シンデレラの靴
シンデレラのガラスの靴
それは、幸せの象徴、その靴を履くことができれば、愛する人の愛を得ることができる。
シンデレラのガラスの靴
だが、それは愛されないもの、認められないものを容赦なく裁くものでもあった。
「ここですか」
閉鎖された工場の門の前に立ち、遠間朔夜は呟いた。」
都内のミッション系の制服をきた少女その黒曜石のような見事な黒髪を腰まで伸ばしたその姿は、一見してお嬢様であり、今は閉鎖された工場の前にいるのを見れば、誰もが違和感を感じるであろう。
だが、朔夜はここに用があったのだ。
彼女は普通の人間ではない。
この世界の闇、異能と人外が跋扈する世界の住人であり、魔術を操る家系”術者”の一つ、遠間一族の現当主であった。
周囲に漂う昏い霊気を感じ、眉を潜ませる。
彼女が門に近づくと、門が勝手に開く。
まるで見えない何かが、彼女が通れるように鍵を開け、門を開けたかのようであった。
いや、いるのだ。
遠間家が代々伝えし術は、死霊を操る術
彼女のそばには、常に死霊が控えている……
「ありがとうございます」
虚空にむかって朔夜は声をかけると、工場の中に入っていく。
だが、2、3歩歩くと、足を止める。
「これは……、いえ、たまには私にもやらせてください」
朔夜は学生カバンを唱えると、長方形の紙”呪符”を取り出すと呪を唱える。
「閻魔の刻印のもと、我は天に至る契約を為す。”結界を破壊せよ”」
呪符が光に包まれると、朔夜は前方にむかって呪符を投げた。
呪符は1メートルも進まないうちに爆ぜる。
その先にあった魔力結界に触れたがために。
だが、ただ爆ぜたわけではない、開封された魔力が結界に亀裂を創り、その亀裂を起点に瞬く間に結界が消滅する。
呪符から放たれた魔力がやめ、その残滓が天に向かって登っていくのを見届けたあと、朔夜は結界内に足を踏み入れた。
そこにあるのは、5人の女性の遺体と、その死肉を喰らう巨大な男であった。
その男の額には角が生えていた。
「鬼……」
それが、この結界を創り、近くを歩いていた女性たちを襲っていたものの正体であり、朔夜が探していた退魔対象であった。
この辺りでは、ほぼ同年代の女性が5名、連続して行方不明になっていた。
現代版の神隠しとニュースが流れていたが、不自然なほど女性たちの痕跡がなかったことから、捜査機関は遠間家に退魔依頼をしたのだ。
さっそく調査をはじめた朔夜は、ある女の死霊と会い、事件解明の糸口を見つけた。
ゆえに、この場所に足を踏み入れたのだ
『そうだよ、朔夜。鬼に成ってしまったもの、愛する女性を失った男の成れの果てだよ』
常に彼女のそばにいる死霊が、朔夜に説明する。
「お兄様」
『朔夜と一緒に話を聞いた時、そうではないかと思っていた。神隠しにあった少女は、背格好、服装が似ているといっていた。そして、彼女にあってそれは確信に変わったよ』
お兄様と呼ばれた死霊は、朔夜をここに連れてきた死霊を見る。
それは、死んでいる女性たちとよく似た顔、服装をした少女であった。
『彼女は交通事故で死んだ。それを認められなかった男は狂った。不幸なのは、彼に鬼の血が流れており、狂気がその血を発言させたことだ』
彼女が朔夜たちに語ったのは、恋人の事であった。
交通事故に会い死んだ彼女であったが、愛する男を忘れることができず、死霊となって男のもとへと向かった。
だが、男は、その姿を変貌させ、女性を攫い、その肉を喰らう異形のものへとなってしまっていたのだ。
「だから、鬼となって彼女さんを探していたのですね。もう、いないのに。そして、彼女ではない女性をさらっては、このようなことを……」
死霊は泣き、鬼と成り果てた恋人にむかって叫ぶ。
『私はここにいます』
『だから、罪を重ねないで』
だが、その声は鬼には届かない。
鬼は、本能で恋人と似た女性をさらい、確認し、恋人でないことを悲嘆して喰らうのだ。
負の連鎖、そこに救いはない。
すでにこの世にいないシンデレラに出会うために、ガラスの靴にあう女性を探す狂った王子がそこにいるだけであった。
「大丈夫ですよ、私があなたと彼を救ってみせます。もう、彼はいないはずのシンデレラを探すことはありません」
朔夜はほほ笑んだ。
「お兄様、力を貸して下さい」
『わかったよ、朔夜』
妹の言葉に、自ら命を断ち妹を護る死霊となった兄”遠間零夜”は頷いた。
零夜の魔力と朔夜の呪力が混じりあい、相乗して高まっていく。
「閻魔の刻印のもと、我は天に至る契約を為す。”鬼を浄化せよ”」
その刹那、少女の死霊はひと振りの槍となった。
「天国で幸せに」
朔夜は、槍を鬼にむかって投じた。
槍が鬼を穿つ
「UGAAAAA」
鬼が吼え、槍を抜こうとするが槍は微動だにしなかった。
槍に込められていた浄化の呪力が鬼に注ぎ込まれ、鬼の体に流れる魔力を打ち消していく。
狂気に歪んだ顔が穏やかになり、角も縮んでいく。
だが、完全に元に戻るわけではない、彼は鬼に生り過ぎていた。
人の姿に戻った男の体が崩れ落ちる。
人としての命はとうに尽きているのだ。
槍もその形を維持できなくり、光へと変わっていく。
その光景は、ただ魔術の槍が鬼を屠っただけのように一見見えた。
しかし、霊を視ることができる朔夜にははっきりと見ていた。
二人の霊が天に向かって還っていくのを。
「よかった、二人の魂が天に還っていく」
『そうだよ、朔夜。お前のその優しい心が二人を救ったのだよ』
「いいえ、お兄様。お兄様が私のために創ってくれた刻霊天翔呪のおかげです」
刻霊天翔呪。それは、遠間家に伝えられし遠間流霊縛術をもとに霧夜が創りだした新たな魔術であった。
霊縛呪が死霊を魔力により縛り、その怨嗟をも魔力にかえ操る闇の術であるなら、刻霊天翔呪は死霊を契約をもとに行使し、術者の望みに助力したという善業を縁に霊を成仏させるという陽の術であった。
それゆえに朔夜が振るった槍はただの退魔の術ではなく、本来、消滅するはずであったは二つの魂を天に還すことができたのだ。
「さすがは私のお兄様です」
これは、ウェブサービスの一つ「即興小説トレーニング」で、制限時間30分間、お題「純粋な靴」を加筆修正した作品です。