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秋月の下で紅葉を見上げたら

今回は、静葉と美鈴のお話。

紅葉林の中で妙な出会い方をした二人が、楽しげに会話をしていると……。

 鈴虫の鳴き声が聞こえる。

 辺りはすっかり真っ暗で、紅葉林の枝葉のスキマから覗く半月と星の輝きだけが、周囲を照らしている。

 いつもなら、私は紅魔館の門の前に立っている時間帯……いや、もう咲夜さんの作った美味しいご飯を食べている頃か。そう思ったら、なんだかお腹が空いてきた。気が向いたら、何か捕まえて食べるとしよう。

 夜空に浮かぶ半月を見上げながら、落ち葉を踏む音と鈴虫の鳴き声を楽しみながら、ゆったりと歩いていく。夜の散歩だと思えば、十分過ぎるくらいの景色と雰囲気だ。滅多に訪れない妖怪の山の麓まで足を伸ばして正解だった。なぜなら、こんなに綺麗な紅葉林を見つけたんだから。

 ふと、お嬢様の笑顔を浮かべる。

私、紅美鈴ホン・メイリンが門番を務める紅魔館の主であるレミリア・スカーレット様。もし、満月の日にこの紅葉林を散歩できるなら、あの方は満足げな笑みを浮かべるのか。そうだといいなと思う反面、満足してもらえなかったらどうしようと不安にもなる。なにせ、今日あの方から承った命令がこの状況に繋がるのだから。

「はあ……。本当に、綺麗なお月様です」

 歩みを止めて、月を見上げたままため息をつく。そうやって、お昼の出来事を思い出す。

 今日のお昼、お嬢様直々に門までやってこられて、私にこう言った。

『美鈴。休暇を与えるわ。どこか見て回りたいだけ幻想郷中を散策するといいわ。ただし、途中で綺麗な紅葉林を見つけること。そうね……満月と一緒に見上げられるとなおいいわね。それじゃ、よろしく頼むわ』

 思い出してみても唐突で、やや勝手で、私が反論する隙を与えない言葉だ。お嬢様の言葉を受けて暫く呆けていて、気づいたらお嬢様はいなくて、お嬢様と一緒に来ていた咲夜さんだけが目の前にいた。そして、こうなった経緯を聞いた。なんでも、私が以前たまには幻想郷散策でもしてみたいと言ったことがお嬢様の耳に入ったらしい。別に、門番の仕事に嫌気がさしたわけでもなく、ただなんとなく呟いたその言葉を、いったいいつどこで呟いたのかは思い出せないが、お嬢様なりの気遣いだと言うことは分かった。紅葉林のことは半分本気で半分は休暇をだす口実として使ったのだろう。そういう意味では、私は紅葉林なんてしっかり探す必要は無いのかもしれない。でも、休暇の期限なんて言われなかったし、お嬢様が喜ぶかもしれないなら紅葉林の一つや二つ見つけるぞーって、気持ちでいた。門番不在の状況がどうなるかなんて、考えないようにして。

 人里を歩き、買い食いして、太陽の畑を見て、迷いの竹林には入らないように気をつけて、妖怪の山に付いたのが夕日が沈みかけていた頃。妖怪の山は天狗達の縄張りなので入る気は起きず、山の麓をぐるりと一周してみるかと歩き出して、この紅葉林を見つけた。

 夜空から降り注ぐわずかな光でも、葉っぱ一枚一枚の色鮮やかさは際立っていた。赤、黄色、やや茶色。一枚とてまったく同じ色、同じ模様、同じ形は存在しない。そう思うと、これは神の奇跡なんだろうかと思う。幻想郷には秋の……紅葉を司る神様がいたはずだ。きっと、これらの紅葉もその神様の力によるものだろう。

 歩みを止めた足を再び動かし、ゆっくりと進む。聞こえる音は変わらず、頬を撫でる風がやや冷たく、秋らしさを感じる。

「あ…………」

 小さく呟いて、再び足を止めた。目の前には、ぽっかりと円形にくりぬかれた様に木が存在しない場所があった。木がないため、それまで枝葉のスキマから見えていた月が、今はくっきり見える。淡い輝きを周りの星々と共に放ち、夜空を彩り、地上の暗闇に微かな光をともす。ここはまるで、紅葉を見ながらお月見をするために作られたような場所だ。これも神様のおかげかなと思い、私は感謝の言葉を口にしていた。

「ありがとう。紅葉の神様」

「へ…………きゃっ!?」

 私の呟きの後に誰かの短い悲鳴が響いた。同時に、月が雲に隠れたのか周囲がより暗くなる。さらに、がさがさっ、と頭上から木々がざわめくような音がして、上を見上げたら何かが自分のところに降ってきた。

「え、……え?」

 ほとんど反射で、私は落ちてきた何かに対して両手を開いた。運よく、落ちてきたものは私の腕で抱えることができた。暗すぎて、これだけ近くにいても何が落ちてきたのか分からず、私はそれを少し目を細めて見つめる。

「ん……んん――――?」

 小さく、うめき声が聞こえる。声と、抱えている感覚から考えて、どうやら落ちてきたのは人の姿をした何かみたいだ。こんな夜中に上から人間は降ってこないし、妖怪か何かだろうか。それにしては気配が薄いと言うか、掴み難いような気がする。

 そう考えていると、雲に隠れていた半月が顔を覗かせ、再び周囲の闇を淡く照らす。そして、私が今抱えているものの姿が何かを確認した。

 赤い上着にスカート。金色の髪がわずかに風になびき、金色の瞳が私と周囲をキョロキョロと忙しなく見て回っていた。私の腕の中で驚き、困惑しているのは、一人の少女だった。



「えっと、下ろしても大丈夫ですか?」

 私を抱きかかえる、というよりはお姫様抱っこしている女性が尋ねてきた。落ちたときの痛みが残っている上に、抱えられている現状に少し混乱してて、少し頷くまでに時間がかかってしまった。

 私が頷いたのを見て、彼女はそっと私を地面に立たせるように下ろしてくれた。自分の足で大地に立ったことでなんだかホッとして、胸を撫でおろす。

 私はさっきまで、彼女の近くの木の枝に立っていた。彼女がここに足を踏み入れていたことには気づいていたけれど、特に気にすることはなかった。でも、彼女が紅葉と月を見上げて『ありがとう。紅葉の神様』なんていうから驚いて木の枝から足を踏み外してしまった。突然の事態に空を飛ぶ暇もなく、私は真っ逆さまに落ちて、彼女に助けられた。思い返してみても、あの抱えられている感覚はいいものだった。女性に抱えられたのに力強さと、温かさ、安心感を覚えたのだ。そう言うのは、男性で感じるものって聞いていたけれど、どうやら違うらしい。恐らく私は、彼女の言葉がなければ、まだ彼女の腕の中にいただろう。それだけ、居心地……この場合は抱かれ心地がよかった。

 彼女の心地よい温かさを思い出して、少し呆けていたせいか、こちらを見る女性は心配そうな表情を浮かべ、私に聞いた。

「ええー、大丈夫ですか? 結構勢いよく落ちてきましたけど?」

「だ、大丈夫です。あなたのおかげで助かりました」

 私の言葉に安心したのか、彼女の表情が笑顔に変わる。

「それはよかったです。あ、私は紅美鈴といいます。夜の散歩をしていたのですが、あなたはどうしてこんな夜中にここへ?」

「私ですか? 私は、紅葉に色をつけていました」

「…………」

 私の前で美鈴さんが固まった。彼女は私を見て、『この人は何を言っているのだろう』などと思っているのだろう。紅葉が色づくのは自然のことではなくて、秋の神様が一枚一枚塗っていたから、なんて話し、私が紅葉の神様だと伝えても信じてくれないだろう。

幻想郷では常識が非常識に、非常識が常識に、だなんて聞いたこともあるけれど、こればっかりは納得し辛いだろう

「じゃ、じゃあもしかして紅葉の神様だったりするんですか!?」

 ……納得し辛いと思っていた私の考えあっさり否定するように、彼女は私にぐっと接近して尋ねてきた。瞳をキラキラさせて私の返答を待つ彼女の姿は、なんというか、はしゃぎだす寸前の子供のような感じに見えた。

「え、ええ。私は紅葉を司る程度の能力を持つ、紅葉の神様。秋静葉あきしずはって言うわ」

「ほ、本物の紅葉の神様だ!」

 予想通り、大はしゃぎする彼女。その姿はわたしにとっては珍しくて、とても嬉しいものだ。私に出会ってこんなに喜ぶ人が幻想郷に何人いるだろうか。恐らく、彼女だけではないだろうか。いったい、何が彼女をそこまで喜ばせているのか。それは分からないけれど、私と言う存在を感じ、私の紅葉の色を塗ると言う行いを信じ、私に人知れず礼を言う彼女はまさに、私を信仰しているも同然だった。その所為だろうか。自分がいつもより活力に溢れている気がした。

 暫くすると、彼女は我に返ったのか立ち止まって、やや恥ずかしそうに笑ってみせた。

 その笑顔に苦笑いしか浮かべられない私のことは、どうか許して欲しいところだ。

「あははは。ちょっと恥ずかしいところを見せてしまいました」

「ううん。私は神様だから、私に出会えたことをそこまで喜んでくれるのは嬉しいですよ。まあ確かに……ちょっと、喜び過ぎな気がしましたけど」

「うう。ちょっとどころか凄く恥ずかしくなってきました。あう」

 美鈴さんは顔を覆うとその場に蹲ってしまった。なんとも可愛らしい姿だ。見た目はお姉さんっぽいのに、この愛くるしさは卑怯だと思う。私は思わず、彼女に近寄って頭を撫でてしまった。

「うー。馬鹿にしてます?」

「してませんよ。ただ、なんだか可愛らしくって……つい」

 馬鹿にしてますなんて聞いてくるものの、彼女は私の手を払いのけることはなく、受け入れてくれた。彼女の帽子が落ちないように左手で帽子をちょっと持ち上げて右手で優しく頭を撫でる。妹の穣子みのりこにしかやったことはなかったのだけれど、この人も気に入ってくれたみたいだ。

 ひとしきり撫でて、私は美鈴さんと一緒に落ち葉の上に腰を下ろして、夜空を見上げた。

 景色も、音も、風も変わらない。夜空は淡く輝き、秋の虫が曲を響かせ、色鮮やかな紅葉の葉を、冷たい風が揺らす。



「そういえば美鈴さん。夜の散歩って言いましたけど、本当にそうなんですか? こんなところまで来る方、そうそういないと思うんですが?」

 不意に、こちらを見た静葉さんが切り出した。確かに、こんなところまで散歩に来る人はほとんどいないだろう。自分が言ったことではあるけれど、尋ねられても仕方ないと思った。

「実はですね、私が使えている館の主から無期限の休暇をもらったんです」

「館って、もしかしてあの紅い……」

「あ、はい。私は普段、霧の湖にある紅魔館の門番をしていまして、休暇をもらったので幻想郷を散策していたんです」

「なるほど。で、無期限休暇って、もしかして首ですか?」

 静葉さんの言葉に、思わず私は咳き込んだ。

 なんとか動揺した心を落ち着かせつつ、私は嫌な汗が背中を流れていく感覚を覚えた。

「い、いやー、たぶんそれは違うと思いたいんですけどね。一応、お嬢様には休暇中に月を見上げられる紅葉林を探して来いと言われていますし」

「休暇なのにお仕事ですか。もしかして、ここに来た本当の理由はそれなんでしょうか?」

「はい。まあ、散歩をしていたのも本当ですよ。紅葉林を探していたのも本当ですけど、見つけたのは偶然なので」

「そうですか。じゃあもう一ついいですか?」

「いいですよ。こんな良い夜なんですから楽しく、たくさんお話しましょう」

 このとき、きっと、私も静葉さんも楽しい会話を続ける気でいたと思う。けれど、次の静葉さんの言葉で、私は酷く動揺することになる。なぜなら、

「それでは、たまたま見つけた紅葉林が、たまたま条件にあっていたもので嬉しかったのはわかるんですけど、どうして神様に……私に感謝までしたんですか? 私は、そういう人を今まで見たことがないんですが?」

 彼女の問は、私が紅葉林探しにやる気を出していたときから無視していたことに触れるものだったから。



「…………美鈴さん?」

 私を見て、静葉さんが首を傾げた。

「え、えっと、静葉さんが落ちてくる前に私が呟いていた言葉ですね。あらー、聞かれちゃってましたか。これはまた恥ずかしい。たはははは」

 静葉さんから笑みが消えた。私の誤魔化し方が下手糞なせいで、彼女の笑顔が消えた。

そして、私へ頭を下げていった。

「ごめんなさい。聞いてしまっては、ダメなことだったみたいですね」

「い、いえ。そ、そんなことは決して…………」

 そこから先の言葉は出てこなかった。

 静葉さんの言う通り、それは聞いて欲しくないことだった。心の底で、私が気にしないようにしていたことだったから。

 私は、お嬢様に休暇を言い渡されたとき、なんだか自分がいらないもののように感じたのだ。

門番が守るべき館を離れて外で遊んでこいなんて言われた。

 私は紅魔館の門番で、守ることが仕事で誇りでもある。でも、その守る人たちがいる場所から離れることは、解雇され、誇りを失ったような気分だった。もちろん、紅葉林を探すこともそうだし、幻想郷散策をしたかった私への配慮なのは分かる。けれど、一時的でも、こんなにあっさり門番の任を解かれると知って、不安になった。

 私はもしかして、紅魔館にとってはいなくてもいいんじゃないかと。

 そう思って余計に不安になり、そんな失礼なことを考える自分に無性に腹が立ちそうだった。だから、気にしない振りをした。心を落ち着かせ、ゆとりを持とうとした。けれど、ダメだった。

 私が『ありがとう。紅葉の神様』と口にしたとき、本当に心の底から嬉しかったのだ。お嬢様の命令を果たせると言う実感があったから。

 紅葉の神様にあって大喜びしたのも、紅葉の神様がいるようなところなんだから、お嬢様も気にいると思ったからだ。

 あんな小さな命令一つ果たせそうな状況に、本気で喜ばなければいけないほど、私の心は焦っていた。武術を通して、理性で心を繕っても、本能は騙せないと知っていたはずなのに、この有様だ。

 結果、一人で焦って、横で楽しく話していた静葉さんの笑顔すら曇らせてしまった。守ることが専門なのに、一人の笑顔を守れないなんて、いよいよ門番失格だ。

 やっぱり、私はいらない――――

「美鈴さん。私、妹がいるんです」

 私の思考を遮るように、静葉さんがそう言って、月を見上げたまま言葉を続けた。

「名前は秋穣子あきみのりこって言って、可愛い妹です。あの子は豊穣の神様で、この季節にたくさん作物が取れるのはあの子のおかげでもあるんです」

 妹の話をする彼女は、顔は笑っているのに、悲しそうな、寂しそうな雰囲気を表現していた。

「あの子は、豊穣の神様で、秋に信仰されやすいんです。今でも、人里では豊作を喜び、神に感謝する方々も少なくありません。それに比べて、私は紅葉の神様。人の心を魅了する綺麗な紅葉の景色を作り出すことはできても、信仰を得ることは難しいです。人間にとって、紅葉の神様は想像し難いでしょうし、紅葉が綺麗なことで心は埋め尽くされます。そこに、神への信仰心はなく、ただ、紅葉の色鮮やかさだけが心に、鮮明に残ると思うんです」

 彼女が語っているのは、同じ秋を冠する神様でありながら、信仰において自分の妹に負けている現状だ。

「もともと神社に祭られているわけでもない神なので、信仰を積極的に集めるつもりはないです。けれど、あの子がより信仰されるのを見るたびに、あの子の存在が大きくて、遠いもののように感じます。いつか、小さくなりすぎた私はあの子の隣じゃなくて、あの子の一部になってしまうんじゃないか。小さくなりすぎた私はあの子の隣では、秋の神様とは呼べないんじゃないかって。二人で秋の神様で、姉妹で、家族なのに、一緒にいられないんじゃないかって。そんなことを、考えちゃうんです。ねえ、美鈴さん。これって、おかしいですよね?」

 問いかけるときでさえ、彼女は月を見上げていた。

 私には、その問いに答えられない。それが、私の答えだった。

 なぜなら、彼女の話を聞いて似ていると思ってしまったからだ。

 自分が館にいて良い存在かどうかを考えた私。

 家族と一緒にいられないかもしれないと悩む静葉さん。

 どちらも、自分の存在価値について悩んでいる。

 同じ悩みを持ち、同じように答えを見つけられていない。そんな私では、彼女の問には答えられない。

 けれど、ここで何も答えないわけにはいかなかった。質問に答えを返すだとか、そういうのじゃなくて、何でもいいから彼女に伝えなきゃいけない気がした。信仰され難いなんて知らない。

 だって私は――――

「静葉さん。私にはおかしいかどうか答えられません。私もまた、同じような悩みを抱えているので。ただ私は、毎年毎年紅葉を色づかせ、その美しさを守り続けるあなたを尊敬します。この紅葉林の美しさを見たときから、私にとってあなたは、とても大きな存在なんです。私はそう思うんです。だから、そんなに自分を小さいだなんて言わないでください」

――――静葉さんの紅葉に魅了され、静葉さんを信仰しているから。

 自分でも分からないけど、彼女に何か伝えなきゃと思って、こんなことを話してしまった。そんな私の言葉を聞いた彼女は、突然大きな声で笑い出した。

 それはもう、盛大な大笑い。知らないうちに笑いのつぼでも押してしまったのかと勘ぐってしまうくらい、突然起きた、大笑いだった。

 暫くして、夜に響く彼女の笑い声が納まり、笑いすぎて涙を流したのか、目元を拭きながら私の方を向いた。

「ありがとう、美鈴さん。まさか、そういう返しをしてくるとは思わなかったです。でも、予想していたものよりもぜんぜん良い言葉が聞けて私は嬉しいですよ」

「へ? あ、あの……予想していたって、いったいどういう?」

「あ、そうだった。まだ言ってなかったですね。さっきのお話なんですが、昔妹に話したことで殆ど決着付いちゃってるんです」

 自分の目が点になるくらい、唐突に凄いことを言われた気がした。

「えっと、それじゃあ私はその……決着が付いちゃってるお話を真面目に聞いて、真面目に答えてしまったということなんでしょうか?」

「そうですね……。言い方は悪いかもしれないですけど、私の茶番に真剣に付き合ってもらった、と言ったほうが正しいですかね」

「…………あの、どうしてこんなことを?」

 自分でも言うのもなんだが、茶番に付き合わされたことに不快感はない。それどころか、何か意味があったんじゃないかとさえ思っている。

 私が尋ねると、彼女は難しそうな顔をした。

「どうして、ですか。理由を聞いているならお節介。結果を聞いているなら、さっき言った通り美鈴さんからいい返事が聞けたことかな。それにしても、尊敬ですか。尊敬もある意味信仰になるんですよね。さすが門番さん。私を信仰することは私の存在の安定、私を守ることに繋がります。無意識下でも、守ることを求めちゃうんですね。美鈴さんに守られるのは、結構素敵なことです」

「い、いえいえそんな。私なんて、ちゃんと門を守れているか怪しい門番ですよ? そんな人に守られるのは静葉さんも嫌でしょう?」

「そんなことないです。美鈴さんはちゃんと守る力を持っていますよ。不安になるのは、自分一人で自分のことを考えているからです。違いますか?」

「そ、それは……」

「……まあ、そのことについてはひとまず後にしましょう。美鈴さんはさっき、私に必死に言葉をかけてくれましたね。私はあの言葉で、美鈴さんが私を信仰していることに確信が持てました。凄く、嬉しい事です。ですが、それは美鈴さんがお話したことで知ることができました。逆に考えれば、美鈴さんの言葉がなければ、私は私が美鈴さんからどう見られているのかは判断できませんでした。この、相手から見た意見がなければわからないことが、私の悩みを解決する鍵でした。まあ、ここまで言ってしまえば私が何を言いたいかはわかりますよね?」

「……お嬢様方に、私のことを聞けと言うことですか?」

「そうです。美鈴さん、落ち着いて、よく考えてみてください。美鈴さんが悩んでいることは、美鈴さんだけが悩んで解決する問題ですか?」

 静葉さんの問を考えてみる。

 自分が門番をしていていいのか。

 自分は紅魔館に必要なのか。

 どれも、私の意志に関係なく、私以外の方々が考えるものだ。私が悩み続けても、確かに解決はしない。解決策は、館に戻ってお嬢様に尋ねるのは一番早いだろう。

「でも、静葉さん……私は」

「美鈴さん。今から言うことをよく聞いて下さい」

 私の言葉を遮り、静葉さんが私を真っ直ぐ見つめて言った。私がそれに頷くと、彼女は笑顔を浮かべ、話し始めた。

「私には、美鈴さんの深い事情はわかりません。ですが、あなたの価値をあなた自身で下げではダメです。少なくとも、私を信仰することで私の存在を守ると言う意味で、美鈴さんは守ることを体現しています。もっと、自信をもってくださいよ。私だったら、絶対頼りにしちゃいますよ」

「頼りに、ですか?」

「はい。これは本心であり、さっき美鈴さんが私に言ったことと同じことなんですよ? 気づきましたか?」

 そう言われて、自分が静葉さんに言った言葉を思い出した。確かに、そうだ。私も、静葉さんに自分を下げないことと、自分が静葉さんを尊敬していることを伝えた。

 静葉さんは今、私が私自身を下げてはダメということと、頼りになると伝えてくれた。

 彼女の言葉が、何ども頭の中で響く。私を勇気付ける言葉が、何ども、何ども。

 静葉さんは私の手をそっと握って、優しく語り掛ける。

「大丈夫ですよ。たまたま出会った私のことまで守っちゃうのが美鈴さんです。これ以上門番に適任な人なんていません。ほら、自分を信じてください。自分の力と、自分と館の方々との絆を」

「……はい。信じて、頑張ってみます!」

そう宣言すると、無性に紅魔館へ帰りたくなった。今は夜の11時ごろ。夜はお嬢様の時間だ。今から行けば、きっと起きていらっしゃるだろう。

「ふふふ。どうやら、ここでお別れみたいですね」

 私の様子の変化に気づいたのか、静葉さんがそう言った。私は立ち上がり、彼女に頭を下げて言った。

「静葉さん、ありがとうございました」

「ふふふ。お礼はいいわ。私は勝手に話して、あなたも勝手に話して、勝手に気づいちゃった。後は、楽しいお話をたくさんした。それでいいじゃないですか」

「…………はい」

 下げていた頭を上げ、彼女に返事をした。そして、別れの挨拶を告げる。

「さようなら、静葉さん。よい秋の夜を」

「さようなら、美鈴さん。よい月の夜を」

 互いに答え、私はその場から走り出した。

 後ろから聞こえた『満月の日までに、もっといい色をつけた紅葉を用意して待っていますね』という声に背中を押してもらいながら、紅魔館への帰路を駆け出した。

 きっと、満月の日に、この場所へ館の皆と来ることを、心の中で誓って。





















と言うわけで、ここから先はピースブリッジ様にあやかって下に続きを書いてみました。ifの話というよりは、静葉と美鈴のお話ではなくなるため、おまけとして書いたんですけどね。では、紅魔館に帰った美鈴のその後です。どうぞ。



「あ、やっと帰ってきたわね」

「え、お嬢様?」

 私が全速力で紅魔館へと戻ってきて、門に近づくと、そこにはお嬢様の姿があった。なんで、お嬢様が門の前にお一人で立っているんだろう。

「まったく、妙なことで悩むんだから。それに、こんなに私を待たせるし。ほら、ちゃんと謝りなさい。私はいつもあんなに美鈴のことを可愛がってあげているっていうのに」

「え、えっと、すいません」

「うん。それでいいわ」

 私に向かって満足げな笑みを浮かべてくれるお嬢様。そのまま私に背を向け、閉ざされた門に手をかける。首だけ少しこちらへ向けた、話し出した。

「さ、美鈴。私に聞きたいことがあるんでしょ。遠慮しないで聞きなさい。あなたがこうして私のところに来るのは、運命だったのだから」

 運命。

 お嬢様は運命を覗き、操ることができる。つまり、今回の事態はお嬢様は結果を全て分かっていての行動だったわけだ。

 私は一歩お嬢様に近づき、何の前置きもなく、一言尋ねた。

「お嬢様、私は必要ですか?」

「もちろん! 私には、紅魔館には美鈴が必要よ!」

 お嬢様は叫ぶと同時に、門を強く叩いた。向こう側を見せない、木製の大きな門が衝撃で一気に開門する。その先には笑顔を浮かべる、妹様、咲夜さん、パチュリー様、小悪魔さん、皆の姿があった。私が帰ってくるのを待っていたみたいだ。

 その光景に驚き、感動していると、お嬢様が声高らかに叫んだ。

「さて、今日美鈴が色々悩んじゃったわけだから、ここで私は宣言しておくわ!」

 一度、全員の顔を眺めて、お嬢様が再び声を上げる。

「紅魔の紅は高貴さも表すが、それだけじゃないわ! 紅魔の紅は私にとって、家族愛の紅よ! この紅い灯を、私は守り続ける。この館の皆は私の家族! 私にとって、皆は必要なの。それを、肝に銘じておきなさい!」

 その言葉に全員が、了解の意を示した。

これで全て終わったと思っていた。でも、その前にお嬢様が何かに気づいたのか、私の方へ向き直って、

「美鈴。私、まだ言ってなかったことがあるわ」

 すっと私に手を伸ばしてこう言った。

「おかえりなさい、美鈴」

「……はい! ただいま戻りました!」



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