6ー19 邂逅③
入浴が終わり、自分の部屋に帰ってきた。
陽の当たらない長い冷え切った廊下は寒く、小走りになってしまう。ペニナさんが脱衣場で髪の毛一本一本の水気を拭き取っているが、冷気に当たるとやはり寒く感じる。
太陽は沈んだようで、カーテンの向こうに日向を感じることはできない。
「お化粧もなさいますか? 」とペニナさんは言って、服などがしまってある箪笥の一番下からお節料理に使うような重箱を抱えて持ってきた。
箱の中を開けてみると、その中には小さな壺がたくさん入れてあった。さらに、その壺の栓を抜いてみると、鷹の爪を粉末にしたような辛そうな粉末が入っていた。他の壺には、白、黒、紅色などの色の同じような粉末が入っている。突然それを見せられたら香辛料だと思う。ペニナさんは化粧だと言っていたから、化粧道具なのかも知れない。箱には化粧筆だと思われるものも入っている。この重箱の中身は、化粧道具セットなのだろう。話の流れとして、ここでペニナさんが調味料セットを持ち出してくるはずがない。
「お気に召す色がなかったでしょうか?」と、ペニナさんが心配そうに聞いてきた。
「このような化粧品は初めて見たので驚いたんです」と私は答えた。京都の芸者さんとかが塗っているおしろいに近い物なのだろうと思うが、私はおしろいなんてものを使ったことがない。この粉末を顔とかに塗ったりするのだろうけど、ベースの作り方とか同じなのかな。たぶん、化粧をするといっても、私は椅子に座っているだけなんだろうけど。
「これは、アヒトフェル族に伝わる化粧道具です。たしかに、アヒトフェル族以外が使うことも稀でしょうし、アリサ・ササキ様は、初めて見る、珍しいものであるかもしれません」
よかった。これは化粧品なんだ、という安堵が私を襲う。だいぶカマかけたけど、正解でよかった。
あれ? そういえば、なんで化粧をするんだ? 今日に限って。思い当たることはあるんだけど。
「あの、ペニナさん。今日に限って化粧するのって……」と私は聞いた。
「お久しぶりに会われるのですものね」とペニナさんが笑顔で言った。なぜ頬に手を当てながらペニナさんは言っているのだろうか。私からしたらペニナさんの頬を朱く染めた表情は、なんとも言い難いもののように感じる。
「化粧はしないです。ロトラントさんと食事をするだけですから」と私は言う。なぜ私がおめかしをしているのだろうか。
「左様でございますか。しかし、それは私としても残念でございます」と、ペニナさんが肩を落とす。
「なんでペニナさんが残念なの? 」
「アリサ・ササキ様は後宮に来られてから、とてもお綺麗になられました。後宮にこられた時は、手には皸があり、髪の毛も傷み、体のあちらこちらに草木の切り傷がございました。頬も痩せこけていました。しかし、今では手も陶器のようにお綺麗になり、髪の毛も絹のようでございます。以前のアリサ・ササキ様しか存じ上げないロトラント様もお喜びになられるはずです」とペニナさんが言う。
確かに衣食住に関してはタキトス村や洞窟での生活と比べて、生活水準が劇的に改善しているから、ペニナさんの言っていることは本当だろう。私もそれは実感している。
私は自分の両手を改めて見た。タキトス村で出来ていた皹はすでになくなっている。今は、乳液っぽいのを塗ってもらっているから保湿されいるハリのある肌となっている。
自分の両手から視線を挙げると、ペニナさんと目が合う。
「そうですね。確かに、綺麗とういうか、健康体になったのは分かります」と私は言った。
「はい。精一杯お仕えさせて戴きました」とペニナさんは目を輝かせて言う。
なんでそんなに貴女が嬉しそうなのよ、と私は思ったけど言わないでおく。でも、私の健康状態が改善したのは、ペニナさんの努力があってこそだろう。マッサージやエステも私はうたた寝をしているだけでよかったが、施術しているペニナさんには重労働だっただろう。それ以外にも、私は座っているときにもペニナさんは立ちっぱなしだった。きつい仕事だと思う。私が机で書き物しているのを、後ろで黙って立っているなんていうのも、かなり精神的に辛いことなのだろう。
そっか、と私は思う。ペニナさんの雇い主は、ロトラントさんだ。彼女が一生懸命仕事をしたという成果をロトラントさんに示さなければならないのだろう。私の姿、という形で。
雇い主のロトラントさんに、私を通して、彼女の仕事ぶりを見てもらわなければならない。もしかしたら、昇給とかかかっているのかも知れない。
「ペニナさん、やっぱり私、化粧もしていきます。お願いしてもよろしいですか」と私は言った。
「はい。喜んで」とペニナさんは言う。
ロトラントさんのために化粧をするわけではない、と自分に言い聞かした。一生懸命働いているペニナさんの仕事ぶりを効果的にアピールするために、私は着飾るのだ。
私は、ペニナさんに促されて椅子に座る。そして、彼女の指示通りに目を瞑る。お歯黒とかは、勘弁して欲しいなぁ、なんて考えながら。
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