mime & mime
泉喪が八幡会の皆様から逃げ回っている間に、東寺が暮を捕獲していた。
暮は八幡会の若頭である。
彼は越智がハンドルを握るランドクルーザーの後部の荷物席に放り込まれていた。
つまり、昼の泉喪は陽動であり。
若い衆を尾行する泉喪を狙う暮を狙う東寺という構図である。
- あ、キャンプでファイアーを囲んで輪になって相手を変えながら踊るあれ、なんだったっけ。-
この構図の全容を池袋の西口で拾われた車内で聞かされた時。
青年はおとりにされたことよりも、キャンプのダンスの名前が思い出せないことに
微妙な心持ちになったりした。
が、何はともあれダンスの果てに
あたりを引いたのは東寺で、
ババを引いたのは八幡会の若頭である。
「あいつ、捕まえちゃだめだよ。
尾けるだけだ。
物事には順番ってのがあるからね。」
ランドクルーザーから尾行に送り出す時に越智がかけてきた言葉を思い出す。
- そりゃ、エサが魚をのしちゃ、釣りにならない、よなあ。-
池袋から西、荒川の河川敷に向かう車内でしみじみと思う。
運転は越智。
助手席には東寺。
泉喪が腰を落ち着ける広々とした後部座席の後ろの荷台では、
暮が呻いている。
後ろ手で両手の親指をアスパラベーコン巻きの串みたいに
串刺しにされている。
彼の垂らす涙でシートが湿っている。
えーちゃんと親しまれる男性歌手が首にまいてそうなタオルが猿ぐつわの
代わりになって
それと口の端の隙間から漏れるうめき声が
ラジオのお姉さんの落ち着いた穏やかな声と不思議なミックスをしている。
姿に。
特に同情は湧かない。
そういう世界なのだ。
極道の職分には、敵対する組織に攫われる事も範疇に入る。
それにしても、親指が痛いのだろう。
ぎゅっとつぶったまぶたの端の三つのシワからポロポロと涙を流しては流す。
小刻みに肩をよじり首をよじりタオルを固く噛むのは
この車内の方形の空間から逃れたいというよりも
単純に車体の振動が指を痛めるからだ。
- 若頭、かあ。
えらい人なのになあ。-
哀れである。
どれだけ身をよじっても振動は止まない。
車体は荒川に向かっている。
エンジンは切れない。
絶え間ない振動という拷問。
しまいには暮の身体のくねりで
くつわの結び目が口の位置にきてしまった。
開かれたあごが更に上下に開かれる。
呼吸だって苦しいはずだ。
- 辛そうだな。-
と思ってくつわの位置を直してやると
人差し指の先を噛み千切られかけた。
…情はかけない方がいい。
それがどんな情でも
そのどれかの情のせいで、死ぬ日もくるのだろう。
指を噛み千切られかけたという事実よりも
彼は自らの死の状況を想像すると
唇が尻の穴のようにきゅううっとすぼまる。
先生の食事を思い出してしまう。
死ぬ前にもう一度、あの人の作る食事が食べたい
と思ってしまうくらい、師の料理には妙な愛着があるのだ。
この、暮さんだって家族がいるし食べたいご飯もあるだろうに。
けど、この人だって誰かを拷問してきたのだ。
つまり、極道は順番に拷問をして、順番に殺し殺されている。
それはキャンプなファイアーを囲んで
中学生たちが踊るダンスみたいな物だ。
- あ。
思い出した。
マイムマイムだ。 -
泉喪の胸中は少し晴れる。
のと同時にランドクルーザーは荒川に到着し拷問が始まった。
時間は午後の5時である。
日はまだ沈まず、沈んでもしばらく空は白いのだろう。
東寺と暮がしけこんだコンテナの横で
越智と泉喪は黄昏の光を反射する黒い鋼板、
ランドクルーザーの車体を磨いたり
河川敷の歩道横でキャッチボールをしたり
土手に二人で腰を下ろして川向こうの足立区の町並みを覆う夕焼けを眺めたり
しているうちに
陽もすっかり暮れて空は焼けの黄金を混ぜた赤から紺に変わった。
外でできることもなくなったというより、
できることはひとしきりしたので、
東寺の隣のコンテナの武器庫で武器の整備をして
続かない会話にほとほと疲れた頃合、暮は吐いた。
内容は八幡会組長
八幡芳樹
の邸宅の警護情報。
監視カメラの配置と死角。
を埋める巡回頻度。
通用門と庭は柵で隔てられている。
監視カメラは通用門の方が多い。
出入りは通用門の方が頻度が高いからだ。
庭は広い。
カメラの死角は組員の巡回が埋める。
ただし。
人のすることだ。
隙もいくらでもある。
邸宅の電源を切断し、通用門から攻めるのもありだが、
監視カメラが働いているという油断
に付け込んで、確実に潰していくべきだろう。
という結論に、東寺と越智はたどり着き
泉喪の血の気は引いた。
…我妻に報告の電話を入れるのは、越智である。
通話の内容は
結論から。
あとは、位置情報。
「泉谷君、キャッチボールも上手いですよ。
ま、見た目どおりですけどね。」
と持ち上げられたりするので、泉喪は背中がむずむずする。
- 我妻さんに誘われたら、困るなあ。
情がわいてしまう。
キャッチボールは好きだ、けどさあ。-
憂鬱。
これは彼の弱点と言えるのかもしれない。
つまり、どういう性癖の奇人でも
ともに時を過ごし、明るく接してもらえると
情が湧いてしまうのである。
そして、
できれば、そういう情とは無縁に精神的な波風を立てずに
静かに仕事を終えたい。
それが、彼の望みであり、おそらくだけれど。
マイムマイムの順番
を先送りする手段でもあるのだ。




