2−4
私とザインさんは、教会の北側の階段を降りて村まで行く。私が初日に、彼に連れられてというか、連行されて登った南側の階段とは違い、北階段は、石段も立派で道幅も広い。北側の道が教会へ行く際の正式な道だそうだ。そして、南側は裏道らしい。
「私、こっち側の道を初めて通るんですけど、この石段って結構急ですね。お年寄りの方が登るには少しきついかも知れないですね。下るとき、少し怖いです」と、私は彼のスピードに合わせて階段を降りながら言った。別に、案内すると言った割に、私に気遣ってくれていない彼に対して、遠回しの皮肉を言っているわけではない。たとえ、ハイヒールを私が履いていても、彼は、きっとこのペースで降りていただろう。
「もともとこの丘は、急勾配のようだからな。まぁ、だからこの上に教会が建てられたのだろう」
「急な道だから、教会が建てられたって矛盾しませんか? むしろ、人が集まる場所であれば平地の方が集まり易いと思うんですけど」と、疑問を口にする。
「ササキ・アリサ、それは違うぞ。村を作る際には、まずは防衛の視点から考える。敵から攻められた際に、防衛しやすい場所があるかないかでまず入植する場所を決める。急勾配の丘は、逃げ込み難いという短所がある反面、敵も攻め難いという長所がある。教会は、敵が攻め込んだ際の防衛の拠点にするのが基本だからな」
教会が石造りなのも、防衛上の観点ということが大きいのかも知れないと思った。南口から教会までの間にあった村の建物はすべて木造だった。
「敵が攻めてくることってあるんですか? 」
「あるかも知れない。だから我々騎士は、常に敵が攻めてきてもいいように日々訓練をしているのだ」と彼は言った。
「ザインさん達騎士は、いつもこの村に常駐してるんですか? 」
「常駐はしていは…… 、騎士団がいつもどこにいるか気になるか? 」と、彼は言って振り返り、鋭い目つきで私を見る。
「いえ、話しの流れで聞いただけですけど」
この人は、まだ私のことをスパイとかなんだとか疑っているようだ。なんか私がスパイであるという言質をとろうとしているのではないかと考えると、この人と会話をする気が無くなる。さっさとワインを買って教会も早めに戻ろうと、密かに決意をした。
私が嫌な思いをしながら歩いていると、やっと階段が終わった。
「まず北門を案内しよう」と言って、スタスタと先に進む彼。
階段を降りてからもまっすぐ歩いた。教会から眺めて分かる通り、この村は教会のある丘を一周する道がありそして教会を中心として東西南北に道が伸びているという単純な構造をしている。
・
北門に着いた。しかし北門も、南門と同じようで、あまり変わり映えがしなかった。回りに木製の柵と安っぽい門があっただけだった。
「ササキ・アリサ、この北門から続く道をまっすぐ行くと王都だ」
北門から見える景色は、果てしなく続く草原とただひたすら続く道だった。道は、雑草を抜いただけという感じ。ただ、土が露出しているだけだ。
「ここを行くと王都なんですね」
「ササキ・アリサもこの道を通っているはずなのだがな。南門の向こうにいたくらいだから、寝過ごしてなにも憶えていないだろうがな」と、彼は言った。また、探りを入れていると、私は感じ取る。とりあえず、無視。
「北側って、思ったより何もないですね」と、私は思ったままの感想を述べた。
北門からまた教会を一周する環状線に戻り、今度は西門に向かった。西門へ続く道には、大工屋や鍛冶屋が並んでいた。西門の通りは、村の工房街といったところなのだろうか。大工屋の店先には椅子や机などが並べてあり、大工屋というよりは家具屋のようなイメージだ。家を新たに作るとか、修繕とかがない時は、家具を作って販売して生計を建てているのかもしれない。そういえば、お父さんの後を継いで大工屋になると言っていたヘト君の家は、ここなのだろう。
鍛冶屋の中からは、金属音を叩く、カンカンという音が聞こえてきた。店先には、中華鍋のような鍋やフライパンのようなものがぶら下げてあった。
「ササキ・アリサ、さっきのが大工屋で、ここが鍛冶屋だ」と、ザインさんはご丁寧に、見れば分かる事を説明してくださった。
未だに私をスパイと疑っていると思うと、一緒にいても楽しいというかむしろ不愉快だったりする。ザインさんの当たり障りの無い村の説明を聞き流しつづけた。ちっとも楽しくない。そういえば、バルナバ神父が王国騎士の人にエスコートしてもらえるなんて、王都の大貴族の令嬢も嫉妬するなんて言っていたけれど、はっきり言って、誰か変わってくれる人がいたら変わってほしいなぁ。まあ、前の世界でも、外見がよく、金と地位を持っている男性は、女性からモテるという傾向があったし、この世界でも同じなのだろう。金髪のハンサム成年で、王国騎士というステータスを持っているエリートさんといったところだろうか。それにザインさんも、文字が読めるようだから、この世界では高学歴ということにもなるのかも知れない。
「西門の通りは、工房街なんですね」とだけ私は言った。
「ササキ・アリサ、西門付近は工房が多いのは何故だと思う?」と、彼が唐突に質問してきた。
危うく、「へぇ、そうですか」とか、適当に相づちを打って聞き逃すところだった。西門付近に工房が多い理由。なぜだろうか。少し考えてみたけれど、理由が思いつかなかった。
「いや、分かりません」
「そうか」とだけザインさんは、言った。
しばらくザインさんは無言で歩いた。そうか、じゃないわよ。なんでか教えてよ、と私は思う。見れば分かることは説明して、肝心のこと説明しないんかい。
ザインさんを歩きながら少し睨みつけても、ザインさんは涼しい顔をしている。
「ザインさん、なんでか教えてくださいよ」
ザインさんは少し笑って何も答えてくれない。お互い何も言わない間に、西門に着いた。
「西門から外に出てみるか」とだけ言って、彼は、そのまま西門を抜けていく。
西門を出て5分くらい歩くと、小さな小川が流れていた。幅は3メートルくらいで、深さも見たところ30センチくらいの小さな川だ。岩が所々にあり石伝えにこの川を渡りきることができる。小川の水に足をつけるとかなり気持ちが良さそうだ。ちいさな魚も泳いでいる。
「ササキ・アリサ、少し休憩をしよう」と彼は言う。
私は、小川の中の座れそうな岩に飛び移り、靴を脱いで小岩に座り、川に足をつけた。冷たくて気持ちがいい。朝から洗濯をしたりと、動きっぱなしだったから、足の疲れがとれる。川底にある小石に体重をかけると足の壺を刺激されてさらに気持ちがいい。
「それは気持ちが良さそうだな」と彼は言って、ブーツの紐を外し裸足になり、川岸に靴を置いて小岩を飛び移り私の座っている手前の小岩に腰を下ろした。
ザインさんと私は向き合う形で座るという形になってしまった。私が少し足を前に動かすと、ザインさんの足に私の指先が当たってしまうくらいの距離だ。
「これは気持ちがいいな。王都の中にも、小さな川が流れていて、子供の時によくそこに遊びにいったものだ。母上は危ないから行ってはいけませんといつも言っていたが、仲間達と内緒でよく遊びに行っていたものだな。葉っぱで船を作って流し、その船を追っかけていくということを良くしていた。今では、それが何故楽しかったのか、よく分からないけれどな」
「教会に来ていた子供達も、葉っぱの船をたくさん作っていましたよ。もしかしたら、この川で流す為に作っていたのかもしれませんね」
「おそらく、この川だろうな。この村の川といったら、この川しかないからな」
「こんな綺麗な小川があるなんて、うらやましです。この川の水ってこのまま飲んでも大丈夫ですかね? 」
「まぁ、大丈夫だろう。井戸の水と対して違いはないはずだ」
私は、すくって水を飲んだ。飲んでみると、そこまで冷たいというわけではなかったけれど、美味しかった。
「そうそう、さっきの答えだ。西門は山が近いので、木を集め易い場所なんだ。加工する木や、鍛冶屋で燃やす木をあの山まで取りにいって戻ってくるのに便利なんだ。この小川も小さいから、特に弊害となることもないしな」
ザインさんは、山を指差して答えてくれた。答えは、立地条件が良いということだったようだ。なるほど、と思いつつも、私は都市計画とかにあまり興味が無い。
「話しは変わりますけど、ザインさんは私がどこかの国のスパイって、まだ疑っているんですか?」と、私は話を変えて、率直に彼に聞いてみた。
「いや、スパイだとは疑ってはいないさ。その疑いは既に晴れている。ただ、王都のどこの家のご令嬢か、ということが気になっているのは事実だ」と彼は言った。彼は、私が、王都の貴族のご令嬢かと、まだ考えているようだ。
「令嬢ってことはないと思うんですけどね」と否定する。
ザインさんは王都からやって来たのに関わらず、私のことを知らなかったということが気になっているようだ。
「文字の教育を受ける、という時点でどこかの貴族の家で間違いないと思うがな。ただ、記憶喪失になった方がいたりなど、聞いたこともないしな。貴族の社会というのは、狭く、噂が広まり易いのにかかわらずな。そもそも、ササキ・アリサの年齢であれば、とっくの昔に社交会の場に出ているはずだし、そうすれば私の印象に少しは残っていると思うのだけれど、それもないのも気になるところではある」と彼は言う。
私が出席していたのは、すべて仮面舞踏会だけですからとか、適当なことを言おうと思ったけど、墓穴を掘りそうだったからやめておいた。
「貴族出身ではないですよ。それは断言できます。また、もう家族もいません。これも断言できます」
「何か辛いことがあって、記憶を無くしたのかもしれないな。辛いことを言ってしまって申し訳ない」
「いえ、私が質問したのですし、気にしないでください」
少し気まずい雰囲気になった。彼は、私を疑っていたわけではなく、心配してくれていたのかも知れないと、少し考える。
「えぃ」
私は、手ですくった川の水を彼の顔にかけた。
「冷たい。何をする」
ザインさんは、すこし驚いたようだ。
「水かけっこです」
「ササキ・アリサは、子供か」
ザインさんは、大声で笑い始めた。私も釣られて笑った。
「ササキ・アリサ、今日、やっと笑ってくれたな」と彼は言った。
ザインさんも小川の水をすくって私に水をかけた。お互い20歳を越えているにも関わらず、文字通り大人げなく水かけっこをしていた。