第7話 領主リンドル
次の日、宿で5デルの弁当を買って朝早くからバウモラ遺跡へ向かった。
--22匹かぁ、昨日よりダウゴウラが少ないなぁ。昨日狩り過ぎたのだろうか?でも、今日も誰も冒険者はいないようだし、神剣レナスでサクサク行こう!
クラウドはいつもの如く目を閉じて倒し終えると出た魔元核石を吸収する。倒したダウゴウラはリングボックスへ収納した。
バウモラ遺跡に入りマップを開く。
--なるほど、地下7階まであるのか。取り敢えず何があるか分からないから全身防御型のプロテクトシートを構築しておくかな。
一階ではLV3ホワイトスライムが岩の影や草の中に潜んでいる。
--え~と、1,2,3、・・・・・17匹か。
クラウドは近寄っては飛び掛かってくるホワイトスライムを目を閉じながら、どんどん倒していく。倒し終えて魔元核石をすべて吸収する。
メニューにはスレイリーフの魔法を得たと出ている。詳細によると初級回復魔法で少量の体力と傷、稀に状態異常も回復出来るとある。
--おぉ~、回復魔法!何か冒険が始まった感じがするな。
地下二階に降りて魔物を確認すると数は25匹と多いが、先程同様LV3ホワイトスライムであった。
--またホワイトスライムか・・・。
全て倒し終えて魔元核石を吸収する。
--これじゃあ、レベルが上がらないな。他の遺跡を狙った方がいいのか?取り敢えずもう少しだけ進んでみるか?
遺跡には主と呼ばれる魔物が最下層に存在する。それはいずれも強い魔物であることが多い。この世界の研究者達の間では最下層へ近づくと空気中などに含まれる魔元核の密度が濃くなっていく事が主を生む原因となっていると考えられている。
遺跡の主を倒しても、暫く経つと別の主が生まれてくる。ここの現在の主はLV32ホワイトスライムキングである。
ホワイトスライムキングは水分さえあれば自身の眷属であるホワイトスライムを生み出せる。現在、地下七階にある泉でホワイトスライムをどんどん生み出して、他の魔物を一掃している様だ。また、増えすぎると人類の脅威にもなる事からスライムキングが現れると必ず討伐対象として国からギルドへ依頼されるか軍隊が派遣される。
今回はダウゴウラが異常発生する時期と重なった為に、誰もまだ気づいていなかった。通常は魔物の倒す数がかなり多くなる為、最低でも30人以上での退治が行われる。更にスライム系の敵は剣ではなかなか倒せず魔法や魔法道具又は魔法剣で倒すのが常識であった。クラウドの持つ神剣レナスはそんな敵でさえ一撃で葬り去って行く。
地下3階に降りるとLV4ホワイトスライムが32匹いる。
--またまたですか・・・。
すべてを倒して経験値を得るとレベルアップしてLV6となった。
--よし!上がった。
地下4階ではLV5ホワイトスライム41匹、地下5階ではLV6ホワイトスライム49匹、地下6階ではLV7ホワイトスライム63匹と全て倒して魔元核石を吸収していきクラウドもLV11となっていた。
レベルアップの為にホワイトスライムの魔元核石227個全てを吸収したクラウドの初級回復魔法は22億倍となっていて、神様が行使するような魔法となっていた。いつの間にか登録されていたスレイリーフの名前もエターナルヒールと変わっている。
--いよいよ最後の7階か。プロテクトシートが途中で切れても大変だし、掛けなおしておくかな。
プロテクトシートは通常1分程度で切れてしまうのだがクラウドの魔法は継続時間も276倍となっている。ダメージによっても持続時間は異なる。
地下7階に降りてみると、かなり広い空間になっている。奥にはこの洞窟には不自然な豪華な台座が置いてあった。その横にはどこからか流れてきている小さな滝と泉がありLV32ホワイトスライムキング1匹と生まれたてのLV3ホワイトスライム12匹が居る。
--うわっ!ホワイトスライムキング大きい!
高さに2メートル直径2.2メートルのホワイトスライムキングはクラウドに気が付くが動かない。その代わり他のホワイトスライムが全てこちらへ向かって来た。
それをクラウドは瞬殺するとホワイトスライムキングは怒ったように光り出し凄い速さで向かってきた。
--速い!?運が良くても大きいから避けれないかも。あの速さでは、もう逃げれないよな。目を閉じてても吹き飛ばされそうだし。
クラウドへ向かう事を阻止するように洞窟の天井から岩が落ちて来る。それを避けながら向かって来ている。
天井から味方の様に落ちてくる岩を利用しながら斬り付けてみる。切れた部分は再生していないが神剣レナスでは短すぎるため、決定打となっていない。
--何となくだけど急所はあれかな?でも届かないんじゃあなぁ・・・そうか!届かなければ伸ばせばいい!
クラウドは神剣レナスを収納してプロテクトシートを鋭く長い剣と化す。
--よし!来いっ!
岩を避けながら近づいてきたホワイトスライムキングはクラウドが攻撃しようとした瞬間、飛び散るように体を広げクラウドを包んで吸収しようとする。
クラウドは敵が平たくなったことで表面近くになった急所核に当てるチャンスと思う。横へ飛びながら剣をさらに伸ばして、急所核に当てるがキンッ!という音と共に折れてしまう。
--ダメかぁ。これでもダメなら、ちょっと怖いけどプロテクトシートを信じてみる・・しかないか。
クラウドは剣を消し、目を閉じて出来る限りの強固なイメージで鎧を再構築していく。
ホワイトスライムキングがそれを隙と見たのか、再度クラウドへ近づき身体を広げ包み込んだ。包み込まれた瞬間から少しづつプロテクトシートの鎧が溶かされていく。クラウドは目を開ける。
--よし!届け!!
プロテクトシートをホワイトスライムキングの内部で急所の方へ広げてシートごと神剣レナスで突き刺した。
ホワイトスライムキングは細かくなり辺り一帯に飛び散って消えていく。
--ふ~、怖かった~~!レベルアップの為とはいえ無理し過ぎたかなぁ・・・でも今は頑張らないとな。
魔元核石を早速吸収する。吸収した後、確認するとレベルは一気にLV21になっていた。
--きたぁ~~~!無理した甲斐があったな!うんうん。え~と、スキルか魔法はと?
ヒールブロックの魔法を得たとある。3メートル四方の立方体結界を張り、周りにある微細な魔元核エネルギーを集めて変換しHPとMP回復を行える。多少の攻撃にも耐えれるとあった。
--便利そうだな。でも待てよ・・・魔法っていう事はMPを消費するよな。消費MPはと・・MP25も消費するのかぁ。これで回復するのがMP15とかだったりして・・・一回試しておいた方がいいな。
--あっ!そういえば今までMP残量確認するの忘れてた。さっきの戦いで途中で切れてたら・・・死んでたな。
--え~と、プロテクトシートの消費MPはとMP7?あんなに便利で凄いのに!?あとスレイリーフはと・・あれ?名前変わってる。効果も???になっていて分からないな。消費MPは・・え~とMP10か。まぁ、元がスレイリーフだからそんなものか?効果も、ちょっと上がったぐらいだろうな。
クラウドは現在のステータスを確認してみた。
LV21
HP 112/328
MP 131/131
STR 155
DEF 149
DEX 117
MAG 133
MR 105
LUCK?????
--これ見て分かったけどレベル上がってもゲームみたいにHP満タンとかならないんだな。あれ?それなら魔法結構使った筈なのに減ってない?・・・取り敢えず疲れたしヒールブロックの実験でもしておくかな。
クラウドは豪華な台座の傍にある椅子に腰かけて座り、ヒールブロックを構築した。
--フ~・・・確かに心地いい。継続できる時間は分からないけど消費MP以上は回復するだろう。
クラウドが目を閉じていて心地よさに浸っていると台座が光を帯びてどんどん強くなっていく。クラウドもそれで気付いて目を開ける。
--んっ、何?
台座の光が徐々に魔法陣へと変わりクラウドの頭上に来ると円柱状の光が降り注ぐ。
--ウワァァァ、何だぁ~!?
身体を包む光が消えると洞窟ではなく森の中にいた。ただ普通の森とは違う。木々が柔らかく発光していて花も森の中とは思えぬほど、そよ風に揺られながら色鮮やかに沢山咲いている。空気は澄んでいて少し吸うと癒されていく感じがする。
--すごく綺麗な所だな・・・!どこだろう、ここ?
クラウドがそう思っていると急に突風が吹き、いつの間にか目の前にいた少女に驚く!
「レイティス様~~~~~!!お久しぶりです~。何で呼んでくれないのぉ~~。」
--あれっ?いきなり羽根の生えた少女に抱き着かれた?しかもレイティス様って?
「あっ、あのぉ~。」
「あれっ?あんた誰?・・おかしいわねぇ~。ここにはレイティス様以外入れない筈なのに・・・・!?・・そう・・・そういう事なのね。」
--えっ?どういう事?
「レイティス様はあなたに同化しているみたいね。力を感じるもの・・・まぁ、いいわ。あなたで我慢してあげる。」
--同化??力をくれただけでは?
「私は昔、レイティス様に創られし風の妖精。この風の森ウィシソスの女王クラリスよ。必要な時は私か私の眷属の力を貸してあげる。そのために創られたのにレイティス様ったら一回も呼んでくれないんだもの!」
「あっ!それとこれ受け取りなさい。召喚する時はその風の水晶に口づけをするの。それと~・・・報酬は私の眷属なら私とキス、私を呼んだらエッチしてもらうからね!・・・・も~う、やだぁ~。なに言わせるのよぉ~・・恥ずかしい!」
--言わせておりません。物凄い美少女ではあるけれど外見は中学校入りたてぐらいにしか見えない・・・レイティス様も、だから呼ばなかったんじゃぁ・・この水晶お蔵入りだな。
「あなたの名前は?あなたの事なんて呼んだらいい?」
「クラウドです。」
「そう、これから宜しくね。クラウド!遺跡の外まで送ってあげるわ。あっ、そうそう。その水晶身に着けていれば風を自由に操れるわよ。練習次第で風の様に速く動けるようになるわ。リングボックスの中に入れたまま使えるからね。それじゃあね、クラウド。」
クラリスにチュッと口づけされると頭上に魔法陣が現れて遺跡の外まで送られる。
--最近キスされることが多いなぁ。モテキ到来!なんてね・・・・・。よしっ、早速高速移動でも試してみるか。
クラウドは風の水晶を思い浮かべ、高速移動と念じる。その瞬間に風が凄い速さでクラウドを運んでいく!
--いっ、息が出来な・・・い。
遠くに見えた小さな岩が一瞬にして目の前に大きな岩として現れる。
--いっ、岩!?プッ、プロテクトシート!!
ドゴアァ~~~!!クラウドの体当たりにより岩が粉々に飛び散っていく。
--ほぉ~、間に合った~。死ぬかと思った。・・駄目だ、これ!加減しないと大変なことになる。もし、さっきの岩が人だったら・・・人殺しだな。
--今のうちに使い慣れておいた方がいいな。
クラウドは高速移動の速さや曲がる角度、急停止、急発進の調整を繰り返し行っていく。
--大分慣れて来たなぁ。呼吸もプロテクトシートを上手く使えば楽に出来る事が分かったし。後は町に戻るついでの模擬訓練をバウモラ遺跡とリクスの町の途中にある森でしてみるかな。
ゆっくり移動したつもりだが数分で森に到着する。森で木を避けながら高速移動訓練を行っていく。
--よし!殆ど感が頼りだけど動けるようになってきたなぁ。目も何となくだけど周りが見えるようになってきたし。でも目を閉じた方がもっと上手く動けるような気がするけど・・・やってみるか。
クラウドは目を閉じて勘と運を駆使し少しずつ移動を早くしていく。やがてその速度は風そのものと化し、動物達も巻き起こる風に驚きはするがすぐ傍を過ぎていくクラウドに全く気付いていない程であった。森の端から端へと一瞬で駆け抜ける。生えている草もプロテクトシートを踏み台等に使い上手く避けれていた。
--やっぱり目を閉じた方が上手く移動できるのか。まぁ、運任せだけどね。でも、少しづつでも森がある所で目を開けての移動も慣れるように訓練しておこう。いつか役に立つかもしれないし。
--まぁでも、取り敢えず今日は戻るとするか。
今朝、検問所で衛兵さんから聞いた話だがリンドルの奥さんの体調が少し良い為、町を救って頂いたお礼に伺いたいと言っていたらしい。クラウドは奥さんが病気で大変だろうと思い、こちらから伺いますと伝えて貰える様その時お願いしていた。
--奥さんの病気もあるし遅くならない内に伺わないとな。気を使わせてしまっても困るし。
そんなことを考えながら町へ戻ろうとしたところ、女性の高い声が聞こえてきた。
「キャ~~~!!助けて~!」
--んっ?向こうか?
高速移動で駆け抜け声のした場所に着くと肩まであるストレートの黒髪を地面へ向け、白いカチューシャを着けた黄色のドレス姿の14歳の女の子が左手に積んだ花の束をしっかり握りしめながら、逆さまにぶら下っていた。少女は肌白の綺麗な顔立ちを、焦る表情に変えてぶら下っている。
その場所は丘が切り立ち、3㍍程の低い崖になっていた。崖のあちらこちらに白と黄色の綺麗な模様の花びらが特色のキネアという花が咲いている。少女はその花を採ろうとして足を踏み外し落ちたが、途中の木の根に運良く足が引っ掛かりぶら下っている。
ただ、スカートは捲れて細い綺麗な足と白の下着が露わとなっている。
「大丈夫ですか~!今助けますから!」
「キャ~~!見ないで~~!助けて~!」
--難しいことを言うお嬢さんだなぁ。まっ、何とかなるか。よっと!
クラウドはプロテクトシートを構築して丘から飛び降りる。そしてプロテクトシートを腕の上に柔らかいクッションとして構築した後、一部を長い剣と化し、足の引っかかった木の根を切った。
その瞬間少女は落ちてくる。プロテクトシートの一部で少女の態勢を整えていく。
「キャ~~~!!」
クラウドは落ちて来た少女をお姫様だっこの状態で抱えた。
「早く降ろしてください!」
クラウドがゆっくり降ろすと少女はドレスを整えて話し出す。
「私の名はルシルと申します。助けて下さったことを感謝いたしますわ!でも、もう少しよい助け方があったのではありませんの?あなたお名前は?」
「クラウドと言います。いやぁ、ルシルさんが見ないで助けてって、仰っていたので。上からだと、その~・・見えてましたから。」
ルシルは顔を真っ赤にする。
「やっ・・ぱり!見ましたのね!責任とって頂きますから!!取り敢えずそこの馬車でリクスまで送って頂戴!」
--えっ?責任って何?しかも何で自分が馬車で送るの?馬車の運転なんかした事無いんだけど。まぁ、リクスへ戻るついでだと思えばいいか。可愛い顔をしてるけど何か言うと倍になって帰ってきそうだし。
「はぁ。」
馬車の馬は馬人族ではなく普通の馬である。その馬車を昔見たテレビと勘を頼りに走らせていく。馬車と馬人族の違いは言葉が通じれば場所の指定だけで目標の場所を目指してくれる事である。この世界の商売人達は人件費削減の為、馬人族に仕事を依頼することが多い。
--意外と運転、何とかなるものだなぁ。
検問所では以前、衛兵から検問をする必要はないので自由にお通り下さいとクラウドは言われていた。お辞儀だけして門を通り過ぎる。そしてルシルのいう方向へ進んでいく。
やがて町の一番奥にある大きなお屋敷に辿り着いた。鉄格子の門があり門番はルシルが合図すると、お辞儀しながら開けてくれている。
--あれっ、もしかしてルシルさんはリンドルさんの娘さんだったのか。
広い庭にある道を進んでお屋敷に到着する。執事の格好をした人が扉から出てきてルシルへと駆け寄って来た。
「お嬢様!あれほど護衛なしで出かけられては危険ですので、おやめ下さいと申しましたのに!リンドル様も大変御心配なされておりましたよ!」
「ごめんなさい!レイヤー。どうしても母の好きな花を採って来て喜ばせたかったの!この前の魔物の襲撃があった所ですので話すと許してくれないと思って・・。」
「当たり前でございます!ですが、本当にご無事でよろしかった!ところでお嬢様、こちらの御人は?」
「クラウドさんって言って、送って頂いたの。」
「クッ、クラウド様!?失礼いたしました!ささっ、どうぞこちらへ。」
ルシルはレイヤーの言動と行動が今までにない様子であった為、問い掛けようとしたのだがタイミングを逃してしまう。
「申し訳ありませんが、こちらで少々お待ち願えますでしょうか。」
「分かりました。」
少しして大きな階段から優しそうな紳士が降りてくる。クラウドの前まで来ると王の御前であるかのように片膝をつき挨拶をしだす。
「クラウド様、ようこそいらっしゃいました!私はリクスの領主グラハット・リンドルと申します。煌輝紋章石ホルダーであらせられるクラウド様に街を救って頂いたことを誠に感謝いたしております!本来であれば、こちらからお伺いせねばならぬ所をご足労頂きまして申し訳ございません。」
横でそれを聞いているルシルの顔が青くなっている。動揺を隠せずソワソワしている様だ。
「いえっ、こちらこそ奥様が御病気で大変な時にお伺いして申し訳ありません。自分はもともと平民の身ですので楽になさってください。」
「お気遣い感謝申し上げます。しかもルシルを送って頂いたそうで申し訳ございません。ルシル、お礼は申し上げたのか。」
「クラウド様!大変失礼致しました!送って頂いて感謝申し上げます。」
「いえっ、ちょうどお伺いしようと思っていた所でしたから、お気になさらず。それに先ほども申しあげたとおり楽に話して頂ければ。」
「有難うございます。では失礼いたします。」
リンドルは立ち上がり話し出す。
「クラウド様、お食事の前に妻のエルナも是非お礼が言いたいと申しておりますので、お時間頂いて宜しいでしょうか?」
「はい、宜しければ伺います。」
2階にある大きな寝室に通される。そこにはベッドから上半身を起こしているエルナがいる。その横でエプロン姿のメイドがルシルの採取したキネアの花を活けている。
「クラウド様、はじめまして。リンドルの妻、エルナと申します。このような状態でお話させて頂くことをお許しください。大好きな町を・・人を救って頂き誠に感謝を申し上げます。」
「あっ、無理なさらず!賑やかないい町ですね。」
「はい!長男は現在王都で働いているのでおりませんがそこにいる娘のルシルも皆、小さいころから育ってきた思い出の詰まった本当に良い町です。」
--ルシルさん見ている時の優しい笑顔のエルナさんは、雰囲気が母さんに似ているなぁ。
その後、一家団欒の輪にクラウドも加わり穏やかな時間が過ぎていく・・・・・。そして、メイドの部屋をノックする音が聞こえてきた。
「お話の途中申し訳ございません。お食事のご用意が出来ました。」
「分かった。直ぐに行く。」
「クラウド様、宜しければこちらへ。」
「はい、それではエルナさん。お体ご自愛下さい。」
「はい、有難うございます。」
皆が振り向き出て行こうとしたその時、急にエルナの容態が悪くなり多量の吐血をしてドサッと倒れてしまう。
「エルナ!」
「お母さま!」
「レイヤー!すぐに医療魔法師を!!」
「かしこまりました!」
どこかで待機していた二人の医療魔法師が入ってきて医療魔法を掛けている。しかし、エルナの吐血は止まらずに顔の血の気も引いていく。
「エルナ!しっかりしろ!!頼む!私を置いていかないでおくれ!」
「お母さま!!」
・・・・・しばらく時間が過ぎ、額に汗をかいた医療魔法師がもう手遅れかの様に、魔法構築を止めてスッとベッドを離れ無言で深くリンドルへお辞儀をしだす。
「待ってくれ!!頼む!妻を助けてくれ!お願いだ!頼む・・頼む頼む頼む~・・・・・・!!」
リンドルが医療魔法師にしがみつく。
「あなた・・もういいの・・ゴホッ・・沢山愛してくれてありがとう・・・・・ゴホッ!・・ゴホッ!!・・私も・・あなた達の・・事を・・いつまでも愛して・・いる・・」
エルナは目を閉じて動かなくなる。
「エルナ!!~~~!!!誰か~!頼む!助けてくれ~~~~!!お願いだ~~~~!!」
リンドルはどうすれば助けれるのか分からず、天井に顔を向けて身も心も裂かれる様な気持ちをぶつけている!!ルシルがエルナにしがみついて大粒の涙を流しながら叫ぶ!
「お母様!~~~!!ウワァァァ~~~!!」
--助けたい・・助けたい!・・助けたい!!!
クラウドは自分でも何をしているのか分からないまま、エルナが寝ているベッドの足元へ行きエターナルヒールを唱えだす。
「スカリク・・・クラク・・・・・」
「君っ!今さらスレイリーフなど役に立たない魔法でご家族のお別れを邪魔するんじゃない!!」
医療魔法師が窘めるが構わずクラウドは唱え続ける。無詠唱でないのは、今はこの方が効果がある様な気がしたからだ。
「・・スカフェト・・・デリア・・・。」
「ん?その詠唱は?スレイリーフではない・・・?」
「・・・クリウ・・・・・ケアフ・・・・・・・エターナル・・・ヒール!!!」
部屋中、魔法陣の発光で眩しく輝き!クラウド以外の者は前が見えていない。
「なっ!何だ、これは!!?」
クラウドは、神の眼鏡を通しエルナの状態が見えている。少しづつ青くなっていた血の気が戻り、顔に赤みが増していく。
--まだだ!人が生き返るほどのイメージを・・・!!必ず!・・・助けてみせる!!
・・・・・更に部屋の輝きが増した後、やがて発光も収まり静けさが訪れる。
「あれっ?あなた。私、亡くなったんじゃ。おかしいわねぇ~?身体の痛みもないし。」
「ハッ・・ハハハハ。エルナ~!!ウォォ~~~!!!」
「お母様~!!ウワァァァ~~!」
「あらあら、あなた達ったらお客様の前で・・・あらためて又宜しくお願いします。」
「ばっ、馬鹿な!?信じられん!!あの状態から息を吹き返すなど・・・・・奇跡だ。」
クラウドはその後、精神の疲れからバタッと倒れてしまう。
「「「クラウド様!!」」」
・・・約1時間半が経ち、クラウドがベッドから目を覚ますとリンドルが戦闘用の甲冑に身を包み跪いていた。クラウドが目を覚ましたことに気付いて顔を上げる。
「クラウド様!!お体の具合はいかがでございますか?」
「えぇ、もう大丈夫です。少し疲れただけですから。」
「それは良かった・・・クラウド様!妻を救って頂き感謝が絶えませぬ!!衛兵よりクラウド様は危険な旅をされているとのこと!私も父が亡くなるまでは騎士をしておりました!是非、私の命を盾にお使いください!!」
「ちょっと待ってください!自分が助けたいと思ったのはエルナさんの命だけではなく、リンドルさん一家の微笑ましい家族を見てそれも守りたい!と思ったからです。リンドルさんの命を捧げて貰う為ではありません!!自分の家族はバラバラでした。愛する母親も今は遠いところにいます。仲良く暮らしているリンドルさんの家族をいつまでも見ていたいと思っています。」
「しかし・・・」
少し時間が遡る。クラウドが倒れた後、医療魔法師に診断させ、精神の集中による疲れで安静に寝ていれば問題ないと聞かされた皆はホッとしていた。エルナはそれを聞いてムクッと起き上がり周りの制止も受け入れず、クラウドを歓迎するために専属料理師と腕を奮っていた。ルシルも母の心配をしながら母にクラウドへの料理は負けないとの意気込みで料理を作っていた。
料理を終えた後、二人でクラウドのいる部屋の扉の前に着くと父親のクラウドへの感謝の言葉と命を捧げる話、またクラウドからはエルナもグラハット家族も守りたくて行動したと聞かされる。二人は扉を開き話し出す。
「そうよ!お父様。騎士を引退されてから大分経つのですから心配ですわ!クラウド様には私が傍で一生をかけて御礼致します!・・・・クラウド様に責任もとって頂かないといけませんし。」
「何を言う!ルシル!」
「あらあら、いいじゃありませんの・・あなた。ルシルの事はクラウド様が絶対守って下さるわ!それにクラウド様ほどのお方ですから、ルシルを第二夫人でも第三夫人でも娶って下されば、きっと幸せになれます。そうなのね・・・ルシルはクラウド様を愛しているのね。その気持ち私にも分かるわ~!お会いしてから短い時間しか経っておりませんけれど、クラウド様が本当の子供であれば家族であればと私も思っていますもの。」
--あれっ?リンドルさん達の会話を聞いてたらいつの間にか奥さんが増えることに?ルシルちゃんて若いよね、確か・・・。
ルシルは顔を真っ赤にして照れている。
「えっ・・・・いや・・・その・・・あの・・・と!とにかく目指すは第一夫人ですわ!」
「う~ん、しかし・・クラウド様と家族になれるのは、私も賛成だがルシルでは足手まといになるのでは。」
「それなら、ルシルを今からでも王都の魔法学校へ行かせましょう!ルシル!あなたは、そこで頑張って優秀な成績で卒業するのよ!」
「分かりましたわ!お母さま!」
--いやっ、だから勝手に話を進めないで!んっ、メニューに煌輝紋章石に反応ありと出てる?
クラウドは紋章石を出して左手で受信と念じる。
「クラウドか、ユイアレスだ。」
「「「王子様!?」」」
「んっ、誰かおるのか?取り込み中にすまぬ。」
「いえっ、大丈夫です。」
「早速で悪いが力を貸してくれぬか。直ぐにギャドリグ公都近くのゾリンペル砦へ向かって欲しいのだ。我が国の結界を構築している結界柱がこの国には8柱あるのだが、その要の2柱を何者かが攻撃している様なのだ。両柱が完全に崩壊すれば結界は消えてしまう!私はもう一つの柱を死守しに行く。頼んだぞ!クラウド!」
「分かりました。」
クラウドはベッドから起き上がり別れの挨拶をする。
「そういう事ですので・・皆さん、すみません。私は直ぐに発ちます、お元気で。」
「クラウド様もお気を付けて!」
「クラウド様!私、魔法騎士学校に入って卒業したら追いかけます。責任とって頂くまで逃しませんから!」
ルシルがクラウドに抱き着く。
「お怪我なさらないでください・・・お元気で。」
「はい、行ってきます。」
・・・・・クラウドはその後、ウデント親子にも会って事情を話した。リアンナは泣いている。ウデント夫婦は気を使って二人きりにして部屋から出ていく。
「リアンナさん、それでは行ってまいります。」
「早く迎えに来てくださいね。」
リアンナはそう言いながら、そっとクラウドの右手を取り首元から自身の服の中へ誘導した。その中では大きな柔らかい胸と一つの粒が手の平に当たる。
--柔らかい・・・。
「リッ、リアンナさん!?」
「フフフ、私を忘れないようにね。」
--忘れられません。
「それじゃあ、行って来るよ。」
「いってらっしゃい・・チュッ。」