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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第6章 草原の馬
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6ー11 アリサとワシュテア④

 私はワシュテアさんが無言で去ってからも、昴にご飯を食べさせ続けた。どれだけの量を食べれば気が済むのか、昴は延々と藁を食べ続ける。私が両手で抱えている藁がなくなっても、昴はまだ空腹であるかのように、自分の舌で口に付着した藁をなめとっている。だから私は、また藁を取り、昴の前に差し出す。そうすると、昴はまた食べる。

 藁を取りに行く、昴に差し出す、昴が食べきる、そしてまた藁を取りにいく、という繰り返しを10回くらいやった頃だろうか、ペニナさんがやってきた。


「ササキ・アリサ様、ここにおられたのですか」と言いながら馬小屋に入って来た。


「はい。ワシュテアさんが何処かへ行ってしまって、どうしていいか分からず、ずっと餌をあげてました」と私は言った。


「まだ掃除も途中なのですね。ワシュテア様が戻られても、ササキ・アリサ様が戻られないので、心配して探しておりました」と彼女は言う。ワシュテアさんは、後宮に戻ったようだ。


「何故か、ワシュテア様が怒った感じになっちゃったんです。このままどうすれば良いのかも分からず、とりあえず昴に餌をあげてました」と私は言った。


「はい。事情は存じ上げております」と彼女は言った。


 なるほど、ワシュテアさんは後宮で荒れた感じの態度を取っていたのだろう。後宮で叫き散らしているワシュテアさんが容易に想像できた。


「突然怒り出したんですよ。私の顔に雑巾を投げつけたんですよ」と私はさり気なくペニナさんにワシュテアさんの所業を告げ口した。


「ササキ・アリサ様。私が申し上げるのは大変僭越ではございますが、どうか奥方様方とも仲良くして戴きとうございます」とペニナさんは言って、私に頭を下げた。


「私は仲良くしたいですよ。でもワシュテアさんが勝手に怒ったんですよ」と私はまた藁を取りに行きながら言った。


「そうでございましたか。ですが、メルルから話を聞いた限り、今回のことはササキ・アリサ様に非があるのかと愚考いたします」とペニナさんが言った。メルルさんは、ワシュテアさんの専属家政婦だ。


「え? 私が悪いの?」と私は驚いて、抱えていた藁を落とした。


「はい。そのように愚考いたします」とペニナさんは言った。彼女は下を向いており、彼女の表情は見えないが、彼女の声は震えていた。彼女なりの確信があるのだろう。


「すみません。私は心当たりがないんですが、どうしてワシュテアさんが怒ったのか、ペニナさんは知ってますか?」と私は聞いた。良く分からないが、私がまたやらかしたらしい。


「ワシュテア様を侮辱したことです」とペニナさんは言った。


 ペニナさんの説明はこうだった。ザンドロス国において、お互いをファースト・ネームで呼び合うことは親愛の証であり、また、ファースト・ネームで呼び合おうと提案することは、あなたと友達になりたいです、という意思表示となる。その人をどう呼ぶかで、その人との関係性が示されるらしい。

 それ以外にも、家名を持っているような貴族には、名前の呼び方に細かいルールがあるらしい。たとえば、ペニナさんは私のことを「ササキ・アリサ様」と呼ぶが、ワシュテアさんのことを、「ワシュテア様」と呼ぶ。ワシュテアさんのことを「ワシュテア・ミラスコロード様」と呼ばないのは、彼女が正式にロトラントさんと結婚したかららしい。ミラスコロード家に仕える家政婦は、ミラスコロードの姓名を持っている雇用主が多いので、ミラスコロードを省略することが許されるということらしい。私の場合は、正式にロトラントさんと結婚をした訳ではないので、「ササキ・アリサ様」と、名前と苗字と敬称を付けて呼んでいるらしい。ペニナさんもアヒトフェルさんも、ワシュテアさんがこの後宮に入ってから正式に結婚する迄の間は、ワシュテア・バッシェバ様と呼んでいたらしい。ちなみに、ワシュテアさんの旧姓が、バッシェバらしい。

 そういえば、市場でマッサージ器具を売っていた人は、プリスキラさんのことを「プリスキラ・ミラスコロード様」と呼んでいたことを思い出した。ミラスコロード家に仕えていない人は、身分の高い人に対して、名前、姓名、敬称を付けるのが正しいマナーらしい。

 そんな細かい使い訳があったなんて、言われないと気付かないし、分かるはずもない。


 そして本題。なぜワシュテアさんが怒ったかということ。


「ササキ・アリサ様は、ワシュテア様が、名前で呼び捨て合おうという提案に対してアリサと呼んでと仰ったと伺っております。名前で呼び合おうという提案に対して、家名で呼べと返すことは、親しい間柄になろうという提案の拒絶、もしくは、身分違いを叱責する……」


「ちょっと待って」と私はペニナさんの説明を遮った。


「あの、私の名前は佐々木・有沙なんですが、有沙が名前で、佐々木が家名ですよ?」と私は言った。


「そうなんでございますか!」と、ペニナさんが眼を大きくして言った。どうやら驚いているようだ。


「そうですよ。父が、佐々木啓介ですし、母は佐々木清子ですし。佐々木が家名なんです。ワシュテアさんの提案に対して、私はワシュテアさんに、有沙って呼んで、つまり名前で呼んでって言ったんです」と私は言った。

 謎が解けた。言われてみれば、そうだ。欧米では、名前が先だ。この世界でも同じなのだろう。そういえばパスポートとかも、ローマ字表記が「ARISA SASAKI」となっており、名前が先に来るように工夫されている。この世界でも欧米と同様に、名前が苗字より先に来るのがスタンダードなのだろう。この世界では、「佐々木有沙」のように、「苗字+名前」というような名乗り方をする習慣がないのだろう。イコニオン国でも、ザインさんの正式名称は「ザイン・ライオネット」で、名前+苗字の構成だった。英語で自己紹介するときも「マイ ネーム イズ アリサ ササキ」というように、名前と苗字を逆にして名乗る。


「もしかして、佐々木が名前だと思ってました?」と私はペニナさんに聞いた。


「はい。ご指摘の通りでございます。申し訳ございません。なにぶん、ササキ様も、アリサ様も、聞き慣れない姓名でございましたので、勘違いをしておりました」とペニナさんが慌てて言った。


 私は、大きなため息をついた。ワシュテアさんが怒ったのは、それ相応の理由があることは分かった。でも、そのことに対して私が悪かったと思う気になれない。文化の違いっていう言葉で片付けてしまいたい。

 

「ワシュテアさんに、事情を説明した方が良いですね」と私は言った。


「アリサ・ササキ様、ワシュテア様だけでなく、他の方にもご説明された方がよろしいかと思います」と、相変わらず驚きながらペニナさんは言った。さっそく、ササキ・アリサから、アリサ・ササキに修正しているペニナさんは流石と言えるけど、「アリサ・ササキ様」という呼び名に強い違和感を感じる私であった。

読んでくださりありがとうございます。

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