6ー12 アリサとワシュテア⑤
ペニナさんにそのままワシュテアさんが放り投げていった雑巾や箒を正しい収納の位置に収納してもらい、馬小屋を出た。私が気付いていなかっただけで、掃除道具をぶら下げておく場所が馬小屋の扉の横にあった。
私の右手には、自分の提灯を、左の手にはワシュテアさんの提灯を持っている。彼女は、怒りのあまり提灯も持たないで行ってしまっていた。ワシュテアさんが出て行ったときに、扉の外はうっすらと明るくなっていたから、提灯をもっていなくても十分明るかったのだろう。
トントンと、私はワシュテアさんの部屋をノックする。実は初めて来た。
しかし、返事はない。私は後ろを振り返り、ペニナさんを見た。ペニナさんの表情は明るかった。憂鬱なのは私だけなのだろうか。
「アリサ・ササキ様。返事がないようなので、お入りになってはいかがでしょうか」とペニナさんが言った。
返事が無いのに勝手に入るのはどうかと思ったけれど、それはそれでいいのだろう。ペニナさんも私が寝ている時に部屋に入ってきたりしているしね。
そっと観音開き出来る扉の片方側だけを少しだけ開けて私は部屋の中を覗いた。そこには誰もいなかった。私の部屋と同じ構造の部屋があり、同じように窓の近くにはテーブルセットが置いてある。カーテンの柄やベッドのシーツの色まで同じだった。生活臭のない部屋とでも表現すればいいのだろうか。私の部屋と似すぎていることが不気味だった。もし、私が目隠しされてこの部屋に連れてこられて、「ここが昨日までの部屋ですよ。多少違和感があるのは部屋を掃除したからです」なんて言われたら、私は完全にそれを信じてしまうかも知れない。それくらい、私の部屋とワシュテアさんの部屋は似ていた。
私は、開けた扉の隙間から部屋全体を見渡し、誰も部屋の中にいないと結論付けた。
「ペニナさん、部屋の間取りって、みんな同じなんですか?」と、私は聞いた。別に知りたい訳ではなかったのだけれど、ドアに忍ばせた頭を廊下に戻したとき、ペニナさんと目があったからなんとなく聞いた質問だ。
「はい。同じようになっております」というのがペニナさんの答えだった。
「そうなんですか。あっ、ワシュテアさん、部屋にいないようです」と私は言った。
「ワシュテア様は、浴室にいらっしゃると思います」とペニナさんは言った。妙に確信めいた口調だと私は気付いた。
「ペニナさん、ワシュテアさんが部屋にいないと知ってました?」と私はちょっと非難めいた言い方をした。ワシュテアさんが部屋にいないのなら、わざわざワシュテアさんの部屋まで行って、覗き見のようなことをしたくなかった。
「いえ。私も存じ上げませんでした。ワシュテア様の部屋のテーブルに、ティーカップが置いたままにしてあるので、外出等ではなく、浴室に行ったのだと考えました」
「え?」と私は言った。
「アリサ・ササキ様は、ワシュテア様の部屋のティーテーブルの上に、カップが置きっ放しになっていることにお気づきになられませんでしたか?」とペニナさんは聞いてきた。
私はもう一度、ワシュテアさんの部屋の部屋をのぞき込んだ。確かに、窓際に置いてティーテーブルの上には、カップが1つ置いて有った。カップが1つ置いて有ることが、ワシュテアさんが浴室にいるだろうということにどう結びつくかは分からなかったけれど、私が部屋を覗いている後ろから、ペニナさんも部屋を覗いていたということは分かった。これから、出歯亀のペニナさんと呼ぼうかしら。
「確かにカップはありましたけど、それがどうかしたのですか?」と私は率直にペニナさんに聞いた。
「はい。外出等であれば、サゥラはカップを片付けた筈でございます。しかし、カップを片付けなかった、むしろ片付ける時間がなかったというのであれば、ワシュテア様に付き従って浴室に行ったと可能性が大きいのでございます。私も、浴室に付き従う時は、カップを片付けるのを後回しにしているのと同じ理由でございます」とペニナさんはと答えた。サゥラさんというのは、ワシュテアさんの専属の召使いのようだ。
ペニナさんの答えは、理路整然としている気がする。まぁ、私は、お茶を飲んだ後、浴室にいくこともあるけれど、その際にペニナさんがカップを片付けるか、片付けないかなんて意識していないから分からないのだけれど……。
「ワシュテアさんが浴室に行ったのかも知れないということは分かりました。私も浴室に行ってもいいですか? 結構、汚れてしまってますし」
「え? ワシュテア様とご一緒されるのですか?」とペニナさんは言って驚く。彼女が眼を大きくあけて、短い彼女の金色の髪がふわっと一瞬浮かび上がるくらい彼女は驚いた。そんなに驚くことなのかなぁとも思ったけれど、油断してはいけないと思った。
「私の国では、大きなお風呂って、みんなで入るものなんですけど、ザンドロス国では違います?」と、私は聞いた。後宮に来てから、毎日お風呂に入っているし、ペニナさんからエステも毎日受けているけれど、浴室にプリスキラさんやシエルさん、ワシュテアさんと一緒だったことはない。あれ程の規模の浴室を、人数分用意している筈もないだろうから、時間帯を上手く調整して、時間帯をずらしているのだと私は思っている。
「それはザンドロス国でも同じでございます。プリスキラ様とシエル様は、美容されながら談笑をされていると伺っておりますし、ワシュテア様もご一緒されることもあると聞いております。アリサ・ササキ様が問題ないのであれば、よろしいかと存じ上げます。ただ……」とペニナさんは最後に口ごもった。
「ただ、なんですか? 私、この国の習慣とか分かっていないことが多いので、教えてください。何か問題とか、決まり事があったりするんですか?」と私は聞く。
「あ、問題という訳ではないのですか……。あの、できれば、ロトラント様とアリサ・ササキ様がご一緒される場合は、私はその間、暇を戴きたく思います。あの…… その…… 私も浴室にご一緒すると、アリサ・ササキ様も、ロトラント様も、気がお散りになるといいますか、その、集中おできにならないと言いますか……」
「そういったことは絶対にないです!」と、私は手をモジモジさせながら言うペニナさんの言葉を遮った。
とんでもないことをペニナさんは考えるなぁと思う。ペニナさんは、髪が金色だし、肌も白い。たぶん私なんかより、顔が紅潮した場合、それがとても目立つ。まさか、混浴のようなことを言い出すとは思いもしなかった。
「私の国では、女性と男性が入る浴室は分けられています。男性と女性が一緒に入るなんてことは、ありません」と、私は念のために付け足して置いた。
その後、顔を真っ赤にしているペニナさんと、私は浴室に向かった。
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