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fathers

すねの骨が欠けるかと思った。

我妻が蹴りだした素敵なガラステーブルの縁が素敵な速度で泉喪の脛に激突した。


「ツっ…!」


ここは素直に痛みを顔に出していい。

ただし姿勢は崩さずに。


「結果じゃねえ。過程を言え。

なんで、東寺が間違ってんだ?」


「暮の情報は古いっす。

八幡は暮が(さらわ)われた時点で、情報を古くしたっす。」


「まどろっこしい物言いは好きじゃねえ。

てめえも、『痛い』のは好きじゃねだろう?」


問われた青年はテーブルの前に正座し、額と両手を床に付けた。


「すいません。」

「…いい。

顔を上げろ。

お前は一條さんの若い衆だ。

大目にみてやるから、もっとわかりやすく説明しろ。

なんで、


暮の頭ん中は古い


とてめえは思った?」


「俺を代々木で囲んだ若い衆は、暮の下のもんです。

つまり、暮とは密に連絡してます。

実際、東寺さんが暮をさらった後も連絡とろうとしてました。

16:30に暮のスマホに着信入れてるのがその若い衆です。」


東寺はおもむろにその懐から黒のソニーを取り出し確認し、眉をしかめ、

我妻にうなずく。

のを、目の端で確認しつつ、泉喪は続ける。


「奴は、連絡つかないことに、あんま驚いてなかったっす。」

「つまり。」

「暮が(さら)われるのは、本人以外には予定通りっす。」

「ほう。それで。」

「若い衆は暮の連絡がつかないのを確認してから、別の奴にケタミンを手配してました。」

「ケタミン?(やく)か?」

「狂犬病の薬です。そいつの足元からドーベルマン、中型犬の臭いがしました。

チタンゲージの金属臭も。」

「…」

「暮の話には犬はでてきません。

そりゃ、死ぬまで黙ってたってことも無いとはいえないっす。

けど、東寺さんの拷問は、黙ってられるほど

ぬるくはないはずっす。」

「ふむ。」

「続けていいすか?」

我妻はうなずく。


「つまり、あの若い衆が狂犬病の犬を用意してます。

ケタミンは噛まれた場合の治療薬です。

八幡の庭は、組員じゃなくて犬っころが守っています。」


「お前の(はなし)には矛盾がある。

犬で塞いだら、あいつらも外にでれねえだろうが。」


「それは、ここです。この通用門に続く通路っす。」


泉喪は立ち上がり見取り図を指した。


「ここが柵に囲まれて、庭の犬よけにちょうどいいっす。

しかも庭からもここの柵なら、人の手で開けられます。

つまり八幡は・・・」

「俺たちを犬に噛ませたい。

または、犬から逃げてここに入ったのを袋つめにして

()りたい、てことか。」

「はい。

袋つめには(ちゃか)です。

ここは(ちゃか)だと逃げ場はねっす。」


我妻の目が鷹のようになった。

値踏み。

空間が変質するような錯覚を覚える。

この空間が彼の領域であり、おそらく彼の「一家」以外は踏み入れることすら

許されない場所なのだろう。

つまり、我妻は初めて泉喪を一條からのお荷物ではなく、

一人の戦闘員として見たことになる。


「泉谷。」

「はい。」

「…おめえ、何年目だ?一條さんとこきたのは、よ。」

「今年の春からっす。」


我妻は大きく息を吐いた。

右手がシガレットを探すが、途中でやめる。

話は途中なのだ。


「…道理でだ。納得したよ。

腕はものすげえんだろうよ。

一條さんがよこすんだからな。

肝も据わってるし目端もきく。

が、わかってねえ。

暮は八幡の子供だ。

若い衆の頭だ。

喧嘩のためにトカゲみてえに子供を切れるのは極道(やくざ)じゃねえ。」


「切っていい奴におとりの価値はないっす。

切れない暮を切ることで、八幡は俺らを潰すつもりっす。」


…酷い話をしているのは分かっていた。

仁義の基本。

親は子を守るという道理を八幡は破った。

が、破らせたのは我妻の恐ろしさだ。


我妻は泉喪に応えるのも億劫(おっくう)らしく、ひたすら

眉間にしわを寄せて、何かを考えている。


- ここが肝心、だ。

…よ、な?-


泉喪は覚悟を決めて、再び床に両手と両膝をついた。


「親分、喧嘩(かちこみ)先に行きます。

犬がいたらなんとかします。

俺に、先に、行かせてくださいっ!!」




首が吹き飛ぶかと思った。

「泉谷あっ!!」

見取り図に飛び乗った越智の鋭い声と共に

マスターズオープンのような綺麗なゴルフ・カーブを描いて

サッカーボールキックの靴先が泉喪のこめかみに正しくインパクトした。

さすがに脳髄をとらえられると意識が飛びかけて

横に崩れる。

のも許さずに越智は青年のそばにかがんで

直立と共に泉喪の胸倉をつかみ上げた。


組長(おやじ)が考えとろうが!!

何様じゃきさんは!?」


細いまぶたの奥がほぼ白目だ。

狂気を感じる。

そのまま拳を交差する形で首を締め上げられるが、抵抗はしない。

代わりに目の端で愛染を探す。

金髪はソファに体育すわりをして親指の爪を噛み、越智に踏みにじられて歪んだ

見取り図に見入っている。

血色は悪い。

体温も低下しているだろう。

警護担当なら、泉喪の告げた事実、犬と袋のねずみ、が

如何に絶望か分かるはずだ。


東寺も同じく、というより元々血色はわるいので変化はわからないが、

呼吸を忘れるように、ねずみになる袋、通路に見入っている。


詰め将棋のようなものだ。

愛染と東寺の視線の先には、あるのだ。


親が子を捨ててこそ成り立つ誘導が。


ー それにしても、いつまで締めるんだ、よ。

越智さん。-


力は増している。

拳にも二の腕にも

太い血の筋がびきびきと走っている。

熱量のこもった息が泉喪のあご先に荒くかかってくる。

開かれた白目の横のこめかみには、痙攣するように青筋がぴくぴくしている。


救命した時のさぷりちゃんを思い出した。

のんき過ぎる自らに苦笑がこみあげつつも、

意識が遠のき始める。

さすがに、この状態で落ちたら首を折られてしまう。

さらに、首を折られたら死んでしまう。

困った。


「越智、落ち着け。」


我妻の声に首の拘束、締め付けが緩んだ。

げほげほとむせる。

涙が目じりからとめどなく流れ紅潮した頬を伝うが、今はぬぐわない。

今は、涙をふくよりも大切なことがある。


我妻と目が合った。

不思議そうに見てくる。


「泉谷あ。」

「はい。」

「おめえの話は、外道の外道だが、筋は通っている。

何より、おめえがわんころの生贄のヤギになれば、その後の手はいくらでも打てる。

が、何故だ?

そこまでする義理が昨日今日の俺らには無い、だろう?

けなげな奴だってのは見りゃわかる。

だが、けなげすぎるのも逆に怪しい。

もっと、何か企んでんじゃねえか?

我妻組(おれたちいっか)をハメるような、な。」


- だってさ。

あんたらが死んだら、さぷりちゃんが死んじゃうじゃないか…!!

一條さん、絶対迷わねえもん。-


「俺は、一條のおやじが怖えっす。

わんころよりもっす。

それだけっす。」


本当だ。

助けると決めた子が殺されるのは怖い。

それが真実だ。


我妻は泉喪を見上げたまま


きょとん


として、それから爆笑した。


「はは、はははははは。

わかった。

確かに一條のおやじは怖えよな。

いいぜ。

一條さんに免じて、お前に乗っかってやる。

…越智はどうだ。」

組長(おやじ)がいいなら、俺に反対する理由はありません。」

越智は涼しい顔に戻ってソファに腰を下ろしている。

そして、細い目の奥が全然涼しくない。

組長はうなずき、金髪に視線を泳がせる。


「愛染は。」

「俺もおけっす。」


我妻は東寺を見る。

のと同時に初老はうなずく。


「決まりだな。泉谷。喜べよ。

俺たちは乗ってやる。」


声の響きから、夏休みの冒険に出かける前の小学生みたいな

わくわく感が伝わってくる。

うって変わったきらきら感とでもいうべきか。


- 切り替えが速い、なあ。

この人、いい人だなあ。 -


首をもたげる情に背筋がむずむずするのを誤魔化すように

泉喪は

はにかんだ。

組長の注いでくる視線は柔らかい。

彼はしばらく泉喪を眺めてから、

ソファの背もたれに背をどっかりと預け

胸元からシガレットを取り出して、吸いつつ

もらす。


「大したタマだよ、お前は。

相当強いのに、わざと愛染の拳、越智の蹴りと締めを食らった。

話を通すためだけに、な。

相当な覚悟だぜ。」


…脛にテーブルをぶつけたことは省くのは天然なのか計算なのか

判別はつかなかったが、

とりあえず泉喪は照れ隠しでおどけて、

猿のように後ろ手で頭をかいた。




























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