか。

泉喪の力量によって、我妻を守る愛染の取るべき動き方も変わってくるのだ。


「…犬は嫌いじゃないっす。」


愛染の瞳が大きくなる。

表情から嫌味が消えて、



になった。

彼は舌打ちをこらえるように、その眉と口元を歪めて視線を()らした。

そのままサイドガラスに額をつけて

まつ毛の長い瞳を閉じ、何かを口ずさむ。


耳を傾けると、それは聖歌(ゴスペルだった。

アメリカ国家も讃美歌の1つだが、そういう鷹っぽさを感じる歌ではない。

本場の葬式で歌われるような、哀しげだが美しい旋律である。

行先を考えると場にそぐわないことこの上ないが、愛染にとっては意味のある行為なのだろう。

反対側の我妻は、右のサイドガラスに肩と首を預けて寝息を立てている。


― 子供みたいだなあ。 ―


泉喪が思うと、前席のミラー越しに視線を感じた。

東寺に凝視されている。

と思ってぎょっとしたが、すぐに初老が眺めているのは

泉喪ではなく組長であると分かった。

その視線はすごみのある中にも柔らかく

口元には慈しみが浮かんでいる。


― 愛されているよなあ。

組長さん。―


我妻が愛されているのは、

彼が組員を愛しているからだろう。

それは人類の願望の産物である神がヒトを愛するようなものだ。

父が子を愛するように。

我妻は組員を愛している。

そして、絶対に見捨てない。

彼を、彼の親である一條が見捨てた結果、泉喪は彼らの元に派遣されたのだが。


…泉喪の悲哀、東寺の視線におかまいなく、

我妻の寝息は続いている。


彼らを乗せた車輛も疾走を続ける。

目指すは新宿区の端。

文京区との境にある住宅街。

そこに、彼らの臨む修羅の場が控えている。






































評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ