6ー8 アリサとワシュテア①
ドン、という大きな音で私は目が覚めた。私がベッドから体を起こすと、ワシュテアさんが部屋の中に立っていた。扉の近くにペニナさんも立っていた。ペニナさんは、下を向いている。おそらく、ワシュテアさんが強引に部屋に入ってきたのだろう。たぶん、ペニナさんはワシュテアさんが部屋に入るのを制止しようとして力及ばなかったのだろう。まあ、ワシュテアさんを止められるのは、プリスキラさんとシエルさんくらいだろう。
「おはようございます」と私は言った。
「おはよう、じゃないわよ。何時だと思っているの」とワシュテアさんは言ってカーテンを開け、窓も開けた。窓の外は真っ暗だ。太陽は顔を出してはいないし、日の出が近いというも思えないような、暗闇だった。冷えた空気も入って来て、私は掛け布団にくるまる。
「まだ、夜ですよね」
「昴にご飯をあげる時間よ」とワシュテアさんが言った。私には意味が分からなかった。馬がご飯を食べる時間というのが、私の眠りを妨げる理由になるのだろうか。
ペニナさんと目が合った。
「申し訳ございません。まだ、湯は沸いておりません」とペニナさんが言った。ペニナさんは、自分がなにかミスをしてしまったようなそんな顔をしているのだけれど、ペニナさんは何も悪くはないだろう。瞬間湯沸かし器がこの世界にあるわけでもないし、ワシュテアさんの突然の来訪なんて予期できるようなものでもない。
「お湯なんて要らないわよ。もっと後にしなさい」とワシュテアさんがペニナさんの方を振り返って言った。1歩後ずさりをするペニナさん。私からは、ワシュテアさんがどんな顔を今しているか分からないけれど、恐い顔をしているのだろう。とりあえず、ペニナさんが叱責されるのは、筋違いだ。
「あの、ワシュテアさん。何のご用ですか?」と私は言う。彼女は、私の方を振り返って「だから、昴にご飯を食べさせに行くわよ。早く用意をして」と言った。
餌の時間ということなのだろう。犬や猫に餌をあげるイメージと、あんな大きな馬に餌をあげるイメージが、上手く結びつかない。飼葉桶に藁を入れるということなのだろうか。ベッドから外に、というか暖かい布団に包まっていたかった。
「早くしなさいよ。寝間着で行かせる気なの」と、ワシュテアさんの声が響いた。ペニナさんが駆け足でベットの横の簞笥に行き、服を見繕う。ペニナさんの横顔は泣き顔に近い感じになっている。私も、ベッドから慌てて出た。ワシュテアさんをやり過ごして、二度寝しようという計画は破棄した。靴を履かずに素足で床に立った。床の冷たさで、私の脳がクリアになっていく。
「あ、私は何を用意したらいいのかな?」と私は言った。床が冷たいので、右足に左足を乗せて、片足で私は立っている。
「あなたが用意をしてどうするのよ」と言ってワシュテアさんが笑った。彼女の笑いのツボが不明だが、なんとなく彼女の雰囲気が柔らかくなった。
「ササキ・アリサ様、お待たせいたしました。こちらでよろしいでしょうか」とペニナさんが服を持って来た。いつもの白い浴衣に、今日は黒い包帯のような帯だ。白に黒って、かなり安易なチョイスだと思ったけれど、ペニナさんも慌てているから仕方が無い。ペニナさんは、私の後ろに回り、寝間着を脱がせようと肩に手を掛ける。
私はペニナさんを制止して「あの、ワシュテアさん?」と言う。
「どうかしたの?」
「私、着替えるんですけど」と私は言った。右手を腰に当てて、当たり前のように部屋の中に立っているワシュテアさん。部屋から出て外で待つなりして欲しい。
「ごめんなさい。気がつかなかったわ」と彼女は言って、先ほど彼女が開けた窓を閉め、カーテンも閉じた。そして「これでいいわね」と言って、また右手を腰に戻した。
ペニナさんも、私の寝間着の袖を肩からすっと落としていく。
「ちょ、ちょ」と言って、私はまた着直し「ワシュテアさん、外で待っていてください」と言った。
「なぜ?」と、彼女が言ったがそれを私は無視して、じっと彼女を見つめ続けた。5秒くらい彼女を睨んでいたら、諦めたのか「分かったわよ。変な子ね」と言って、部屋から出て行った。怒った感じでもなく、不思議そうな顔をして出て行くワシュテアさん。変な子、という彼女の言葉をそのまま彼女に返したい気持ちになった。
扉が閉まった音がすると、ペニナさんが再び寝間着を脱がしはじめる。
「人が着替えるってのに、部屋に居続けるなんて変よね」と、私はペニナさん言った。
「はぁ」と、ペニナさんは作業に集中しているのか、気のない返事をした。
読んでくださりありがとうございます。




