友達と空
今回は小悪魔と小傘のお話。
買い物帰りに雨に降られ、雨宿りをする小悪魔。そこに、雨に乗じて人を驚かせようと小傘がやってきて……。
咲夜さんにおつかいを頼まれたのがお昼過ぎだったから、あれから二時間は経ったでしょうか。お嬢様が博麗神社へ遊びに……もとい、遊んでやりにいくとのことで、咲夜さんと二人で出かけることになった。なので、珍しくも、図書館で働く私……小悪魔に買い物という仕事が回ってきた。頼まれたものは貸し本屋への手紙を届けることと、調味料と紙の買い足し。人里に行けば私にもできる簡単な仕事……だったんですけどね……。
「……雨、やまないなー」
私は人里と紅魔館を行き来する途中にある大きな森の中にいた。森に入ったときはまだ曇り空だったのに、少し時間がたって大雨が振り出した。運よく、雨を凌げそうな大きな木があり、そこにかれこれ10分ほどはたたずんでいる。私は大きな木の陰から、どしゃぶりの雨に濡れないよう、少しだけ顔を覗かせて空を見上げる。森から見上げる空は生い茂る葉っぱに隠れてよくは見えないが、とにかく灰色だった。
「うーん。来たときは雨なんて降る気配はなかったんですけどね……。パチュリー様にお天気を占ってもらうべきでした」
カーテンのように目の前を覆う大雨を見て、小さくぼやく。雨が降ることがわかっていれば、傘の一つでも持ってきたのに。
雨の所為か、徐々に沈んでいく気分の中、私は濡れてもいいから早く帰りたいと思うようになる。しかし、紙を買っているので濡れるわけにはいかない。図書館で仕事をしている所為か、紙の扱いはどうにも気を使ってしまう。それでなくても、紙は濡らせば使い物にならなくなる。せめて紙だけでも雨から守れるものがあれば、ここをすぐ飛び立てるのに。
「はあ。その辺りに傘でも落ちてないかしら?」
雨を眺めてまたぼやく。さっきからぼやいてばかりだ。雨ばかり眺めて、雨音ばかりきいて気分は雨模様。心は曇り。そう考えると、流れ落ちる雨は私の活力ですかね……なんて、くだらないことを考えながら辺りを見回していた。だから、初めは気づかなかった。一度それを視界に捉えながらも、私の視線はそのまま横へスライド。ただ、妙な違和感を感じて、あわててバッと音でもつきそうな勢いでそれがあった場所に視線を戻した。
「……傘だ」
どこからどうみても傘だった。紫色の傘。雨のせいでそれ以上の特徴はよくわからないけど、たぶん傘だ。それが、小さな茂みにのっかっていて、雨に晒されていた。私は辺りを一度キョロキョロと見回し、もう一度傘を見て呟く。
「……落し物ですよね? つかっても、いい……ですよね?」
私は自問自答しながら、すでに傘を取りにいく準備をしていた。まず、荷物に浮遊の魔法をかけてその場に浮かせる。手に持ったまま動けば雨に濡れるし、地面においても濡れてしまう。だから、こうするのが一番……だと思う。魔法は正常に起動したようで、手の力を抜いても荷物は空中で固まったかのように、その場に浮いていた。
「よし。それじゃあ……」
荷物に向けていた視線を傘のあった場所へ戻した私は首を傾げる。
「……傘が、ない?」
さっきまであった傘の姿がどこにもなかった。そんな馬鹿な、と辺りを見回すがそれらしいものは何一つ見つからなかった。まさか、幻だったとでもいうのだろうか。まさか。あれは本当に傘だった。それすらわからないほど心が疲弊しているとは思えない。
けれど、いくら探しても傘は見つからない。これはどういうことだろうと考えていると、雨音に混じって、ぴちょんと、濡れた水溜りを踏む音が聞こえた。
「え……」
私は思わず振り返った。ここには今、自分しかいないと思っていた。でも、今の音は……。そう思って振り返った私。そして、私はこの直後の出来事をあまり覚えていない。
「驚けー!」
「…………」
「ねえねえ、驚いた? 驚いた?」
「…………」
私が覚えている事といえば、そう……。
「ねーってば。わたしのこと無視しないでよ!」
「……きゅー」
「わっ!? ちょっとちょっと!? こんなところで倒れたらびしょびしょになっちゃうよ! って、気をしっかりー!」
紫色の傘を持った誰かが眼に映ったことくらいだ。
===
「その、すいません。わざわざ館まで一緒に……」
「ううん。わたし、さっきのでお腹一杯になれたからね! そのお礼だよ!」
未だに、降り止まない雨の中。私は、一人の少女と一緒に紫色の傘の中へ入って、紅魔館への道を歩いていた。
気絶した後、目が覚めて私の視界に飛び込んできたのは心配そうな少女の顔。青と赤のオッドアイと、青空みたいな空色の髪が印象的だった。
聞いたところ、彼女は唐傘お化けの多々良小傘ちゃん。大雨に乗じて人間を驚かすつもりだったらしいけど、なぜか私を驚かしてしまい、私はそのまま気絶したという。羽ついているのに、なんで人間だと思ってしまったんでしょう。それとも、最近の人間は羽が生えているんでしょうか。人里ではそんな人見かけませんでしたが。
「それにしても、小悪魔さん。こんな大雨の日に買い物って大変だね。毎日こんな感じなの?」
「いえ。私、普段は館の中にある図書館で仕事をしているんで、こんな風におつかいに行くのはかなり珍しいですよ。こういう仕事はいつも、咲夜さんがしてくれますし」
「咲夜さん?」
「はい。館でメイドをしている人です。あ、驚かせないほうがいいですよ。ナイフで切り刻まれちゃいますから」
「……ちなみに、何分割くらいに?」
「……十七分割?」
大雨の中を、他愛のない会話を続けながら歩いていく。雨でぬかるんだ地面で転ばないように、水溜りを踏んでしまわないように、買った紙が濡れないように、ただ歩いているだけなのに随分気をつけることがある。
ふと、空を見る。雨はやまない。強まる一方だ。こんなにやむ気配がないのを見ると、驚かされたけれど、小傘ちゃんが通りかかってくれて本当に良かった。もし小傘ちゃんに出会わなければ、そのうち横殴りの雨が紙を濡らしてダメにしていたでしょう。
「それにしても、本当に良く降る雨ですね」
私はどこまでも続く曇天の空にうんざりする。どうして私が外に出る日に限って雨なんか降るんでしょうか。私が図書館にいるときは大抵晴れているのに。ああ、だめです。思考がネガティブになってます。私が図書館にいる日でも雨の日くらい何度だってありました。ただ、こうして雨に打たれることは本当に久しぶり。
久しぶりの感覚のせいか、どうも雨というものを酷く意識する。そして、なんとなくだけれど、思い出していた。窓から覗く曇天の空も好きじゃないけど、こうして外にいるときのほうが、もっと嫌な感じがするんだったと。
「…………小悪魔さん、大丈夫ですか?」
「え……」
横から聞こえた小傘ちゃんの声に反応して、慌てて彼女の方を向いた。彼女のオッドアイが心配そうに私を見つめていた。私はそれに笑顔を向けて、元気よく答えてみせる。
「だ、大丈夫ですよ! ほら、羽だってこんなに動くし顔も青くないでしょ?」
「…………」
わたわたしているかもしれないが、私は元気であることをなんとか伝えようとする。折角紅魔館まで一緒の傘に入れて歩いてもらってるのに、これ以上迷惑はかけたくなかった。小傘ちゃんと話してわかったけど、この子は優しい子だ。ちょっとでも心配させれば、私のために何かしようとするだろう。彼女とは初めて会ったのに、それだけは妙な確信があった。
私の方をじっと見る小傘ちゃん。暫くすると、視線を前に戻した。それに少し安心していると、彼女が口を開いて、こう言った。
「小悪魔さん、雨……というか、雨の日は嫌いなんですか?」
私に問いかけられた言葉だと思う。ただ、小傘ちゃんは私を見ずに、前だけ見て言った。その言葉にどう返すべきかわからず、考えこんでしまった。なんで、雨の日が嫌いかなんて聞くのだろう。彼女は傘の妖怪だし、雨の日は好きって答えた方がいいだろうか。でも、雨の日が好きな理由なんて、何かあるだろうか。私が知っている雨の日は、濡れたくもないのに濡らされて、じめじめしていて、気分が沈んで、ときどき一緒に雷を連れてきて私を怖がらせていく。そんな存在だ。はっきりいって、好きではない。でも、ここではっきり嫌いだといってもいいのかな。
私が頭の中でぐるぐる考えていると、横から声が聞こえた。くぐもった声だ。何かを堪えるような、小さな声。横をみると、小傘ちゃんが口元に手を当てていた。どうやら、笑いを堪えているらしい。
……あれ。私、何か彼女を笑わせるようなこと、したかな?
私の視線に気づいたのか、彼女は口元に手をやったまま答えてくれた。
「ごめんなさい、小悪魔さん。小悪魔さんの表情がなんだかいろいろ変わるのが面白くってつい……ふふふ」
「……私、そんなに百面相してた?」
「はい。いろんな表情が見れて楽しかったです」
にっこり笑顔でそう私に言ってくる小傘ちゃん。正直、恥ずかしい。百面相を見られたこともだけど、こんなかわいくて無邪気な笑顔を直視してしまったことが、なによりも恥ずかしかった。
館にいる人で無邪気な笑みと言えば妹様や美鈴さんだ。でも、お二人は館の一員。そんな笑顔を向けられることも、館の一員だからなのだろうと思う。だから、こうやって今日知り合ったばかりの彼女からそんな笑みを向けられたことが、なんだか恥ずかしくて、嬉しかった。
「ごめんね、小悪魔さん」
「え、突然……どうかしたの?」
「その、さっき質問。せっかく一緒にいるのに小悪魔さん他の事を考えてみたいで、なんだか寂しくなっちゃったんです。困らせるような質問をさせてごめんなさい」
えへへと、舌をだして「許してください」って言ってくる。あ、なんだかここで許さないって答えてちょっと苛めたくなった。なんでしょう。妙に加虐心を擽られ……って、ダメ! ダメです!
私はいったん心の中にわいた感情をどっかに取っ払う。まったく、どうしてこんなことを思うでしょう。このままだとまたそんなことを考える気がして、私は彼女に話題をふってみた。
「あの、小傘ちゃんは雨の日……好きなんですか?」
「へ? 雨の日? うーん、嫌いじゃないよ。でも、雨の日が好きなわけでもないし、なんともいえないかな。小悪魔さんは嫌い、なのかな?」
「……どうして、そう思うんです?」
「だって、私の質問に質問を返したでしょ? じゃあきっと、答え難いことなんじゃないかって思ったの。小悪魔さん、なんだかズバッ、て物事言えなさそうだし。で、どうなんですか?」
私がズバッと物事をいえないのに対し、小傘ちゃんは随分と物事をズバッと言うタイプのようだ。あまりにも私と正反対で、しかも答えづらいとわかっているのに興味津々な様子で聞いてくる姿がなんだかおかしくて、私はちょっと苦笑いを浮かべながらも答えていた。
「あははは。正解です。そうですね……。濡れるのも嫌ですし、汚れるのも嫌です。こうして歩くにも傘を差したり、さっきみたいに雨宿りさせられたり、動きを縛られるも嫌です。私は、雨の日が嫌いなんです」
何故だかわからないけれど、さっきまで迷っていた言葉が口の中からスラスラとでてきた。特に何か、意識がかわったわけでもないのに。
私の言葉を聞いた彼女は私に「私もそう思います」と同意して、「でも……」と続けた。
「でも……雨の日には雨の日の楽しみ方があるんですよ?」
「雨の日の楽しみ方……ですか?」
小傘ちゃんに尋ねると、彼女は「はい!」と元気よく笑って、続きを話してくれた。
「例えば雨音です。今度聞いてみてください。戸板に当たる雨音。沛然と窓を打つ雨音。
葉っぱにぶつかる、小石を屋根に散らしたような雨音。波紋を作りながら大地を踊る雨音。いろんな雨音が聞こえてきて、楽しいですよ!」
「雨音……」
確かに、小傘ちゃんの言う音を全部意識して聞いてみれば、それは演奏のように聞こえるかもしれない。雨の日限定のコンサート。お客はきっと私一人。雨音を聞きながら、一人でゆったりと本を読む。そんな自分を想像してみて、それなら雨も楽しめるかと思ってしまう私は、案外単純なのかもしれない。
「他にもありますよ。雨の降る日って雲がいっぱいあるじゃないですか。でも、その雲が少しだけなくなった夜は、月の光だけがスーって伸びるんです。まるで、月まで続く道みたいに」
想像してみる。雨上がりの曇り空。日が沈み、曇天の空が黒くて暗い、黒雲に見える夜空を。その雲の上から降り注ぐ、幾本もの月の光。それはきっと、満点の星空にも負けないくらい、綺麗だと思う。お嬢様も気に入りそうです。
「雨の日って、雨だけ考えちゃうと嫌なものに見えるけど、雨によって生み出されるものを考えれば、なんだか雨も楽しめちゃうんです。小悪魔さんも、そう思いませんか?」
ねえねえと、私にちょっと詰め寄るように肩を寄せて聞いてくる小傘ちゃん。この状況がなんだか友達と一緒にいるみたいに思えて、私はなんだかお礼が言いたくなった。
「うん。小傘ちゃんのおかげでなんだかそんな気がしてきました。ありがとうございます、小傘ちゃん」
「えへへ。わたし、褒められちゃった!」
それからは始まった他愛のない話は、先ほどまでものとは違っていた。楽しくて、沈んでいた気分が高揚していくのがわかる。雨で濡れた地面も、じめじめした気候も、曇天の空も気にならない。私の視界に映っていたのは、この曇天の空の中色あせることのない、青空のような髪の色をした彼女、多々良小傘の笑顔だけだった。
===
「えっと、今日はありがとうございました」
「わたしの方こそ楽しかったからありがとう!」
あれから暫くして雨はやんだけれど、小傘ちゃんはこうして紅魔館まで一緒についてきてくれた。また雨が降ったら大変とかではなく、ただ、もっとお話したい。そんな理由で、ついてきてくれた。
「小傘ちゃん。よかったら、中でお茶しませんか?」
私はもう少し彼女と一緒にいたくて、誘いをかけてみた。だって、まだ再開の約束も友達になろうとも言っていない。そして、私はそんなことすぐにはいえない。出会ったばかりなのにこんなことを考える恥ずかしさと、小傘ちゃんが私の言葉にどんな反応を返すかわからない怖さ、二つの気持ちが私を縛る。だから、もう少し時間が欲しかった。きっと、きっと……もう少しだけ時間があれば。そのどのくらいかわからない少しの時間を待ってもらうために、祈るように誘いをかけた。でも、これは私の勝手な祈りです。
「お茶ですか? ……ごめんなさい。わたし、少し用事があるんです」
「……そう、なんですか。じゃあ……仕方ない、ですね」
誘いに失敗した私は、小傘ちゃんから見てもわかるほどに落ち込んでいたと思う。ただお茶ができないだけなのに、何故だか酷い喪失感に襲われた。そして、今になって気づいた。自分は彼女といつかまた出会いたいだけじゃなくて、今この時間をもっと一緒にいたいのだと。そう思ったのはきっと、館の人以外でこんなに楽しく、対等に話あえることが、本当に久しぶりだったから。そう、まるで、友達ができたような気がしたんです。でも、きっともう会えない。だって、友達だったらきっと、次に遊ぶ約束をするから。私には勇気がない。それを言う勇気と、友達になってと言う勇気が。
私は誘いに失敗して紅魔館の前で立ちすくんでしまった。そんなことをすれば、心配させてしまうのに。横で私の様子がおかしいのに気づいたのか、小傘ちゃんが案の定声をかけてきた。
「小悪魔さん、どうかしましたか? なんだか苦しそう……風引いちゃいましたか?」
「……ううん。大丈夫だよ、小傘ちゃん。それじゃ、今日はありがとうございました」
声をかけてもらったけど、私はなんとか館に戻る選択を取ることができた。本当に最後まで心配をかけてしまっている。だから、もうお別れしないと。私は門に手を触れ、ゆっくりとあける。
「あ……」
私が門に入ろうとしたとき、小傘ちゃんの声が聞こえた。同時に、空が明るくなった気がした。バッと上を見上げれば、そこには光の道が幾本も雲のスキマから地上へ向けて伸びていた。
「月に向かって伸びる、幾本もの道……」
私と小傘ちゃんは、その光景を、ただ眺めていた。なんの変哲もない、雲間から差し込んだ月の光の筈なのに……。
「綺麗……」
どうしてか、そう思わずにいられなかった。暫く二人とも無言のまま空を見上げていた。数秒経ったのか、数分経ったのか。よくわからないけれど、前にいる小傘ちゃんが小さく呟いた。
「……あの、小悪魔さん」
「……はい?」
「また一緒に、散歩しませんか? 今日みたいな雨の日に。それで、夜は一緒に空を見るんです。きっと、今日みたいな綺麗な月の光が見れますよ」
それは再会の約束。私が彼女と結びたかった、約束。
私は突然その言葉を受け取って少し取り乱しながらも、彼女に尋ねた。
「い、いいでんすか? その、私……小傘ちゃんとはあったばかりで、その……」
「いいにきまってるじゃないですか。だってわたしと小悪魔さんは今日お友達になったんですよ! だからいいじゃないですか。ね?」
私に笑いかける彼女の顔は、とても眩しかった。その純粋で、かわいい笑みは月の光にも負けないくらい綺麗で、難しく考えていた私の心を優しく解いてくれる、そんな気がした。
私の返事がないからか、彼女はじっと私を見つめる。だから、私は彼女の笑顔に負けないくらいの笑顔を作って、力強く返事をする。
「……はい!」
私の言葉に満足したのか、小傘ちゃんは傘を持ち直して、私に別れを告げる。
「それじゃ、小悪魔さん。またね」
「はい。小傘ちゃん、また会いましょう」
もう一度、再会の約束を。たったそれだけのことが、どうしてかこんなにも嬉しい。
別れを告げた小傘ちゃんはゆったりと空を飛び、妖怪の山の方角へ消えていった。その姿が見えなくなるまで見送ってから、私が門を開けようとするとひとりでに門が開いた。
「あ、小悪魔さん。お使いご苦労様でした」
門の中から現れたのは、館の門番をしている紅美鈴さん。濡れていない服とタオルを持っているところをみるに、雨がやんでから一度着替えてきたのだろう。
「小悪魔さん、あんまり濡れてませんね。傘とか持っていってましたっけ?」
私の姿が気になったのか美鈴さんが質問してくる。
「いえ、持っていませんでした。でも、この通り大丈夫です」
「そうですか。それならいいですが。でも、冷えたでしょうからどうぞ館へ。引き止めてすいません」
「いえ。それじゃあ、また」
そう言って私は美鈴さんと別れる。と、思っていたら玄関をくぐる前に美鈴さんが門の前から大きな声が聞こえた。
「小悪魔さーん! 何かいいことでもありましたかー?」
美鈴さんは、やはり何か気になったようだ。でも、私はその声に一礼だけして玄関をくぐる。隠すつもりはないけれど、こういうことを伝えるなら、まずは最初に伝えるべき人が私にはいるから。
買ってきた物をあらかじめ伝えられていた場所に置いて、私は図書館に帰ってきた。
「ただいま戻りました! パチュリー様!」
「あら、お帰りなさい。雨が降っていたようだけど大丈夫――――」
おそらく、「大丈夫だったかしら」となるはずだった言葉は途切れ、パチュリー様は暫く私を観察するようにじっと見て、一言尋ねた。
「何か、嬉しいことでもあったの?」
予想通りの質問だった。顔に出やすい私のことだから、こんなに嬉しい気持ちがみんなに伝わらないとは思っていなかった。
だから、私はパチュリー様に伝える。私のマスターに、最初に伝える。
「はい! 私、友達ができました!」
多々良小傘ちゃん。彼女と再会するまでにきっと、雨の日は何度もある。その度に雨音を聞いて、月の光を待って、雨の日の楽しさを新しく探す。今日、一緒の傘の下で歩いたことを思い出しながら、夜に空を見上げる。月の光に導かれて、いつかまた、彼女と一緒にすごせる時間を。きっとそれは、遠くない未来のお話。