2−6
ザインさんと私は、人盛りが出来ている壇上の方に向かった。ちなみに酒場で買ったワイン2袋は、彼が持ってくれている。
「今年の徴税率は発表するっ。小麦、五公五民っ。兵役、なしっ。労役、3名。小麦は明後日迄に届け出よっ。また、村長は責任を持って明日までに労役3名の選抜をして報告せよ。以上だっ」
壇上に立っている風船を膨らましたような男が叫んだ。この風船みたいな人がきっとラメド徴税官なのだろう。服装も品があるかは別としてなんとなく立派だし、マントの内側の刺繍が凝っている。ちらりとザインさんのマントの内側を見たけれど無地だった。マントって、雨風を防いだりするものみたいだし、内側に刺繍をするのは実用面では何の意味もないように思う。マントの内側の刺繍は、この世界の贅沢というかオシャレの1つなのかも知れない。前の世界でいう所の、男性がネクタイに凝る、というのと同じだろうか。
それにしてもこの風船男は、息をするのも大変そうな体型で、これだけ大きな体だと全身に血を巡らすのが大変だろう。心臓にかなり負担がかかっているのではないかと思う。大声で叫ぶのも大変そうだ。彼は、伝える事は全て伝えたのか、部下の手を借りながら壇上の階段を降りて行く。
「ササキ・アリサ、すまないが少しこれを持っていてくれ」
そういって、ザインさんは私にワイン袋を渡すと、彼は風船男の所へ行った。ザインさんがお辞儀をするのに対して、風船男はなにもし無かったところを見ると、彼の方が身分が高いのかも知れない。風船男は、大きくお腹を突き出し、笑いながらザインさんの肩を叩いている。私は、ワインが重いのでベンチに座って待つ事にした。
・
「ササキ・アリサ、待たせたな」
「いえ、待っていないです」と私は答える。
ザインさんもベンチに腰掛けた。やはり、あの風船男がラメド徴税官という人らしい。
彼が簡単に税制度について説明してくれた。
やはり、この世界にも納税制度があるらしく、納税は村単位で行われるらしい。この世界の税は大きく分けて3つあるそうだ。それが、「小麦・貨幣」、「兵役」、「労役」だそうだ。
「小麦」と「貨幣」は、農村か、都市かによって物納するか、お金で払うかが決まるらしい。農村では、収穫できた小麦を税率に応じて、国と村とで分けるそうだ。税率は、三公七民〜七公三民の間で決定されるのが一般的だそうだ。最も税が軽い年で、国が小麦の収穫の3割、多い年で7割を徴収するそうだ。現国王は平和であることを重んじているため、イコニオンの税率は、三公七民〜五公五民の間と比較的軽い税率で近年推移しているようだ。ちなみに各農村の規模や立地を考慮して税率は決定されるらしい。「小麦」の税制度がの概要が分かったところでいくつか質問をしてみる。
「なんで農村は、小麦の物納なんですか? 」と聞く。だって、別にジャガイモ納付でもいいじゃないかと思うし。
「それは、収穫後の小麦が必ず村にあるからだ。不作で、収穫量が少なかったとしても、収穫量に一定の割合を乗じた分を徴収する仕組みだから、収穫がゼロでない限り、国が徴収できないことはない。逆に貨幣だと、村のどこにもお金がありませんと言われてしまうとそれまでだからな。都市に何かを売りに行って、納税分の資金を調達してこいと言っても時間がかかってしょうがない」と彼は説明した。どうやら、この世界では、麦を生産することが当たりまえらしい。
「へぇ〜。じゃあ、収穫量って、どうやって算定するんですか? 私が農村の人なら、収穫量を少なく申告しますよ? 」と、聞いて見る。だって、収穫が少なければ、払う税も少なくなる。前の世界で言う、所得隠しってやつだ。
「その為に監査官がいる。今年のこの村の監査官は俺とダレトが務めた」
「監査官ってなんですか? 」とよく分からない単語が出て来たので質問をした。
「村の収穫前の畑を見て回り、今年の収穫量がどれくらいなのかを予め調べる仕事だ」
「あっ、もしかして、監査官の仕事のために、ザインさん達はこの村に駐屯していたんですか? 」
「その通りだ。今回の我々の任務は、収穫前の畑の調査し、その収穫および納税を見守り、納税品の王都までの護衛だ」
「じゃあ、ザインさんとダレトさんが、実際よりも収穫量を少なく見積もったら村の人達の納税量は少なくなるんですね。逆の場合は、農村の人達の負担が増えちゃいますけどね。責任重大な仕事ですね。村から収穫量を少なく見積もってくれとかお願いされそうな気がしますけどね」
「今年はしっかりと調査したから、誤差はほとんどないはずだがな。実際、監査官と村が癒着してしまうということは稀にある」
「色仕掛けとかありました?」
「な、無い! そういった例も過去に別の村であったとは聞いているがな。お、俺とダレトはそんなのに引っかかったりしないぞ! そもそも、そういったものに引っかからないように、監査官の人選には特に気を使われている」
冗談で言ったつもりだったが、ムキになる彼は面白い。
「私だったら、色仕掛けとかが通じないようなある程度高齢の人を人選しますけどね。まぁ、ダレトさんに限れば万が一にもないんでしょうけど」
「監査官は通例だと、高齢の人間が選ばれる。今回は特別だ。ササキ・アリサ、「ダレトさんに限れば」という言い方が気になるのだが」
あっ、やっぱりムキになってる。とりあえず話を変えておこう。
「ザインさん、質問です。どうして村単位で納めるんですか? 収穫量に応じて、個人単位で払うのが普通だと思うんですが」
「話を逸らされた気がするがな。え〜と、村単位というのは、村人全員が納税に関して連帯責任を負っているということだ。国としては決められた量の小麦を納めてくれればそれでいい。村の誰が、どれだけ負担するかは関知しない。そこは村の自治、おもに村長に任せている」
「さらに質問いいですか。小麦を実質的に納められる人は、小麦を作っている農家の人だけですよね? 今日見て廻った大工屋、鍛冶屋、酒場や市場で仕事をしている人はどうするんですか?」
「それは…… 村の取り決め次第だな。一般的なのは、村長が中心となって、小麦を生産していない人達から一定の金額を徴収し、それで納税したと看做す。そして村はその集めたお金で、小麦農家から小麦を購入してその人達の割当分の小麦を国に物納するという形だ。このようにすれば、村人全員が税を負担しているという形になるというわけだ」
・
その後、兵役や労役の話もいろいろと教えてもらった。兵役は、戦争の兆候がある際は、招集されるが、近年は平和な時代なのでないとのことだ。労役に関しては、公共事業などの国家事業が行われる際に徴発されるらしい。今年は、王都周辺の道路の拡張工事が行われるらしく、そこに駆り出されるだろうとのことだ。労役の期間は1ヶ月程度らしい。ちなみに、労役で徴発された家は、小麦の物納を免除するなど、その当たりの税負担のバランスも村の自治に任されており、国としては、健康で労働できる者をしっかり頭数そろえれば何も言わないらいい。村によっては、農村外から人を雇ってきて、その者を労役に従事させるところもあるそうだ。
・
「さて、お昼も大分過ぎてしまっているが、昼食は食べていくか? 」
そういえば、教会の12時の鐘が随分前に鳴っていた気がする。確かに朝早くに簡単な朝食を食べてから、洗濯をして、ずっと歩き回っていたから、お腹は空いている。
「どうしよう。お昼の事は考えていなかったです」
「教会に戻ったら昼食はあるのか? 」
「すみません、分かりません。コルネリウスなら、昼食を残していてくれてる気はしますけど」
コルネリウスには、何時に帰るかも伝えていないので、実際はどうなのかは分からない。
「それなら、食べていけ。東門の所を見て行けば、この村の案内も終わるし、東門の宿屋の飯は、結構うまいぞ」
「あっ。ですけど…… 」
さすがに、お金を持っていませんというのは恥ずかしい。ワインを買ったお金は余っているけれど、勝手に使ってしまうのは気が引ける。
「食事はもちろん、私がごちそうさせてもらう」
どうやら自分が心配していることが何かを見抜かれたようだ。正直お腹減ったし、ここは甘えさせてもらいたい。そういえば、私は、バルナバ神父やコルネリウスから、給料の話をいっさい聞いていないことに気付いた。もしかして、教会の仕事は無給という嫌な予感もするけれど、実際はどうなのだろう。たとえば、個人的な物を買わなければならない場合とか、お金がないと非常に困ってしまう。教会に戻ったらさりげなくコルネリウスに聞いてみよう。
「お言葉に甘えて、ごちそうになります」
「よし、では行こう」
私とザインさんは、ベンチから立ち上がり、東門の方へ向かった。
読んでくださってありがとうございます。