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異世界人よ、大志を抱け!!!  作者: 植尾 藍
第2章 タキトス騒乱
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2−3

 礼拝は、朝の鐘を鳴らしてから2時間くらい後に始まる。バルナバ神父は、鐘が鳴ってから教会の入り口に立ち、来る人を迎えている。

礼拝に来る人も、鐘がなってから直にきて、礼拝が始まるまで椅子に座ってお祈りをしている人から、礼拝が始まる時刻ぎりぎりにやってくる人までいろいろだった。私はというと、バルナバ神父の横に立って、自己紹介をし続けた。


まずは、この村に住み始めたということを村人たちに知ってもらう必要があるとのことだ。120名以上と挨拶をしたと思う。最初は頑張って名前を憶えようとしていたけれど、無理だった。途中から、右耳から入って来た名前が直に左耳から抜けていき、そしてすぐに別の名前が右耳から入ってきては左耳から抜けて行くという感じだ。


 礼拝は一番後ろの席で見学をしてみてくださいとのことだった。正直、睡魔との戦いだった。今までの生活習慣では考えられないくらいの早起きをしたけれど、さすがに眠ってしまう分けにもいかない。眠ってしまわないように指を抓ったりした。


 礼拝の最後は、バルナバ神父が教会の扉に立ち、村人達を見送ることで終わる。私も、礼拝の後片付けをしなければならないが、礼拝堂で、村の偉い人達が残って会議があるとのことで、しばらく外で時間を潰すことにした。



 教会の外の木陰に子供が3人輪になっているのを見つけ、これは文字を教える子供を勧誘する絶好のチャンスと思う。本を部屋から持ってきて読み聞かせをするか迷ったけれど、とりあえず今日は話しをしてみようと思い、子供達の所に行ってみる。


「こんにちは、何をしているの?」


とびっきりの笑顔で近づく。男の子2人と女の子1人だった。


「こんにちは。葉っぱで船を作ってるんだ」


 一番体の大きい子が答えた。艶のある黒髪に青い眼をしている。


「お姉さんも一緒に作っていい?」と、ちゃっかりお姉さんを自称。


「どうする?」


 船を作っていると答えた子供が他の子供に意見を求める。もう1人の男の子が別にいいんじゃないという発言をしてくれたおかげで、私は輪に加わることができた。


「ありがとう。私は、この教会で働いているササキ・アリサ。あなた達は?」


「俺は、ベト」と、黒髪で青目の少年が答えた。


「僕は、ヘト」


「私はメト。お姉ちゃん、綺麗だね」


 次々と自己紹介をちゃんとしてくれた。最後の女の子はうれしいことを言ってくれる。それにしても、似たような名前。兄弟姉妹だろうか。


「ベト君、ヘト君、メトちゃんね。よろしくね。どうやって船を作るか、お姉さんに教えてくれない?」


 ベトと名乗った少年が作り方を教えてくれた。材料となる葉は笹のような細長い葉っぱで、船の作り方も笹舟と同じだった。ここで笹舟をたくさん作って、川に流しに行くとのこと。

子供は何でも工夫して遊び道具にしてしまうのは、どこの世界でも同じかもしれない。この笹舟を作れるような葉は、教会がある丘か村からは少し離れた山にしか群生していないそうだ。笹舟をたくさん作ったあと、川まで持って行って浮かせて遊ぶそうだ。


「ねぇ、文字を読めるようになりたくない? お姉さんが、教えてあげるよ? 」


 笹舟を6個作ったところで本題を切り出してみた。


「別に。読めてもいいことなさそうだし」


 ベト君は、笹の葉を折りながらそっけなく答えた。文字っておいしいの? って感じだ。


「ヘト君は?」


「僕はお父さんの後を継いで大工になるから、別にいいかな」


 大人しそうでインドアな感じの印象のヘト君だったけど、まったく興味がないようです。


「メトちゃんは?」


「メト、良くわからない。でも、ベトもヘトもいらないっていうなら、私もいらない」


 女の子らしい答え。ベト君とヘト君の両方のお嫁さんになるとか言ってそうとか、勝手に思っちゃうよ。だけど、文字を勉強したくないなんて既にそんな答えは想定済み。笹船を作りながら、文字に興味を持ってもらう作戦は立案済みなのよ。



「ねえ、暗記しりとりって知ってる?」


「しりとりなら知っているよ?」


 ヘト君が答えた。


「普通のしりとりじゃなくて、暗記しりとり。みんなが言った言葉も全部言って、最後に自分のを加えるの。たとえば、私が、「きょうかい」といったら、次にベト君は、私が言った「きょうかい」を言った後に、「い」の付く言葉を言わなきゃならないの。だから、ベト君は、たとえば「きょうかい、いす」というように言うの。どんどん憶えていかなければならない言葉が増えて行くから暗記しりとり。少し遊んでみる?」


「面白そうじゃん」と、ベト君が話に乗ってくれた。他の二人も興味があるようで、一緒にやってみることになった。そして私には秘策があり、絶対に負けない。


 6回この暗記しりとりをやった。メトちゃんが4回負け、ベト君とヘト君が一回ずつ負けた。そして私は無敗だ。


私がずば抜けた記憶力を持っているからではない。無敗の理由は、地面に出てきた言葉を書いているからだ。


「どう? 文字が書けて、読めれば、暗記しりとりに負けなくなるよ? 」


「でもそれって、インチキじゃない? 」


 ベト君にばさりと切られた。


「お姉ちゃん、なんかインチキ」


 メトちゃんにも言われてしまった。なんか凹む。確かにカンニングをしているけどさ。子供にインチキと言われると、正直凹む。


 その後、暗記しりとりを止め、黙々と笹船作りを暫くした後、コルネリウスが私を呼んだ。礼拝の後片付けを始めるそうだ。私は、川に遊びにいくという子供達に、またね、と言い教会に戻った。


礼拝の片付けをしている間、そもそも文字を学ぶ必要性がないから学んでいないというこの村の現実を考えた。本に記さなくても、口伝えで物語は受け継がれていく。文字が読めなくても、生きて行ける。まったくニーズないじゃん。そんなことを考えながら、黙々とロウソクの火を消し、ロウソクが折れないように一本一本丁寧に回収していった。


 礼拝の翌日、礼拝堂の椅子のシーツをコルネリウスと一緒に洗っていたら、ザインさんが教会を尋ねて来た。朝6時の鐘の音で目が覚め、村を案内するという約束を思い出して、わざわざ来てくれたとのことだ。


シーツを干す作業をやっておけば、取り込みはコルネリウスがやってくれるということなので、洗濯物が干し終わるまでザインさんに待ってもらうことにした。洗濯を終わるまで1時間くらい待っていてくださいというと、ザインさんは了解してくれた。そして彼は、教会の庭先にある岩に腰掛けて休み始めた。ここで待っているつもりなのか、結構暇な人だな、と少し思った。


「アリサ、お前、よく待っててくださいなんて言ったなぁ。相手は王国騎士だろ?」


 井戸からすすぎに使う水をくんでいるコルネリウスが話しかける。コルネリウスとは共同で作業することが多い。コルネリウスの私への言葉使いもいつの間にか丁寧語から普通の言葉使いになっていいる。


「約束はしていたけど、今日という約束をしたわけではないし。突然来たのはあっちだもん。それに私が遊びにいっちゃったら、コルネリウスが1人で洗濯することになるでしょ」と私は言った。


 それにしても、洗剤の性能が前の世界とくらべて格段に悪い。全然泡立ってくれないから洗濯をしているという雰囲気も出ない。たらいに入れたシーツを足で踏んで洗濯するという方法も旧時代的だ。

 汚れがひどい部分を見つけたら、洗濯板を使って汚れたを揉み洗いして落とす。洗濯板って、実物を見たのも初めてだった。洗濯板は、力を入れ過ぎるとシーツが破けてしまうそうなので、強すぎず、弱すぎずの力で揉み洗いをするのがコツだそうだ。


「俺はいままで1人でやっていたから、問題ないんだけどね。でも気を使ってくれてありがとう」


 礼拝堂の椅子は全部で30脚あり、その椅子全てにシーツが引かれているので、シーツは全部で30枚ある。しかし、全て洗ってしまうと、礼拝日以外の日に礼拝堂に来る人が座れなくなるので、礼拝の翌日に半分だけ洗うことになっている。それでも5人掛用の大きなシーツを15枚、手洗いするというのは重労働だ。


「こちらこそありがとうね。シーツの取り込みお願いね。村に何か用事とかある? ついでに済ませてくるよ? 」


「今晩の料理の材料とワインを買って来てほしいかな。バルナバ神父が、アリサの歓迎会を今晩しようとおっしゃていたし。でもアリサの歓迎会だから、主賓に買い物行かせるのも悪いな」と彼は言った。


「別に気を使わなくていいよ。買ってくるよ? ザインさんに村を案内してもらえるから、どこで買えばいいかも分かるだろうし」


「じゃあ、すまないけど頼むよ。材料は俺が買って、料理をしておくから」とコルネリウスは言った。彼も、料理は上手だ。私よりもうまいかもしれない。少なくとも、野菜の皮むきは、彼の方が断然早いし、切る皮も薄い。まぁ、皮むき器があれば、私は負けてないけどね。


「ワインね。でも、バルナバ神父やコルネリウスは、お酒って飲んでいいの? 」と、疑問に思ったことを聞く。


 コルネリウスが首を傾げる。質問の意味が分からなかったらしい。


「神父って、お酒を飲んで良いの? 神父はお酒を飲んではいけませんとか、そういう規則があるとか聞いたことがあったから」


「そんな規則は初めて聞いたぞ? バルナバ神父も俺も、酒は好きだぞ。たまに村の酒場に行って飲んだりもするしな」


「じゃあ私の勘違いだね。じゃあ、食べてはいけない物とかはないの? 」


「特にないぞ。誰からそんなこと聞いたんだ? 」と、さらに彼は首を傾げる。


「いや、はっきりとは憶えていないんだけどね」


「アリサの記憶も早く戻るといいよね」


「そ、そうだね。シーツ洗い終わったよ。漱ごうか」と私は話を打ち切って、タライに洗った水を井戸脇にある水捨て用の水路に捨てた。

 そして、彼が汲んでいてくれた井戸水をタライに入れていく。


「じゃあ俺は、ロープを引いてくる」


「よろしくね。こっちもなるべく終わらせておくね」


 シーツ15枚を干す時は教会の庭に長いロープを掛けて、干す場所を特設しなければならない。ちなみに、それ以外の洗濯は、私を含めて3人分の衣類程度しかないので、教会の裏手にある物干場で事足りる。


 何度か漱ぎを繰り返して、脱水用のタライにシーツを入れ替える。脱水用のタライは、上げ底のようになっており、シーツから絞りだされた水がまたシーツに吸収されないようになっている。普通の底が平たいタライだったら、いくら足で踏んで脱水してもも、またシーツが水を吸収してしまい効率が悪い。生活の知恵というやつだろうか、意外と工夫されているところは工夫されていたりもする。

 しかし、この世界の人達が、遠心力で脱水するようになるまで、どれくらいの年月がかかるのだろうか。電動ということになると、少なくとも100年以上経たないと実現しなさそうだななんて思う。

 

 無心にシーツを踏みつけ、脱水していると、コルネリウスが戻って来た。


「脱水終わったシーツはあるか? 先に干しておくぞ」


「そっち側に置いてあるやつ。お願い。今やっているので全部」


「そっか。じゃあ、アリサがシーツを干していてくれ。それが終わったら、もうあと俺1人でやっておくから」と彼は言った。


 私は彼の言葉に甘えて、脱水したシーツを持って教会の庭に行った。



 教会の庭の端の小岩にザインさんは相変わらず座ったままだ。手持ち無沙汰なのか空と雲を眺めている。


 私は、シーツをまだ干し終わっていないので、声も掛けずにおく。ロープは、庭に3本張ってあり、ロープの端は庭の端の太めの木に結びつけてある。私は、シーツのしわを伸ばして風で飛ばないように留め具を付ける。


「口笛を吹いて、ご機嫌だな」と後ろから声がした。私は、無意識に口笛を吹いていたようだ。


 ザインさんがいつの間にか、後方に立っていた。ザインさんは、干したシーツを居酒屋ののれんみたいにくぐる。干したシーツとシーツは、1つの通路みたいになっている。


「ザインさん、すみません。お待たせしています。あと少しで終わりますからね」


「いや、急がせるつもりはないんだ。シーツをこのように干すのが面白くて見学させてもらっていた。ロープを引いて、即席の洗濯干場か。遠征中も、このように洗濯がし易いなどのことも考えて駐屯地を考えなければならないと、少し考えさせられたよ」


「戦争のことは分からないですが、今日初めて教会の洗濯をお手伝いしましたが、思ったより大変ですよ」


「その割には手慣れているな。初めてとは思えない」


「洗濯物干しは、前からしていましたからね。だけど、これだけの量のシーツを洗濯するのは初めてですよ」


「昔から洗濯していたのか。ササキ・アリサは、貴族のご令嬢だと思っていたが、どうやら違うようだな。経典をすらすらと読めるほどの教育を受けさせる家でありながら、洗濯物干しもしていたというのは、奇妙な話だと思うがな」と彼は言った。


「へぇ」と、私は適当に相槌を打つ。


 ザインさんはまだ、私の素性を気にしているようだ。ザインさんと会話をする時は気を引き締めようと思う。そう思うと、今日の村の案内というのも、結構気を引き締めなければならない。なんか、テンションが下がって来た。


 ザインさんが後ろに立っている、私を見張っていると思うと、なんとなく作業がし難かったけど、脱水が終わった分のシーツを干し終わった。

 今日はいい天気だ。昼過ぎにはきっとすっかりこのシーツは乾いているだろう。残りのシーツを干すのと、取り込みはコルネリウスがやってくれるというのでそれに甘えさせてもらう。

 でも、シーツにアイロンをかけて最後の仕上げをするのは私がやるべきだろう。アイロンといっても、前の世界に有ったような電化製品ではなく、名前の通りただの鉄だ。火熨斗ひのしといった方が日本語的には正確かもしれない。布に当てる部分の上に炭を置く場所があり、炭から伝わる熱でしわを伸ばす。炭がシーツについてしまうと、洗濯やり直しになるので、神経を使うらしい。


「ザインさん、お待たせしました」とザインさんに言う。


「じゃあ、コルネリウス、行ってきます。シーツのしわ伸ばしは私がやるからね」と、まだ脱水作業をしているコルネリウスのところへ行った。そして、彼からワインを買う分のお金を受け取った。

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