6−3 有沙と市場③
シエルさんは、刺繍が完売すると、風呂敷を畳んで店じまいをした。そして、私を含めて4人でまた市場の中を歩く。今度は、シエルさんの背中にぴったりと引っ付いて歩くようにした。楽だ。マラソンで向かい風の際、前を走っている選手のすぐ後ろを走ると、向かい風を避けれて体力温存になるという話を聞いたことがあったけど、その効能を実感した。人混みの中でも、人をかき分けて進む人のすぐ後ろを歩けばとても楽ちん。
馬の販売所は、市場の外れにあった。私達が馬車を置いてきた停留所の反対側だ。停留所と馬の販売所を分けるのは、間違って乗ってきた馬を売られないようにするためなのではないだろうか。
「ササキさん、どの馬が宜しいですか? 」とプリスキラさんが言った。馬が30頭くらい、草原の草を食べている。やはり、囲い何てものはないらしく、馬は自由な感じだ。馬を販売している人らしき人は、4人ほどいるが、車座になってトランプのようなカードで遊んでいる。「好きに乗って見てくれ。鞍はそこに置いてある」と言っただけで、トランプに夢中なようだ。たぶん、接客する気がないのだろと思う。販売する人も、自由な感じだ。
「今回の市、多いわね。もう冬が近いのね」と、シエルさんが馬の群れを眺めながら言った。
「あの馬にしましょう」と、ワシュテアさんが一匹の馬を指差しながら言った。鬣が短く、少し天然パーマのようになっている馬だ。なんか、外見で判断して悪いけど、気性が荒そうだし、言うこと聞かなそう。何か目付きも、したたかな感じだし。
「どれが良いのか、分からないです」と私は正直に言った。駿馬が良いのだろうか、でも、どれが足の速い馬なのか外見から判断できない。血統書が付いているのが良いのだろうか、いやいや、競馬じゃあるまいし、などと、いろいろ考えたけど、よく分からない。
「あの馬よ。乗ってみれば分かるわ」と、ワシュテアさんが先ほど指さした馬を再度、指さした。だから、私は乗れないのよ。免許持ってないし。
「そうね。これだけ数が多いと、迷ってしまうわね」と、プリスキラさんが言った。
「あの馬とあそこの馬、良いわね。あっちの馬の良いわ」とシエルさんも、少し決めかねている様子だ。
おそらく、私の予想だけど、プリスキラさんもシエルさんも馬の判別などが出来て、彼女の頭の中では、早い馬、丈夫な馬、若い馬、雄雌など、いろいろな条件を考えているから、どの馬にしようか迷っているのだと思う。ワシュテアさんは、たぶん、直感で選んでいる気がする。
正直、私には、全てが同じ馬にしか見えない。まぁ、白馬と黒馬と栗色の馬という、色の違いが分かるけど。
「今回の市場は、馬の数は多いんですか? 」と、私は聞いた。
「私、あの馬に乗ってくるわ」と、鞍を持って、天然パーマの馬に向かって突き進んで行くワシュテアさん。たぶん、私の声は彼女に届かなかったようだ。
「夏の市は、10頭くらいだったわ。冬が近くなると多くなるのよ」と、シエルさんは言った。
冬の間は、馬の食べる食料も少なくなる。だから、馬を持っていても、冬を越せなさそうと思った馬主は、馬を売るのだそうだ。基本的には、草原での放し飼いが多いから、馬が食べる食料が無くなるということはまずないのだけれど、例外的な場所がある。それは、人口が集中している場所だそうだ。人口が多い場所だと、馬は1人1頭が基本だから、必然的に馬の数も多くなる。人口の集中した町で馬が多いと、町周辺の草原の草は、食べ尽くされてしまい、遠出をしないと、馬が食事を出来なくなる。でも、毎日、寒く厳しい冬に外出をするのは難しい。だから、人口が密集していない、周りに馬が食べる草が沢山ある場所に住んでいる人達へと馬が売られるのだそうだ。口減らしというと言葉が悪いかもしれないけど、実質、馬のそういう感じだそうだ。
シエルさんの話を聞いていて、ふと私は思った。
「食べたりは、しないんですね。馬刺しにしたら、美味しいですよね」、私は言った。阿蘇産の馬刺しを、甘めの醤油に生姜とニンニクをつけて食べるのは、本当に最高。
「え? 食べる? 馬をって事よね? 」とシエルさんは、印象的な程に長い睫をピンと立たせ、眼を大きく開いて私に問い返した。隣で聞き手に回っていたプリスキラさんも驚いた様子。
うん、私は、何か変なことを言ったらしい。
「そうよね。牛や豚を食べるのだから、馬を食べる人がいても、不思議ではないかも知れないわね」とプリスキラさんは言った。嫌悪感を抑えながら言っているように感じる。
「ワシュテアの前では、その事は言わない方がよいかも知れないわね」と、シエルさんが言った。私が思うに、シエルさんもこの話題は避けたいようだ。
「馬は、白色じゃないのが欲しいです」と、私は適当に話題を変えた。白馬は、ちょっとキザ過ぎると思ったからだ。本当は、馬は要らないのだけれど。どうせ乗れないし。
「たしかに、あの白い4頭は、ぱっとしないわね」と、プリスキラさんが言った。私には、どこがぱっとしないのか分からない。どの馬も、白馬の王子様がお姫様を抱きかかえながら乗ってそうな馬だけど。
「そうね」とだけシエルさんも言った。シエルさんの顔は、曇ったままだ。
ワシュテアさんは、鞍を取り付けたらしく、馬に乗っていた。こっちらに向かって走ってくる。いや、こっち来ないでよ、と思いながら、シエルさんとプリスキラさんの後ろに私は隠れた。
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