6章 プロローグ
屋根なしの馬車に乗って市場に出かける。御者さんの座席の後ろに車輪付きのソファーを繫げたような馬車だ。日向ぼっこをしながら道程を行く用なのか、いつもダンス練習の時に使っていた、部屋のようになっているのとは違うタイプの馬車。
この馬車のソファーの座クッションと背もたれは、前のより深く沈みこむタイプで、馬車の上下の揺れを多少は緩和してくれているのか、前のより乗り心地は良い気がする。景色も、窓からだけでなく、自由に眺めることができるから、車酔いもあまりしないかもしれない。まぁ、もともと私は車酔い、船酔いにはある程度耐性があるから揺れは気にならないけれど。
敢えて不満を言うなら、御者さんが座る位置が高いこと。ソファーに座ると正面の景色が見えない。見えるのは御者さんの後ろ姿だ。安全運転をするために、馬車の後ろも見渡せる高さに座席があるのは分かるから、仕方がないといえば仕方が無いのかもしれない。でも、こんな見晴らしのきく所を走るのに、そこまで安全設計をしなくても良い気がする。十勝型事故を警戒するのは、自動車が発明されてからでもいいのになんて、悠長なことも考えた。
プリスキラさん、シエルさん、ワシュテアさんは馬に乗っている。彼女達は、乗馬しているというか、お姫様乗りっていうのかな、ママチャリの荷台に乗った時みたいに横を向いている。まぁ、浴衣みたいな服で馬に跨がったりなんかしたら、見えてはいけない場所が見えてしまうから、そういう乗り方なのだろう。鞍も横乗り専用のらしく、馬の左側に鐙が付いている。彼女達は、結構なスピードを出して、私を置いて先の丘を登っているところだ。あんなにスピードだしておきながら、お尻から滑って地面に落下しないのは凄い。
市場へと続く道は、草が刈り取られただけの道。真っ直ぐではなく、草原の起伏に沿って、右へ左へと曲がりくねっている。緩やかにみえる丘陵でも、直線的に坂道を登っていくのは馬でも疲れてしまうのかも知れない。
蛇行しながらも丘を登っていく道は、空へと続いているようには見えない。道は、蛇が地面を這うように伸びている。
何故か私は、司馬遼太郎の「坂の上の雲」を思い出した。秋山兄弟や正岡子規は、もっと急勾配の坂を、肩で息をしながら登ったのだろう。彼等がその坂を登り切ったのだとしたら、丘の上で、どんな風景を見たのかな、と気になった。眺めの良い景色であったらいいな、と思った。
「ササキ・アリサ様、この丘を越えたら、市場が見えます」と、御者が後ろを振り向いて私に声をかけた。
私は、思わず立ち上がり、丘の先に見える光景を見ようと思った。けれど、見えなかった。
「まだ見えませんよ。もうしばらくお待ちください。あと、突然揺れることがあるので、お座りになっていてください」と、御者が笑いながら言った。空には、雲一つ無かった。
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