胡蝶之夢
「立ち飲みラーメン居酒屋『なえタン』か。まあ、この店でいいか……」
店名が何だか気にくわなかったが、会社での激務からようやく解放された俺は、とにかく一杯飲りたくて今日の羽休めを此処と定めた。
店内はそこそこの客入り、中生、レバ刺、ポテサラ、ハイボール、ネギマ、タン塩、レモンハイボールと立て続けに腹に収めて、どうにか胃袋の温まってきた俺は、〆にこの店のオススメなるラーメンを所望することにした。
「へい! 〆ラーメンお待ち!」
もわーん。到着した丼から立ち昇る強烈なアルコール臭!
「うぶう! このラーメン、酒が混ざってる!?」
鼻をつまんで愕然とする俺の横から、
「あたしの『バーボンラーメン』が食べられないって言うの? コータくん?」
そう声が聞こえて振り向けば、目の前に立っている女の貌には覚えがある。
「お前! まだこんな事やってたのか!」
恐怖に駆られてその場から逃げ出そうとする俺だったが、酒に何か入っていたのか、身体が、言うことを聞かない。手が勝手に動いて、強烈な異臭を放つおかしなラーメンを俺の口へと運んでいく!
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「いやだあああ!」
聖痕十文字学園中等部二年、時城コータが悲鳴を上げて机から跳ね起きた。
「夢か……」
昼休み、急に眠気に襲われてウトウトしていたら、とんだ悪夢だ。
「大丈夫? コーちゃん?」
燃え立つ紅髪を揺らしながら隣の席で心配そうなクラスメートの冥条琉詩葉に、
「琉詩葉、俺、とても怖い夢を見たんだ」
コータは、丁度彼の前の席で、黙々とノートに何かを書き込んでいるツインテールの少女の背中を見ながら、琉詩葉にぽつりと呟く。
「俺、これから一生、いや未来永劫ずっと『あいつ』に付きまとわれて、おかしなラーメンを食べさせられ続けるんだ……」
「何言ってんのよ、コーちゃん。男冥利に尽きるってもんじゃないの! 憎いねー! この色男!」
コータの恐ろしい幻想を一蹴。意地悪く彼の脇をこづきまわす琉詩葉だったが、コータの顔は晴れない。
前の席では、クラスメートの炎浄院エナが何かをブツブツ呟きながら、一心不乱にのノートにメモ書き。
「ひらめいたわ! 洋酒とラーメンのコラボ! ラーメン戦国時代を生き抜く次世代の『バーボンラーメン』……!」