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プリスキラさんとワシュテアさんは、先に馬を停留所に預けて私を待っていた。私の乗っていた馬車も御者がそこに預けた。停留所からは徒歩ということなんだろう。人が沢山いる所からは少し距離があるけど、馬で行くと迷惑になるからここに馬を置いていくのだと思う。歩行者天国ってことなのかな。
停留所と御者さんが言っていたけれど、水と餌が桶に入って何個か並べてあるだけの、ただの草原だ。柵で囲まれていない牧場といえばいいのか。とりあえず、よく馬逃げていかないなと思う。1時間くらい馬車に揺られていたから、車なら6、70キロくらい移動しているだろう。たぶん、馬車のスピードは、自転車と同じくらいなようが気がするから、15キロとかそれくらいの移動距離だと思う。馬に逃げられて、その距離を帰りに歩いて帰るのって、結構きつそう。起伏があったし。
それに、他にも馬がいるけど、誰かのと間違ったりしないのだろうか。黒に近い茶色の、似たような馬が5、6頭いるし。
「やっと来たわね」とワシュテアさんは両手を腰に当てて言った。
「お待たせしました」と私は言った。
「いいのよ。行きましょう」と、プリスキラさんが言った。私は、市場に向かうプリスキラさんの横を歩いた。ワシュテアさんは、早く市場に行きたいのか、少し早足で私達の前を歩いている。
「あの、シエルさんは? 」と私は聞いた。
「あ、シエルは、先に行ったわ。彼女、張り切っちゃって」とプリスキラさんは笑いながら言った。
「ねぇ、先に馬を見る? それとも他のを見るの? 」と、ワシュテアさんが振り返って言った。そうなのだ。今日の市場に来た目的は、私の馬を買うためなのだ。自分の馬を買う、そしてそれで乗馬を練習し、私も馬に乗れるようにする。これが前回の茶話会での話しだ。
「とりあえず、シエルの所に行きましょう」とプリスキラさんが言った。大きな声を出したという訳ではないけれど、透き通るような声だから、ワシュテアさんにも聞こえたと思う。
「良い馬が見つかると良いわね」と、さらに彼女は言った。
「出来れば、温和しい馬が良いです」と私は言った。気性の荒い馬で、乗りこなすのにロデオをしなきゃいけないなんてのは、まっぴらごめんだ。
人が賑わっているところも、草原の上に敷物を引いて、商品を並べている感じで、なんだかフリマみたいだった。市場っていうから、町に行くのかと思っていたけど、それは私の勘違いだったようだ。
敷物に商品が並べてある場所、つまり市場の中に入った。結構な人盛りだ。お昼時の食堂くらいの混雑具合。
敷物に並べてあるのは、木製の工芸品のようなものが多い。ほとんどが食器の類い。金属製品の小物もたまに見かける。歩きながら見ていて、あ、これでお味噌汁飲んだら美味しそうというようなお椀もあった。私は、ちょっと懐かしい物を見つけて、立ち止まる。そして、思わずしゃがんでそれを手に取ってしまった。
「お嬢さん、とてもお目が高い」と、胡座で地べたに座っている店主らしき人が言った。他に並べてあるのは、木を野球ボールくらいに綺麗に丸く削った玉とかだ。不思議と、何に使うか想像が付く。
「あの、これって? 」と、私は聞いた。もしかしてという気持ち。
「それがあれば、背中の痒いところも搔けるっていう便利な代物よ」と、店主らしき人は言った。やっぱり孫の手だった。前の世界で、私が持っていたのと似ている。
「あら、こんなところにいた。はぐれちゃったと思ったわ」という声がした。私の後ろにプリスキラさんが立っていた。
「これはプリスキラ・ミラスコロード様、ご機嫌麗しゅう」と、店主が言った。
「こんにちは、ヨルシュ。あなたの店だったのね」と、プリスキラさんは言った。顔見知りらしい。
プリスキラさんも私の横にしゃがんだ。
「これが欲しいの? 」と、彼女は言った。欲しいか、欲しくないかと言われたら欲しい。
「前にも似たようなのを持っていて」と私は言った。
「これね。私も持っているけど、とても便利よね」と彼女は言い「これも良いわよ」と、並べられている商品の使い方を説明してくれた。
木製の野球ボールみたいな玉は床に置き、その上に足の裏を乗せるらしい。足の裏の疲れが取れるらしい。鯨が釣れそうな大きな釣り針のような形をしたのは、肩甲骨のマッサージ用。取っ手が付いた木の棒のようなものは、案の定、足のツボを押す用。Y字になっている木は、そのY字の部分に脹ら脛とかを当てて、マッサージする用らしい。
驚くべきことに、プリスキラさんは、並べてある商品のほとんどを所持しているとのこと。健康器具が好きなんだなぁと、プリスキラさんに親近感が湧いた。身の回りのお世話をしている人、たしかマルタさんという名前だったと思うけど、その人にマッサージとかしてもらわないで、自分でやっているのだろう。
結局、プリスキラさんに孫の手を買ってもらった私。プリスキラさんは店主さんに、碁石のような黒い
石2つと白い石1つを渡した。状況から考えて、あれがザンドロスのお金なんだろう。
「そろそろ、シエルのところに行きましょう。ワシュテアもきっと待っているわ」と、プリスキラさんが言い、私はシエルさんの後を着いていく。
白無地の浴衣に薄紅の布を体に巻くという相変わらずの変な服装に加えて、孫の手を胸紐に挟んで市場を歩くのって、奇天烈だと思った。




