永久の綴りし物語
永久の綴りし物語
これは、私が封じられるまでの物語
カチ、コチ、カチ、コチ……。
規則正しい刻の音。規則正しいペン先が走る音。
溜め息が出るほどの退屈を、私はこの時知らなかった。
この退屈が、普通のものだと思っていたから。
「…………」
世界には数多の命が存在する。その全ての命が歩む軌跡を書き記すのが、私の役目だ。
少し手を止め顔を上げる。
視界には書架だけしか映らない。
どこを見ても、気の遠くなる程の記録書だけ。
「……」
命が増えて、記し手も増やしてみたが、彼らはなにも話さずただ記すだけ。
人の世に降りたのは、気まぐれだった。
忙しない命が行き交い、消えていく。紙上の命に、ここでは顔があり、声がある。
記した命の中に、その日消える作家のものがあった。
「さあ! 今日もとびきり楽しいお話を聴かせてあげよう」
若い男だった。街の子供達相手に、自分の作った話をいつも聴かせるのを日課にしていた。
私が記すのは、命の足跡。それまで、人間の作るものに興味などなかった。
だから、知らなかった。
――それがどんなに素晴らしいのか。
絵空事の羅列。嘘とも言える。けれど、それは世界に命を与える。世界が色付き、いるはずのない登場人物達と出会い、別れ、泣き、笑う。
極彩色の世界が、そこにあった。
人の描く物語に、私は魅せられていった。
そして、ついにあの日、たった一つだけの約束事を破った。
死ぬはずだった人間の記録を、書き換えた。
「愚かな」
「嘆かわしい」
「罰を」
「贖罪を」
口々に上がる声。名前すら忘れてしまった同胞達。
彼らは私を、棺へと閉じ込めた。
「次にこの蓋が開けられるまで、反省するが良い」
無理矢理につかされた眠り。
あと数億先は記録してある。速度は落ちても、私の配下達は記録を続ける。
だから、私の眠りが覚まされるのは、それくらい先だろう。
(嗚呼……)
溜め息が零れる。
退屈だ。あの極彩色の世界が恋しい。
人の書く、物語が、慕わしい
零れ続けた溜め息はやがて少しずつ棺の蓋をずらしていく。
ほんの少しだけ開いたそこから、溜め息はこぼれ続けた。
終